その顔を見てしまうと言い返すことができない

 中学時代のボクは自分でも気付かないうちに周りの空気を読み、どんな時でも笑って済ませようとする生き方を選んでしまっていた。

 笑顔を張り付けて、自分にとって都合の良い空気の流れをつくることができればそれでいい。ボクはそんなふうに思っていたんだ。


 それなのに……星埜守高校に入学して、花梨さんに出会って、それをズバリ見抜かれてしまって――


『あんたの笑顔は気持ち悪いのよ!』


 あの言葉は今でも鮮明に覚えている。

 それを機会にボクは愛想笑いをうかべる自分に決別したんだ。


 それなのに……


 ――いま再び、禁断の扉をあけろというのか!?――

 

 カッと目を見開くボク。


「どしたショタ君? また独り言が口から漏れてるよ?」

「うっ! ……ボクまた変なこと口走ってた!?」

「〝禁断の扉〟とか言ってたかな?」


 ……今すぐ消えて、なくなりたい。

 

「ねえショタ君。カリン思うんだけど、たとえ偽物の笑顔であったとしても、それがショタ君の武器なんだったら、どんどん使うべきだと思うよ?」

「ええっ!? ボクの笑顔が気持ち悪いって言ったのは、花梨さんじゃないか!」

「だって、あの時は本当にそう感じちゃったんだから、しょうがないじゃない? でもさ、カリンに言われたからって、ほいほいと自分の武器を引っ込める必要はなかったんじゃない?」

「うっ……」


 確かにそれは正論だ。

 人に指摘されたからといって、これまでの自分の生き方を変える必要なんかなかったんだ。

 なぜあの時、気付かなかったんだろうか。


「じゃあほら、練習! ちょっと笑ってみせて!」

「そ、そんなこと急に言われても……」


 急に笑顔なんかになれないよ、と思ったけれど……

 完璧な笑顔が作れた。

 さすがボク。完璧なスマイルだ。


「うっわ~……うん、いいね!」

「ちょ、ちょっと待って! 花梨さん、いま一瞬引いたよね?」

「だって、気持ち悪いものはしょうがないじゃない!」

「うっ……」


 なぜか花梨さんの一言がボクの胸をえぐり取る。

 笑顔の仮面がパシッとひび割れた――ような気がした。

 

「でも、カリンは心を無にして我慢するよ! すべては七夕イベントを成功させるために! そして、かいちょーにいっぱい褒めてもらうんだ!」


 もうやめて。祥太のライフはもうゼロよ。


「ほらほら、早くしないと、みんな教室から出て行っちゃうから!」

 

 そんなボクの気持ちを知るよしもない花梨さんは、ボクの背中をぐいぐいと押してくる。とうとうボクは教室から出て行こうとしている女子集団の前に出てしまう。


「えっ……」


 突然目の前に立ち塞がったボクをみて、先頭にいる女子生徒が目を丸くして驚いている。

 もうこうなったら覚悟を決めるしかない!


「ねえ、君たちちょっといいかな?」


 スマイルを全力で、ふと頭に浮かんだセリフを言ったら、ナンパ男みたいになっちゃった。


「……な、なにかしら?」

「さっき提案したイベントのことで、どうしても君たちに理解してもらいたいことがあって……このあと少しだけ時間をくれないかな?」


 そう言いながら申し訳なさそうに手を合わせてお願いをしてみた。

 すると女子集団はざわざわとし始めて「え、どうする?」「ちょっとぐらいならいいんじゃない?」という感じに話がまとまった。


 そこで教室の後ろに集まってもらって、改めて七夕イベントの概要説明を始めると、女子の皆はうんうんと頷きながら話を聞いてくれた。さっきまでのシラけた雰囲気が嘘のように、ボクを中心に暖かな空気が流れ始めている。

 最後に明日のSHRショートホームルームで賛成に手を上げることをお願いしてみると、


「私はもちろん賛成するから!」

「私も!」

「私は参加する気はないけど、賛成に手を挙げるね!」

「帰っちゃった子達にも、私たちが根回ししておくから安心して!」


 女子達は手を振りながら、ニコニコ顔で教室を出て行った。

 彼女たちを見送ってから、ふと窓の方に目を向けると、柱にもたれかかってジト目でこちらを見ている花梨さんがいた。


「な、なに……かな?」

「ううん……なんでもない。はあ~」

「うっ、人の顔を見て、普通ため息なんか吐くかな? めっちゃ何か言いたそうじゃないか!」

「いーのいーの」

「良くないよ!」

「いーの。カリンもショタ君も、フツーじゃないのがいーのよ!」

「なにそれ?」


 ニカッと白い歯を見せた花梨さんを見て、ボクはそれ以上なにも言い返すことができなかった。

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