Episode 50:男の子の大きな決心

 男の子が目を開けると青い空が広がっていた。


「よかった、大丈夫か?」


 声の方を見るとドリウスの顔があった。安心したような少し不安交じりの笑った顔だ。男の子はガバリと上半身を持ち上げる。ドリウスの顔面に男の子の頭が直撃する。


「いたたたた。何するんだ! オレ様のハイパーグレートな美顔が割れたらどうする!」


 ドリウスが顔を手で押さえながら叫んだ。男の子がドリウスの方を向いて涙を流した。


 ドリウスは困惑した。何故泣いているのか分からなかったからだ。もしかして泣かせたのではないかと思ったからだ。


 男の子は布団から飛び出すとドリウスに抱きついた。ドリウスは更に困惑した。だが、元気そうな男の子を見てドリウスは安心した。


「ドリウス、戻ったんだね。よかった」


 男の子は泣いてドリウスの片足に顔を埋めながら言った。ドリウスは男の子の頭を撫でた。それくらいしか思いつかなかった。だが、それは男の子にとって最高のプレゼントだった。ドリウスの中からモヤモヤとした嫌な気分が徐々に晴れていった。


「う……ん。あれ……アタシは何を……?」


 ドリウスの後ろから声が聞こえた。振り返るとベッドの上に座って頭を抱えながら状況を把握しようとするルフェルの姿があった。ドリウスは男の子をベッドへ座らせると、立ち上がってルフェルの方へと歩み寄っていく。


 ルフェルがベッドから起き上がろうとすると、足がもつれて前のめりに倒れそうになる。それをドリウスが支えた。支えたのだが、手の位置がアウトだった。ルフェルは顔を赤らめて拳を握り締めてワナワナと震えている。


「ルフェル、大丈夫か? まだ熱があるようだが?」


「あ、アンタのせいだよ!」


 バチィィンと大きな音がしてドリウスの頬に強烈なビンタが襲い掛かった。


「な、何をするんだ!」


「う、うるさいよ! 恥を知れ、バカ」


 ルフェルは腕を組んでプイとそっぽを向いた。ドリウスはわけも解らず叩かれた頬を擦っていた。男の子が俯く。男の子は考え事をしているようだった。ドリウスがそれに気づき男の子を気遣う。


「どうしたんだ。お腹でも痛いのか?」


 やがて男の子はコクリと頷くと目を閉じて顔を上げた。ドリウスがやはりお腹が痛いのだろうと男の子の腹に触れようとした。その瞬間、男の子はカッと目を開けて口を開く。


「お兄ちゃんもアストロも、たぶんあのお城にいるの。僕、あそこ行きたい!」


 男の子は決心していた。先に進む決心。お兄ちゃんを見つける決心。アストロと仲直りする決心。そして、自分に似たあの子供について知る決心。男の子の決心は色々な意味を含み、大きな一つの決心となった。男の子はその決心を胸に歩き出すことを、城に向かうことを皆に提案したのだった。


「そうなのか。兄貴が、あそこにいるのか! よし、なら行くしかない。オレ様が兄貴の目を覚まさせてやる!」


 ドリウスが城の方を向いてそう言った。これにルフェルも頷く。だが、その前にドリウスにはやることがあった。そしてテステ・ペルテをどうにかしなければならない。やる事は山積みだ。


「すぐに行きたいだろうが、オレ様にはもう一つやらねばならないことがあるんだ。出発は待ってくれないか」


「うん、大丈夫。お兄ちゃんとアストロはずっと待ってるの。だから、たぶん、大丈夫」


 男の子は強く頷いた。早く行きたいという気持ちはあったが、妙に落ち着いていた。男の子は勇気に満ち溢れていた。そこに焦りなどなかった。ドリウスは『ありがとう』と言って男の子の頭を撫でる。


 それを見た黒い塊は城の方を向いて静かにカチリと歯を鳴らし、気付かれないようにその場を離れていった。まるで何かに引き寄せられるように、その場を去っていった。誰も気付く者はいなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る