Episode 41:勇猛果敢な騎士

「隊長!」


 ブールがルフェルの後に続こうとした。アビゴイルがブールの鎧を掴みそれを制した。


「ブールよ。隊長は副隊長を助けるために戦っている。それだけではない。王への報復。計画の阻止。これらすべてと戦っておるのだ」


ブールは黙ったままそれを聞いていた。


「先の戦闘では人間の子を捕まえて副隊長を助けるのかと思っていたが、それは違ったようだ。この子を器にすることなく、副隊長も助ける。人間と我々化物の双方を守る。その方法を探っておるのだ。ならば我々はこの子を守ることが使命だと思わぬか」


 アビゴイルが提案するとブールは頷いた。返事はなかったが理解したようだ。


 騎士団総長の後ろから騎士たちが男の子を捕まえようと飛び出してきていた。アビゴイルが槍を、ブールが刀を構えて男の子の壁になるように立つ。騎士たちが果敢に攻めてきた。


 アビゴイルは槍を振り回し、騎士をなぎ払う。凄まじい威力だった。槍に当たって吹っ飛ぶ騎士、槍の軌跡に沿って巻き起こった風圧で飛ばされる騎士。凄まじいスピードで騎士たちが吹っ飛んでいく。


 ブールもまた刀を振るい騎士たちをなぎ倒していった。それでも騎士たちは怯えもせず突っ込んできた。ブールもアビゴイルもこれには驚く。今まで見たことのない騎士たちだったからだ。


 自らが所属している保安隊にはこのように勇猛果敢な騎士はいない。それどころか、警備隊、門番隊、囚人警備隊、そして騎士団総長率いる国王軍戦闘隊においても見たことがなかった。


 国王軍戦闘隊は二代前のオビリオン王である『旧王』の時代に、この旧王に反対する人間と化物の複合軍である『反乱軍』と主立って戦った隊だ。だが反乱軍の勝利で旧王が死に、戦闘の機会自体があまりなくなってしまったため今や現王を守るための守衛にまで成り下がっている。


 戦術すらまともに受け継がれていない騎士が増えている現在のオビリオンに、ここまで勇猛な騎士が今までなぜ姿を現さなかったのか。今までなぜ目にしたことがなかったのか。アビゴイルもブールも不思議で仕方がなかった。


 不思議だったが、アビゴイルは一つの考えを導き出した。バンシーは先の戦闘で怒りに身を任せて凶暴化していたと思い込んでいたが、そうではなかったのかもしれない。バンシーは保安隊に身を置きながらも国王軍戦闘隊の稽古に参加していた。


 稽古から帰ってきたバンシーは清々しいほど生き生きとした顔をしていながらもどこか怯えがあった。帰ってきたその日は食欲がなく、翌日には目を腫らしていた。稽古が辛いのだろうと勝手に考え本人に聞くこともなかったが、もしや。


「指揮官!」


 ブールの声が聞こえた。ハッと我に返る。目の前には剣を振りかぶり斬りかかってくる騎士がいた。咄嗟に槍を横に構える。ガチュインと重い音がして槍が震える。


 斬りかかってきた騎士が反動で後ろに弾け飛んだ。それだけではない。斬りかかってきた騎士の剣がどれも粉々に砕けた。それほどアビゴイルの持つ槍は硬かった。


「……指揮官、どうかしたので?」


「いや、少し考え事を、な。バンシーのときもそうだったがもしやこの騎士どもは特別な稽古を受けここまで育ったものと思われる。あるいは、そうなるよう仕組んだか……」


 言いながらアビゴイルは槍を振るう。ブールは騎士たちと刃を交えながら考えていた。指揮官の、アビゴイルの言ったことを考えていた。


 ルフェルは騎士団総長の前に立ちふさがる無数の騎士に苦戦を強いられていた。今まで戦ったことのない強さだった。先の戦闘もあってか既に息が上がっている。


 剣を弾けばすぐに次の剣がルフェルを襲う。ルフェルは既に限界を越えていた。足元がおぼつかない。かわしきれずに攻撃があたる回数も増えてきた。背が、腹が、胸が、斬られていく。血が流れていく。


 騎士たちがルフェルを取り囲んだ。剣を前に突き出して円形に並んでいる。騎士たちには表情がなかった。無表情のままそこに立っていた。異様な空気を感じ取る。


「総長! こいつらに何をした!」


 ルフェルが叫んだ。騎士団総長が片手を耳に当て聞こえないフリをした。笑っている。明らかに聞こえている。ルフェルは激怒した。だが、その怒りはルフェルの体力を徐々に奪っていった。体力を使いすぎたのだ。ルフェルは片膝をつく。息が荒い。身体も重い。


「フン。保安隊隊長もこの程度とはなァ。ずいぶんと弱くなったものだ。国王軍戦闘隊はこんなにも優秀だというのに。なァ、ルフェル隊長?」


 騎士団総長は笑っていた。笑いながら手を上に挙げ、下に振り下ろす。その合図と共にルフェルを取り囲んでいた騎士たちが剣をルフェルに向けて突き刺した。肉が裂ける音がした。騎士たちの足元に大量の血溜まりができ、流れていく。


 騎士たちが剣を一本また一本と抜いていき、その赤く染まった剣の先を天に向けて構えた。騎士団総長が髭をなぞりながら円の中に入っていく。ルフェルは倒れていた。肉が裂け、骨が見え、血を流し、ズタズタになって倒れていた。


「死んだかァ。保安隊の隊長は別の、もっと優秀な部下に任せるとしようか。計画の邪魔をされんようになァ。ガハハハハ」


 騎士団総長が笑う。その笑い声を聞きブールとアビゴイルがそちらを見た。確認はできなかったが隊長の、ルフェルの姿が見えなかった。すぐに状況を察した。ルフェルがやられた。ブールとアビゴイルは激しい憎悪を抱いた。


 各々の武器に力を込め、振るった。騎士が吹っ飛んでいく。男の子はブールとアビゴイルの後ろからその様子を見ようとした。


「見るな、人間の子よ!」


 その言葉でなんとなく状況を察した男の子はルフェルに近づこうと、ブールとアビゴイルの間を駆け抜けていこうとした。その前に立ちふさがる影がいた。ランスを手に逆光を浴びて立ちふさがる影がいた。尖った耳にケープを巻いた真黒な影がいた。


「どいて!」


 男の子が影を押しのけようとすると不意にランスが振るわれた。アビゴイルが飛び出し男の子を庇うようにしながら影に背を向けて男の子をその雄々しい身体で覆った。ランスがアビゴイルの横腹にぶち当たり嫌な音が鳴る。アビゴイルが唸った。ブールが刀を影に向ける。


「……何のつもりだ、貴様」


 影は黙ったままだった。ケープを口元に当てて黙ったままランスを片手に持ち立っていた。ドリウスの姿をした影だった。真黒な影だった。だが、本当に黒いわけではない。陽を背にしているためそう見えたのだ。


 緊迫した時間が続く。両者とも動かなかった。動けなかった。動いた方が負けることをお互いに知っていたからだ。アビゴイルが槍を地に突けて立ち上がる。その槍を片足で後に払いドリウスを下から上へと斬り上げた。それがドリウスのケープに掠った。


 ドリウスは切れ目が入ったケープに手をやり、黙ったまま触っている。その指が切れ目に触れた瞬間ドリウスはカッと目を見開き雄たけびを挙げアビゴイルを睨みつけた。


「オレ様のケープに傷をつけたな!」


 ドリウスはそう言うとランスを縦横に振り乱した。完全にパニック状態になっているようだ。ブールが隙を見て斬りかかる。だが、その刀は縦横に振るわれるランスにあっさりと弾き飛ばされた。

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