Episode 21:悪魔の力

 その頃、アストロと男の子は騎士たちの追っ手を振り切って廃品置き場にいた。酷い腐臭がする。男の子が鼻をつまんだ。廃品置き場には黒いブヨブヨした塊がそこら中で蹲っていた。すべてデドロである。

 

 クロよりも幾分か小さいが、数としては数え切れないほど多かった。今はまだ一固体ずつであるが、集まってしまえば終末喰滅がやってくる。アストロは苦笑した。男の子が黒いブヨブヨを見てアストロに問うた。


「これ全部クロなの?」


 アストロは頷いた。そして終末喰滅について話した。男の子は怒り出す。


「クロはそんな悪い子じゃないもん!」


 アストロは困った。どうやら本当に男の子は牢でドリウスの短剣を片手に戦ったことを憶えていないらしい。それを言うべきかどうか迷った。だが、アストロは首を横に振り話さないと決めた。話せば男の子が傷つき、デドロが動き出すかもしれなかったからだ。

 拗ねている男の子の頭を撫でてアストロは謝った。


「すまなかった。クロはそんな奴じゃなかったな」


 男の子はあっさり機嫌を直す。そして先に進みだした。アストロはそれを追いかける。


「まて! ここには廃品口があって……」


 言いかけた瞬間だった。男の子が消えた。男の子の悲鳴だけが狭い空間に反響した。


「言わんこっちゃねーな」


 アストロは笑った。そして男の子が消えた辺りの廃品口に飛び込む。下では男の子がキョロキョロと周りを見回していた。

 男の子の後ろにアストロが着地する。着地した瞬間に下に溜まっていた泥水が跳ねた。それが男の子にひっかかる。


「ごめんよ。泥だらけになっちまったな」


 アストロが男の子の顔を見て笑った。


「んもーっ!」


 男の子が怒る。だが顔は笑っていた。男の子が立ち上がり、ドロドロになった服をパタパタとはたきながら歩き出した。しかし、何かにつまずいて顔面から泥水に突っ込む。男の子の足元に棒状の何かが転がっていた。


「うぅ……。なにこれ……?」


 男の子が片手を地面につけて、首だけ捻って足元を見た。その棒状の何かの先には靴がついていた。男の子が悲鳴を上げる。アストロもそれを見て顔をしかめ、悲鳴を上げている男の子を後ろから抱きかかえた。


 その棒状の物は足だった。腰までは外に出ていたが上半身は袋に入れられていた。袋がモゾモゾと動き出す。よく聞こえなかったが何かを言いながら袋が立ち上がった。袋から足が生えたように見える何かがアストロと男の子の方へ勢いよく走ってくる。アストロが男の子を庇いながら避けた。


 ちゃんと見えてはいないようで、アストロと男の子が避けた後もそのまま真直ぐ走っていき、壁に激突した。そしてフラフラとよろめく。何かを探るようにペタペタと壁を触っていた。おそらく袋の中から手を伸ばして空間を察知しているのだろう。


「◎△$☆#&?!」


 クルリと反回転するとまた何か言っていた。モゴモゴ言っている。どうやら怒っているようだ。袋からボスっと一本の指が出てきた。袋に穴が開き、そこから覗き込む目があった。そしてまたモゴモゴ言いながらアストロと男の子に向かって走ってきた。


 アストロは穴に目がけて指を突き出した。そのまま穴にアストロの指が入る。アストロが少し痛そうな顔をした。男の子はアストロが取った行動に吃驚した。しかしそれ以上に吃驚したのは袋が悲鳴を上げたことである。


「ギャアアアアアアア!」


 袋がビリッと破け中からは見覚えのある男が出てきた。耳が尖った人間のフォルムをした男。男の子がその男に抱きつく。男は片手で目を押さえながらもう片手で男の子の頭をぽんぽんと叩いた。


「ドリウス! 生きてて良かった!」


 その男はドリウスだった。ドリウスは生きていたのだ。傷を負っても直る。それがドリウスだった。ドリウスはそういう種族だった。ドリウスが男の子を抱きしめる。


「心配かけてすまなかった。それより、兄貴!」


 男の子を後ろにやり、アストロを睨みつけた。ドリウスは自分の腰に手をやる。いつもそこにあるはずの短剣がなかった。ドリウスは片手で短剣を探っていた。

 アストロが笑いドリウスの短剣をちらつかせた。ドリウスが吃驚する。


 アストロが笑いながらドリウスに近づいてきた。ドリウスが身構える。アストロが短剣をドリウスに差し出した。ドリウスは恐る恐る短剣に手を伸ばす。短剣の柄を持つとアストロの首を目がけて短剣を振り抜いた。アストロは飛び退く。短剣は当たらなかった。


「やめて! ドリウスもアストロもやめて!」


 ドリウスが男の子を見る。


「兄貴は、コイツは、騎士団の手先だ!」


 ドリウスが短剣を逆手に構えなおす。アストロが笑って首を横に振った。ドリウスは信じなかった。アストロのことは信じることができなかった。男の子がアストロの前に出て両手を広げた。ドリウスが目を見開く。アストロは笑った。


「アストロは悪くない! お願いだからやめて」


 ドリウスは構えを崩さなかった。男の子はドリウスの顔を見ている。ドリウスは心が痛くなった。アストロのことは信じられない。だが、男の子はそれを望んでいない。ドリウスは俯いた。男の子がアストロの方を向く。アストロは笑っていた。


「アストロ。あくまかって何なの?」


 アストロが笑うのを止める。ドリウスが構えを崩した。アストロの左目が赤く光る。そして左手を突き出して高速の赤い光線を撃ち出した。その光線は男の子の横をヒュンッと通り過ぎ、ドリウスの肩にぶち当たると、ドリウスが一瞬で後ろに吹き飛んだ。光線がギョンッと曲がり天井にぶち当たって跳ね返る。


 ドリウスが肩を押さえながら立ち上がった。


「ッてぇ……兄貴ッ!」


 アストロが手を前に出し、自分のほうに跳ね返ってきた赤い光線を弾き、誰もいない壁へと命中させた。男の子は恐怖していた。アストロは俯き口を開いた。


「すまんなドリウス。お前ならこの程度じゃ死なないと思ってな。少し、やりすぎた。だがこれが悪魔化だ。悪魔の力なのさ」


 アストロが笑いもせず低い声で言った。それを聞いてドリウスの頭の中にあった点と点が繋がった。ドリウスが口を開く。


「兄貴。今からでも遅くない。その能力を使うの止めろ」


 ドリウスが説得する。アストロは首を横に振った。


「いや、もう手遅れだ。悪魔は俺の身体を既に蝕んでいる。今無理に止めようとすれば、俺は暴れるだろう。かえってお前さんたちを危険に晒すことになる」


 男の子はゆっくりアストロに抱きついた。だが、アストロは男の子を引き離し、ドリウスの方へと突き飛ばす。男の子がよろけてポテンと尻餅をついた。アストロは後ろを向いて俯いた。


「はぁ……。お前さんたちだけで、行ってくれ……。すまない」


 ドリウスが短剣を仕舞い、男の子の手を引いた。男の子が抵抗する。ドリウスは無理やり男の子の手を引き、奥へと歩み始めた。男の子は抵抗している。アストロはこれで良いと思った。これが最善の方法だと。


 ドリウスなら安心して任せられる。自身はどこかでひっそりと暮らしていこう。アストロはそう思い、そしてまた俯いた。

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