第22話 凍える初夏
三人は王都の商店街に足を踏み入れた。
眉間一つも動かさない顔で睨み合い、右の拳をしっかりと握っている。
「一回戦のみだよ? 負けても文句のひとつも言わない。良いね?」
険しい顔で話すシレットに、テレーズとフラウアは静かに頷く。
そして、シレットの掛け声と共に三人はそれぞれの拳を繰り出した。
「「「最初はグー!! じゃんけん……!!」」」
――ポンッ!!
繰り出された拳は形を変え、同時に勝利も決まっていた。
シレットはグーを出したが、他の二人はパーを出しており、一目見てシレットは顔を青ざめた。
「そそそそそんなああぁぁぁー!?」
「やったー!! シレットの奢り~!!」
絶望のシレットに対して、フラウアは両手を握りしめながら飛び跳ね、テレーズは澄ました顔で微笑んでいた。
「ちょ、ちょっと待ってよ!! 私、この前奢ったんだよ!?」
「『負けても文句は言わない』って言ったのはアンタよ? ちゃんと負けを認めなさい」
「うううう~」
両手をあたふたさせながらシレットは言い訳に近い反論をするが、テレーズに冷たく返されてしまい、肩を落とし、お店のカウンターへ向かった。
「私、蜂蜜入った奴ね!!」
「一番安いストレートでいいわ」
背後から聞こえる二人の声に、瞼と口を細くしながら店員へ注文。
右手に蜂蜜入りの紅茶とストレートティー、左手には自分が飲むミルクティーを持ち、両手を震わせながら二人が待つベンチへ向かった。
(や、やばい。零れそう。二人に荷物預けておくんだった)
両手が塞がっている上に肩掛けカバンも持っていた為、カップの紅茶が今にも零れそうになっていた。
視線を紅茶に集中させ、更に人混みを避けながら一歩二歩と慎重に進んだ。
「ねぇ~! 早く持ってきてよ~! 冷めちゃうよ~」
「もう!! 今度絶対あたしにも奢ってよね!!」
呑気に喋るフラウアに、シレットの苛立ちが爆発、怒号を上げた。
しかし、気を緩くして視線をフラウアに向けていた為、通行人とぶつかり、持っていた紅茶が全部零れてしまった。
「あ、あ、あ、あぁ……!?」
最悪な事に通行人の上着に紅茶が零れる形となってしまった。
シレットは先程の怒った顔から急速に青ざめ、喉の奥からも声が漏れていた。
遠くで様子を見ていたフラウアとテレーゼもひけ目を感じて、お互いの顔を合わせた。
「す、すみません!! ホントにすみませんでした!!」
腰を曲げて必死に謝罪し、恐る恐る顔を上げて通行人の表情を確認した。
相手は二十代くらいの若い女性だった。
黒のショートヘアは一部だけ白い独特な髪色をしていたが、きめ細かい肌は雪の様だった。
背丈も165センチメートルのシレットと同じくらいで、正に美人と言っても過言ではないが水色の瞳は光を感じさせず、妖しい雰囲気を漂わせていた。
「いいのよ。皆やる事だから気にしないで」
女性は首元を密着する丸い襟の服にベージュのコートを羽織っていた。
コートは零れた影響で黒く染み付いていたが、特に気にせず、ポケットからハンカチを取り出して染みを拭いた。
「あ、あの、クリーニング代、出しますので……」
「貴方のお小遣いじゃ、きっと足りないわ」
「でも……」
「気持ちだけ受け取っておくわ。貴方は優しい子ね」
「あ、ありがとうございます。次から気を付けます……」
女性は口元を曲げながら空を見上げた。
「もうすぐ夏に入るけど、カメリアは涼しい所ね」
「そ、そうですか? 涼しいといっても、コートまで着る程寒くはないと思うんですけど……」
「……私、雪女なのよ」
「え?」
呆気に取られていると、一筋の風がシレットをゆっくりと包み込んだ。
「うう……」
それは北風の様だった。
あまりの寒さに腕を組んで身震いを抑えるが、それでも震えが止まる事はなかった。
「さ、寒い……」
「冬はまだ先よ……」
風はフラウアやテレーズ等の街ゆく人々をも凍えさせた。
その寒さに身震いやクシャミを起こす人が多い中、女性は顔色一つ変えず妖しげに微笑んでいた。
「ゆ、雪女?」
「なあんちゃって。やっぱりコート着てて正解だったわ」
女性はコートのポケットから財布を取り出し、更にその中から二枚のお札を抜き、シレットへ渡した。
「寒いから、これで新しいの買いなさい。ケチらないで大きいやつをね」
「そ、そんな!! 貰えません!! 私が悪いのに」
「私があげたいの。良いから良いから」
受け取りを拒否し、ミレッジの手元にお札を返すシレットだが、逆にミレッジがお札のあるその手を強く握りしめた。
(冷た……!?)
握られた手はまるで氷に包まれた様な感触だった。
あまりの冷たさにシレットは一驚し、身体も凍り付いた様に固まった。
「じゃあ私、用事があるから行くわね」
女性は手を離すと、シレットの横を通り過ぎたが、何かを思い出したのかの様に五歩進んだ場所で振り返った。
「あ、そうだ。貴方、お名前は?」
「し、シレットです」
「シレット、カメリアで出来た最初のお友達よ。今日はありがとう」
女性は軽く手を降り、今度こそ街の中へと消えていった。
入れ替わる様にフラウアとテレーズが駆け付け、不安な眼差しを向けていた。
「だ、大丈夫だった? シレット?」
「う、うん。怒るどころかこれで新しいの買えって……」
二枚のお札を済まなそうに二人に見せた。
「に、20000マナトも……」
「テイクアウトどころか、三人でご飯食べれちゃう……」
20000マナト。女子高生が普段持つには中々の大金だ。
先程買った紅茶も平均で320マナトであり、学生からすればどれ程の大金なのかが伺える。
「ま、まあいいじゃん。許してくれたみたいだし。それで新しいの買お」
「お釣りは結構残るけど」
「じ、じゃあ、ご飯食べに行くとか?」
「あんた、少しは反省しなさい」
大金を目にして戸惑いを隠せない三人。
場を和ませようとフラウアが無理に明るく振舞うが、テレーズに冷たく返され、肩と顔がガクンと落ちた。
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