第35話「遊ぶ子供たち」

「いーち、にーい、さーん」


 そこは都市近郊の街の公園。少し離れたところに、オフィスビルなども見える。

 広大な敷地には遊具、広場、木や芝生が綺麗に整備されている。

 その公園の中心にある噴水で、手で顔を覆って目隠しして、数を数えている男の子がいた。


「ひゃく!」


 数を数え終えると、目を開け辺りを見回す。

 周りには誰もいない。一人だけ。

 鳩が時折舞い降りてくるぐらいだった。


「ようし――」


 男の子は、駆け出した。

 男の子は、かくれんぼの鬼だった。


「さやかちゃんみつけた!」


 次に見つけたのは、トイレの裏手に潜んでいた女の子。


「あーあ、もう見つかっちゃった」


 さやかと呼ばれた女の子が現れ、噴水へと向かう。


「健太君もみーっけっ」


 早速、公園の遊具のトンネルに隠れている子を見つける。


「ちっ見つかっちまった」


 残念そうに、見つけられた男の子が、出てくる。

 鬼役の男の子は、次々に隠れている仲間を見つけていく。

 さらに、まだ見つかっていない残り二、三人を探すべく、公園の外れの、少しうっそうと草木が生い茂った場所へ向かう。

 ここは、ちょっと隠れやすい場所であることを男の子はしっていた。


「誰かいるかな?」


 草むらを覗き込む。

 果たしてそこには、その男の子と同じ年頃である、髪の毛の長い女の子の姿があった。


「みっちゃん、みーつけた!」


 姿形から、知っているかくれんぼ友達を連想し、その名を呼んだ。

 だが――。

 元気良く、草むらに入ってきた少年は、瞬時、体が止まった。

 期待していたものとはまったく違ったことが起こったからだ。


「みっちゃんじゃないの? 君……だれ?」


 草むらで空を見上げていたその少女が振り返った。

 その顔は思い浮かべていた子とは全く違う子だったのだ。


「あ、あの……ごめん、僕、間違えちゃった」


 そして少し顔を赤らめた。

 出会ったのは子供心にも、可愛いと思えるような美少女だったのだ。

 同い年の女の子の誰よりも可愛い。

 こんな子この近所にいたっけ?


「わたし? わたしは、マミ。あなたは?」

「え? ぼ、ボク、川田将太」


 女の子が名乗ったので思わず、将太は、自分も名乗った。


「ふうん、将太君ね」


 人違いの戸惑いと同時に、その綺麗な容姿に面食らって、次の言葉が出てこない。


「あ……ん、その」


 まごまごしていたら、可愛い女の子が先に口を開いた。


「かくれんぼ、してるの?」

「え? あ、うん……そう、かくれんぼ」


 女の子は笑う。

 その笑顔をみると、さらに胸が熱くなった。


「わたしも、一緒に遊びたいな」


「おーい、将太、いつまで探してるんだよ」

「もう待ちくたびれちゃったよお」


 噴水で見つけられた子たちが集っていた。

 いつまでも探して帰ってこない鬼の将太が、ようやく戻ってきて、不満をぶつける。


「お、おう……」


 見つからなかった子も、いつまでも来ないかくれんぼの鬼に、痺れを切らして出てきてしまった。


「もーう、将太がいつまでも探しにこないから……あら、誰? その子……」


 集っていた子供たちも気が付いた。

 かくれんぼの鬼の将太の傍らに、見慣れない女の子がくっついてきていることに。


「君……誰? 将太、どうしたの? この子」

「う、うん……」

「この子、マミちゃんって言うんだ。一緒に遊びたいんだって」


 将太の傍らの女の子は、子供たちの集団を見渡す。


「皆、将太君のお友達?」

「う、うん……」


 思わぬ可憐な少女の登場に子供達が騒めく。

 可愛い、綺麗。どこの子? 知らなかった。

 お人形みたい――。


「将太君ごめんなさい。かくれんぼの邪魔しちゃったんだね」

「い、いいよ……。それより、ねえみんな、マミちゃんも、一緒にいいかな?」


 戸惑いながらも、皆頷いた。

 その場にいる子供達は。なんだか――わくわくするような、不思議な気持ちになっていた。

 その女の子に、引き付けられていた。

 マミちゃんも一緒に遊ぼう。


「じゃあ、みつかっちゃったから、あたしが鬼。今から百数えるから」

「うん! マミちゃん!」

「僕は、見つかんないぞお」


 子供達がかくれんぼのスタートに、散っていった。


 わずかな間で自然に子供たちに溶け込んでいった。


「すっごーい。マミちゃん、あたしにも教えて!」


 お手玉、あやとり、おはじき。

 女の子たちが囲んでいた。

 離そうとしないのだ。


「ねえ、マミ。ほら、コオロギ捕まえてきたよ」

「わあ、凄いね」

「サッカーやろうよ、マミ」


 男の子が、負けじとその周りを取り囲む。

 少しでもマミの気を引こうと、色々なことを試みるのだ。女子は取られないようにブロックする。


「だあめ、マミちゃんはあたしたちと遊ぶの」

「お前らずるいぞ、マミを捕っちゃって」

「だって女の子だもの、ねえマミちゃん」

「うふふ、将太君たち、後で遊んであげるから――」


 薄暗くなり始めた公園。

 大学から下宿へ戻る途中で、俺は小さな子供たちの群れの中にいたマミの姿を認めて、足を止めた。

 すぐには声をかけず、しばらくベンチに座って眺めていた。

 子供たちと遊んでいたマミは、既に人気者だった。

 どれも遊びが上手で超一流だ。

 お手玉だって、おはじきだって。

 女の子の遊びも、男の子の遊びも。

 あの神社の境内のときに覚えた遊びだろう。

 マミには、真実の頃には無かった、不思議な力がある。

 子供達をひきつける。

 マミの周りの子たちは、時間を忘れて遊んでいた。

 そして夕暮れ時。

 いつしか、迎えに来た大人たちも、マミを囲んで拍手喝采だった。


「マミちゃん、今度うちにいらっしゃい。晩御飯ご馳走するわ」

「バイバーイ、マミちゃん」


 母親に手をつながれ、家へ連れて行かれる一人の女の子が手を大きく手を振った。


「また明日ね! みっちゃん!」


 手を振ると、マミに呼ばれた女の子はさらに大きく体全体で手を振った。 


「なんだよ、清弘。来てたのなら早く声をかけてくれよ」


 子供達が去り、人が減った公園。

 見送ったマミは、俺がいることにようやく気が付いた。


「一応、これでもオレは大学生だったんだから、ガキっぽいことやってるのを見られるのは……」


 思いっきり子供たちと遊んでいる姿を見られて、少し不満そうな顔をする。


「はは、でも凄えな、マミは――いろんな遊び知ってるんだな。俺も知らないし、できないぜ?」

「大したことねえよ、双葉さまから教わったものだしな……」


 双葉、様か。

 真実をマミに変えた存在だ。

 男子大学生から、この人形のように美しい幼い少女に変えてしまった存在。

 まだマミは、あいつを双葉様と呼んでいるのだ。


「さ、晩飯にしようぜ、晩飯。清弘、帰ろう」

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