第20話「予感」
「あっ、くそ!」
どーんという爆発の効果音と共に、テレビ画面に 『GAME OVER』の文字が無機質に大きく映し出される。
シューティングゲームの腕前を見せてやろうと思ったが、目論見は外れた。
本来ならやりこんでいて難なくクリアできるゲームなのに、どうも調子が悪い。緊張しているのか?
(せっかく真琴が家に、またやってきたのに、ちくしょう)
いいところをみせられなかったことに臍を噛む。
「なあ、他に何かやりたいのあるか?」
傍らのゲームソフトの箱をあさる。何か楽しんでもらえそうなゲームはないだろうか。
「お、一緒にこのパズルゲームやるか?」
ぽよんぽよんしている可愛いキャラを積み重ねて消していくこのゲーム。
パーティーやカップルで対戦プレイをやると楽しいこと請け合い。
だが少し手加減してやらないと真琴が怒り出すこと確実だ。
「……」
だが、声をかけても返事が無い。真琴の方へ振り返った。
「真琴?」
よく見ると、うとうとしている。
(なんだ、寝てるよ真琴の奴)
今日の学校帰りに、僕の家に寄ってもいいかといいだしたのは真琴だった。
(何か言いたいことがあるはずだけど何だろう?)
当の真琴は部屋の床に座ったまま壁によりかかって一定のリズムで揺れている。
コックリ、コックリ。
(……ぐあ、寝顔見るのは初めてだ。しかも、可愛い)
制服を着たまま、胡坐をかいている。
本人には自覚ないのかもしれないが、大胆な姿勢だ。
(やばいって)
スカートの奥のほうまで見えてしまっている。太もものさらにその先に、水色のものがチラリチラリと見え隠れしていた。
(そうか、真琴は今日は水色なんだな)
男子には絶好のシチュエーションだが、それ以上は清久には正視できず、目を逸らした。あまりにも眼の毒だ。
嬉しい反面、罪悪感があった。
(やっぱり良くないよな)
ここは一応男の部屋で、真琴は女なんだから、世間常識的には、無防備すぎる。
物凄い誘惑……。
いやいや、この僕がそんなことするわけない。
気を取り直すため、首を振った。
そして深呼吸ともため息とも区別の付かない息をフウッと吐いた。
これまで真琴に対して極力男女のことは意識しないで接してきたつもりだった。
真琴は『オレは女とアレコレする気は無いが、男とも付き合ったりはしないぜ』が口癖だ。
僕も、つられて僕もそうだといってしまっていた。
そして真琴も含めてこいつらTS高校生は男だった……そう自分に言い聞かせてきた。
こいつは、どんなに可愛いくても、前は男だったんだ、と。
だが、こうしてくれた近くにいると何度もドキドキして、僕の男の本能は刺激される。
おまけに、真琴と一緒に街を歩く時は一般人には、僕と真琴は完全にカップル扱いだ。どこへ行っても注目される。そしてそれが溜まらなく最近は苦しかった。
真琴への気持ちが変わりつつあることを僕自身、はっきり認識していた。
(僕は、真琴とどう接すればいいんだろう?)
思い出されたのは先週の日曜日の出来事。
日曜日。真琴と一緒に市の図書館に行った。……胸が躍った。ずっとドキドキが止らなかった。
何かがあるわけではないのはわかってた。実際何も無かった。
ただ、本を集め、ノートを取って、資料を読んだだけ。僕はその手伝いをした。
それだけだった。
真琴は、今、あの『異変』に関する研究にはまっていて、街の図書館や古い史跡なんかを調べ、出歩いている。
部活に入っていない真琴は、平日の放課後も、土日も、時間を見つけては、出かけている。
そして疲れが出たのだろう。
今僕の部屋でまどろむ真琴から、すう、すう、という寝息の声が聞こえる。
(にしても、僕の部屋で堂々と寝るとは……)
これは僕への信頼の証かもしれない。
そう思うと、なんか嬉しかった。
できれば、この無邪気な寝顔を取っておきたいぐらいだ。
このまま寝かせておこう。今日は肌寒い日だし、冷えそうだ。
そばにあった毛布を手に取った。
体温や寝息が感じられる距離まで近づくとより一層ドキドキが増す。
呼吸のたびに上下する胸。自然に胸元へ視線が……。
(うわ、制服の上着にフィットしてて膨らみが映えてやがるな)
理性がとびそうだ。
首を振って視線をもとに戻す。
(……え)
三十センチほどの先。真琴の目が開いていた。
最初は薄っすらだったが、すぐにその目を丸く大きく開いた。黒い瞳には僕が映っている。その瞬間に真琴がガバッと起き上がった。
すかさずその手でシャツを絞めてきたー―。
「ぐ、ぐえ!」
そして、あべこべに床に組み伏せられた。
「おい、清久。何かしようとしたか?」
「な、何もしてない、してない」
「本当か? それにしては寝込みに近づいてたようだが」
「だ、だから毛布をかけようとしただけだって」
「毛布?」
「と、とりあえず手を放せ、苦しい」
(意外に力が強いんだよな、真琴は)
そして僕への信頼の程度も、わかってしまった。
「あのさ、前オレ襲われたって言ったよな? 覚えているか」
「覚えてるさ」
以前真琴が自ら話した。同窓会でかつての同級生に路地裏で暴行されそうになった。
「あれは、オレが悪い、けどな」
まだ僕に馬乗りになりつつ目を伏せた。
「い、いきなりどうしたんだよ?」
「わかるぜ、男にはどうしようもなく抑えられない時ってあるからな」
いつの間にか位置関係は、僕の方が真琴に押し倒されたような姿勢に変わっていた。
「違う、違うって真琴」
接近した真琴の顔と密着する制服。絹のような肌と端整な顔が目の前にある。
(ち、乳が接触してるぞ、おい)
体の匂いを感じる距離だ。甘い匂い。真琴は香水はつけてなんかいないのに。
誘惑されてないのに頭はクラクラしそうだった。体に力が入らない。
(い、いや、冷静になれ、自分。真琴に一体何があった?)
「最近妙に勘違いされているような気がするんだが」
「勘違い?」
「カップルじゃないんだから、別にコーヒーおごってくれなくてもいいからな?」
「う…うん」
「別に公園歩いているときに無理に周りに合わせて体寄せてこなくてもいいからな?」
「はい……」
心当たりがありまくりだった。しかも下心は完全に真琴にお見通しだった。
(やばい……。気付いていたのか)
二人でいるときに、ついカップル気分になってしまい、そんなことをした時があった。
他にもある。例えば――。
喫茶店に二人で入ってデザートを頼んだとき、同じパフェを注文したら、でかいカップ一つに二人分のパフェが入ってきた。
店の粋なサービスのつもり……だったらしいのだが。
突き刺さった二つのスプーン。
周りの従業員と客の羨望の眼差しの中、黙って真琴は食べていた。
また例のカップルの多い公園で別の日。
「あの制服……TS高校の生徒だ」「うらやましいぜ、あの野郎付き合ってるのかよ」ひそひそ聞こえる声。そうか、カップルか。それに載せられて、つい身体を寄せてしまった。
真琴は黙って心なし足を速めていた。
確かに心当たりがある。
ぐい、っとさらに真琴は顔を近づけて顔と顔が接するまでになった。
「いいな?」
「だ、だから止めろって」
……近付きすぎだ。そんなにくっつけられると。
何度も必死に頷いていたら、ようやく力を抜いてくれた。
起き上がって話題を別に振った。
「ふう……そ、そうだ、真琴。何かわかったことがあるのか?」
「お、そういえば……」
研究について尋ねると、待ってましたとばかりに鞄からノートを取り出した。
スクっと立ち上がると、発表するように僕の前に起立した。
「この街の謎が、結構わかりそうなんだ。聞くか?」
「ああ、もちろん」
上手く関心を別に移せた。
「調べた成果があったってことか……」
真琴が調べた市の歴史資料によると、我が街、天聖市が誕生する前は、細かい町村があった。
「天聖館校があるあの辺り一帯は双葉村、という集落があったそうだ」
「真琴、それって……」
「そう、『母さん』だよ。まさにそのものさ」
あの『異変』を起こした少女と同じ名を持つ村の存在。僕も偶然とは思えなかった。
「何か隠されているってことだな」
この辺りの歴史を調べるという真琴の勘は当たりだった。
僕の驚く表情を見て真琴は満足そうに頷いた。そして、再びノートに目を落とし、パラパラと捲った。
「それから、我が天聖市の姓名には早乙女とか女川、姫川、といった女を想起させる苗字が多いそうだ。もちろんオレの姫宮て苗字もな」
「そうか、真琴の姫宮という姓もこの土地由来なんだな」
「ああ」
『異変』なんて無ければ、なんでもなさそうなことだが、何か女にまつわる話が多いのは関連があるような気がしてしきた。ちなみにこの辺りの伝承や言い伝えを調べてみたが、あまり地元の図書館にはなかったそうだ。市の図書館本館や県の図書館にも言ってみたいと言う。
「ダイレクトに『母さん』にまつわる話とか、誰かが女になる、という話は見つからなかったが……」
まだ、核心そのものはみつからない、ということだった。
時間と手間のかかる作業にとりかかる真琴のパワフルさに清久は恐れ入った。
「ま、これはもう少し詳しく調べてみないとわからないがな。天聖市は、新しく発展するときに開発で色々壊したりしてしまったみたいだしなあ」
得られた情報も、為になったが、それよりも気になったのは、真琴の生き生きしている顔だ。
さらに、真琴はノートをめくる。
「『母さん』は……おっと清久には双葉様、だな。彼女は、のべつ幕なしに出現してるわけでもなさそうだ。記録があんまり残っていないのを見ると……。まあ、そんなに軽い神様がいても困るけどな。それで、ここからが本題だが、オレは、あの異変が誰かの手で起こされたと思ってるんだ」
「誰かの手に?」
「さあ、それはまだわからねえ。でも、何となくオレの直感なんだが、それがわかれば全貌があきらかになると思うんだ」
誰かが意図的にやったのか、それとも何か誤って双葉を呼び出してしまったのか、いずれにせよ引き金を引いた者がいる、と真琴は確信していた。
「清久も何か異変に関係のありそうな情報は無いか?」
「さあ……」
「なんでもいいんだ」
真琴は目を輝かせて清久をみつめる。その期待に応えようと一生懸命記憶を辿る。
「といっても……僕にもあれは突然の出来事で……あ」
僕の脳裏に前日見た光景が思い浮かんだ。
道路わきの小さな祠で手を合わせる少女が――。
いつも人がいない祠なのでふと気になった。
何故か今、その光景がふと思い浮かんで、そのことを真琴に伝えた。
「どんな女だった?」
早速真琴は食いついてきた。
「え、ええっと。髪が黒くて長くて綺麗な人だった」
「髪が黒くて長い女なんかいくらでもいるだろう」
「他には?」
「き、綺麗だった。真琴みたいに――」
そこで真琴に、こつん、と頭を叩かれた。
「そういう世辞はいい」
真琴に誤解されたが、今から思い出すと、あの少女は真琴に似ていたような気がした。だが、真琴はあの日はまだ男子だった。別人だ。
「そ、そうじゃないんだけど――。もう一度見れば絶対わかると思う」
情報が少ないので、大きな進展にはならなかったが、真琴はノートに短くメモを入れた。
「さて、そろそろ帰るか」
一通り研究報告が終わると、真琴はスカートを翻し、立ち上がろうとした。
「あれ? もう帰るのか?」
「まだ行きたいところがあるし……姉貴も帰り待ってるだろうしな」
真琴が部屋を出て行こうとしたとき、部屋のドアがガチャリと開いた。
「あら、こんにちは。真琴ちゃん」
(げ……僕の母さん……)
入ってきたのは、僕の母親だった。お盆にコーヒーカップとケーキが乗っかっている。
うちに同級生の女子が来ると聞いて、色めきたっていた。
家を大掃除しないと! とか、お夕飯ご馳走したほうがいいかしら? とか騒いでいた。余計なことしなくていいと、強く要請した。だがその要請も空しかったようだ。この様子はひょっとしてお菓子を運ぶのにかこつけて、また様子を伺いに来たのだろう。
今日はこれで3回目だ。最初は果物、次に大福、今度はケーキだ。
(余計な、おせっかいなんてしなくていいのに)
「ど、どうも……」
真琴は一先ず挨拶をし、立ち上がろうとした足を直し、とりあえず、また座った。
「ありがとうございます」
前にコーヒーとケーキが並べられる。
(早く帰ってくれ。妙なことを言わないうちに)
「ゆっくりしってってね、あ、もしクリームが口に合わないようならチョコレートケーキもあるから、言って頂戴ね。それからコーヒーはブルーマウンテンで……」
(ちょ、周到すぎ)
「い、いただきます……」
真琴はケーキを前にして微妙な空気に固まっている。
「ハァー、真琴ちゃんって綺麗な子ね……」
床に皿を置いて立ち去らないで、真琴をみつめたまま大きくため息をついていた。
(あ……挙動不審)
「母さん?」
「ほ、本当に清久の、お相手なの!? どこを好きになったのかしら」
(うげ!)
いきなり直球で不味い一言が出た。
(母さん何言ってるんだ!?)
「あの……それって……何を――」
流石に真琴も面食らったようで、顔が強張っている。
「真琴ちゃん……母さんの女子高時代のあこがれてた先輩にそっくり……」
(嫌な予感――)
熱に浮かさたように真琴を見つめる。
まるで妖精の魅了にでもかかったようであった。
(まさか、僕の母さんまで――)
しかも、プルプル体が震えている。
「はあ! 先輩!」
「うわ!」
母さが凄い勢いで真琴に抱きついた。
そのままベッドに倒れこんで――。
「先輩、先輩……」
「く、くるしい……何でいつもこんな目に……」
幸せそうに抱きしめる清久の母親の腕の中で、真琴がのた打ち回っていた。
「ごめんなさい、なんだか昔に戻っちゃったみたい……でも、いい匂い、本当に高校時代の先輩を思い出しちゃったわあ」
「も、もういいから、母さんは奥に行ってよ」
ごたごたやっているうちに辺りはすっかり暗くなっていた。
とりあえず真琴を送る為に家から出た。
暗くなり始めた道を、真琴は足早にさっさと先へ歩いていく。
「何怒ってるんだよ」
「あのさ……お前家でなんて言ってるんだ」
「別に何も言ってないよ」
あんまり凄い力でしがみ付いて離れないので、真琴は泣き疲れて眠るまでずっと母さんのお守りをやっていた。
『うう……ぐす……』
『よ、よしよし……いい子だから、清久のおばさん落ち着いて』
女子高生がエプロン姿の主婦のお守り。
必死に僕の母の頭を撫でて寝かしつけるのを見ると、母子みたいなのだが年齢背格好全く逆。
「なら――なんで付き合ってるってことになってんだよ」
「知らないよ、勝手に母さんがそう思い込んでただけだ」
「ふーん、天聖館高の生徒が男と一緒にいるんだもんなあ。そう思われても仕方ないよなあ」
(はぁ……やはりつむじを曲げてる)
「別に男だったって教えればよかったな。幻想を打ち砕いたほうが後先苦労しないし。もう二度とゴメンだ、あんなの」
僕だって気が重い。
きっと母は僕と真琴のことを完全に勘違いしている。
また次に真琴が来た時は婚約者あつかいしそうな勢いだ。
「繰り返し言うが男とも女とも付き合う気は無い」
真琴は最近よく言うこの台詞をまた言った。
「わかったって。もう機嫌直してくれって」
「別に不機嫌じゃないぞ」
「明らかに顔に出てる」
ぐいぐい先に行ってしまう。
ちょうど商店街の店が立ち並ぶところを歩いている時、真琴が立ち止まった。
「お、どうした?」
「いや……」
ふと気付くと、真琴の視線が、道脇の洋服店のショーウインドウにいっていた。
視線の先は、マネキンに飾られた冬服だった。
真琴もやっぱりファッションとかに関心があったりするのだろうかと思う。
ああいうふうに言ってても女らしいファションや流行に興味があるのかもしれない。
もう少し僕も女のファッションやブランドとか、勉強してればと悔やまれる。
「ストールだよ。服じゃないよ。そのマネキンが付けてるやつ。オレだってファッションなんて詳しくないけどな」
「え?」
(やば――僕の思ったこと、真琴も気付いてやがった)
ファッション気にしてたんじゃねーよ、と言いたげな口ぶりだ。
「女の体って冷えに弱いから、こういうのがあると便利だと思ってさ」
「そうなのか? 女の方が強いと思うが」
「いや、そうでもなくて……まあこれはオレもこの身体になって、初めてわかったことだからさ。クーラー効いてる部屋とか結構芯まで冷えるんだ。今から冬が思いやられるよ」
冬はまだまだ先だが、この辺りは結構雪が積もるので、対策が必要。真琴はそういいたいらしい。
(欲しいのかな?)
やがて真琴はショーウインドウから名残を惜しむ様に目を離し。歩き出す。
「もうここでいいよ」
駅前の通りにでたところで真琴が別れを告げる。
「じゃ、じゃあ気をつけて帰れよ。真琴」
気の利いたことを言おうと思ったけど、思い浮かばなかった。
(もっとなれないといけないな……)
「もうここまで来れば大丈夫さ。それより……気をつけろよ。清久」
「あ? 僕は、元来た道戻るだけだから、大丈夫だよ」
「そうじゃなくてさ……」
急に真琴が真顔になった。
「最近、妙に胸騒ぎがしててな。あいつら――純達がここのところ妙に静かなのも気になる」
「大丈夫さ。もうあれ以上純たちも、何もしようがないだろ」
「だといいんだけどさ。いいか? オレがいない時は絶対に一人で行動はするなよ。何かあっても誘いには乗るなよ?」
最初は笑って返そうと思ったが、やめた。真面目に返すことにした。
「ああ、わかったよ」
真琴の真剣な眼差し。
自分のことを考えての言葉だと思うと、少し僕の胸は熱くなった。
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