第10話「初登校」
翌朝。
オレは普通に朝起きた。
あれから夜、寝るまでにも色々あった。
まあ、もし普通の男子高校生が突然綺麗な女になっちまったとしたら、するであろうことだ。詳しい説明など必要ないと思うが、女ってのはこうなんだというのを嫌というほどに体験した。
一人でいろいろと弄んでしまった。
おかげで、ちょっと夜更かし――。マミ姉に起こされるまで、寝過ごしてしまった。
「とんんでもないことになっているな……」
鏡の前に移っている、髪の毛が爆発している女は、オレだ。
しかも寝ぼけ眼。これはやばい。
いや、案外可愛いかも。
髪の毛も起きたらボサボサで櫛を入れるのにてこずった。
制服への着替えもいつもと違っていてかなり苦労した。
「女ってこんなに大変なのか……」
そうぼやきつつもやっと着替えた。
そして、ようやく朝の食卓についた。いつものとおり御飯とみそ汁と、おかず。
美味しそうな匂いが漂っている。
「ねえ、真琴」
着席していて待ち構えていた。
「何? マミ姉」
「昨日、遅くまで何やってたの? だいぶゴソゴソしてたけど」
「……いや」
ひょっとしてすべてお見通し?
驚いたことに皆学校に普通にやってきていた。休む者はいなかった。
考えて見れば、ここに来れば同じ仲間がいるからな。
かえって安心できる。
女子の制服を着た生徒達で教室、学校は満ちていた。姿は女になったが、仕草言葉遣いは男のままだから、かなり奇妙な光景ではあった。
「結構短いな……これ」
一人がスカートの裾を摘んでヒラヒラさせている。
「おい、パンツが見えちまいそうだぞ」
足を組んだり、広げたりするとスカートから下着が見えそうなことを発見、戸惑う生徒が続出。
スカートの感覚に慣れてないことも手伝って、恥ずかしそうにしている生徒もやたらに目についた。
「どうする? もう女言葉とか使ったほうがいいかな?」
「かえって、不自然じゃないか? 自然体でいいんじゃないか」
言葉遣いに悩む奴らも多数。
「昨日うっかり服買いに行くの忘れてさ、女物これ一着だぜ。昨日は、トランクスで過ごしたよ」
「早くそろえないとなあ」
服装の心配をする奴らも数知れず。
「生理ってくるのかな……。妹とかみてると結構きつそうなんだよなあ」
「一応準備だけしといたほうがいいんじゃね?」
女の現象に早くも頭を抱える奴もいる。
そいつは頭の髪に手をやりながら呟く。
「あー、もう朝大変だったよ、この長い髪洗うのも、セットするのも――」
などとぼやいているのもいた。だが、中には上手に三つ編みにしてきているのもいて「お前それどうやったんだよ?」と聞かれているのもいた。姉妹がいる奴はやっぱり強い。
昨日の妙な高揚感は沈静化していて、これからのことを考え始めていた。
皆お互いの情報や気持ちを伝え合っている。
足の組み方、姿勢、仕草。男子っぽくて色気とはまだ無縁。
それでも、皆十分綺麗ではあるが。
一体どうなるんだろうかと、不安はないではないが期待も皆の心にあった。
授業はいつもどおろ始まった。教師も女になっちまってるがな。
薄い頭だったうちの担任の鈴木は、ほんのちょっとオレたちよりも年上の女子大生風になってしまっていた。
頭はふさふさどころか、長いおさげが作れるくらいに長くなっていて、何度も生徒たちに見せ付けるようにかきあげるような仕草をしていたのは笑った。みんな鈴ハゲ先生と綽名つけてたからなおさらだ。
そうしていつもどおり時間割にしたがって始まった授業。
昨日はまる一日潰れてしまったから、進度を早めるといいながら始まった。
そんな朝の二時間目、事態はまた変わった。
この学校は全員が女子になったと思いきや、まだ男子の奴がいたのだ。
二時間目の授業の時にその生徒は遅刻で登校してきた。
「お、おまえら……その格好…何の冗談だよ」
授業中に教室に入ってきた、学生服姿の生徒――鷹野清久が、教室の入り口で呆然としていた。事情を知らない清久は絶句したままだ。
「今日からうちの学校、女子高になったんだよ」
「な、なんだよ、それ……」
クラスの一人からそっけなく告げられたその言葉に清久は固まっていた。
(あいつは鷹野清久だっけ? そうか、あいつ昨日休みだったからな。だから男ままなのか)
あまり話したことがなかった相手だった。
(一人だけ仲間外れになったやつがでちまったな)
清久に対して最初に抱いたオレの感想はこの程度だった。
その後の授業も普通に始まり、いつもどおりに行われた。
ちらりとみやると、清久はただ机に座っていた。明らかにわけがわからない、という表情をしていた。
「何があったんだ」「頼む、教えてくれ」
休み時間にしきりに周りのクラスメイトに話しかけていたが、誰も答えない。
「悪いな、休んだ奴には教えられないんだよ」
周囲からのそっけのない返答に、しまいには泣きそうな顔をしていた。
「次の体育の授業、保健だってさ。みんな視聴覚室に集合だ」
保健の授業が急遽行われることが告げられた。
小学校の頃、女子だけ特別に別室に集められてビデオや授業を見させられ、男子は校庭でサッカーやドッジボールか何かをやっていたのを思い出した。
(あれを今オレ達はまた受けさせられるのか)
心の中で苦笑する
みんなぞろぞろと立ち上がる。
清久もつられて立ち上がったが――。
「え? 清久も来るの?」
「え? だ、だって、みんな来いって」
「あ、いや別に、な、ほら……」
その日の日直が言いにくそうにしていると、ほかの奴が口を挟んだ。
「まったく鈍いなあ、清久は」
「な、なんだよ」
「ほら、生理だよ、生理の授業をやるんだよ。お前には必要ないことだからさ」
一瞬呆然としたが、やや気まずそうに清久は椅子に再び座った。
「そ、そうか。じゃあ行って来いよ」
呆気にとられる清久を尻目にみんな教室から出て行った。
清久は一人教室に残った。
(なんか……悪い気になってしまうなあ)
ポツンと一人所在なげに机に座る清久の姿が胸に引っかかる。
気になったものの、オレもやはり清久を後に残して視聴覚室に行った。
内容は、ごくごく初歩的な内容だ。女の体がどうなってるかとか、生理について。その心構え。
いかにも小学校でやるようなビデオを最初に見た。
しかし、それでも皆真面目に見入っていた。今のオレたちには、ありがたい情報だ。
来た日から数えて、いつごろくるか自分で予測できるように計算する方法、あるいは危険な日はいつか等――。
さらには子供が生めるようになる。
その一言は、オレたちにとってきつかった。流石にまだそこまで思いは至らない。
保健室には生理用品もあるので、辛い者は我慢しないこともよくよく言い含められた。
ややきつい話があったものの新しい世界に踏み入れたようで、皆それなりに満足感を得て戻ってきた。一方清久はやはり、机にポツンと座り一人自習をしていた。
「面倒だよなー。始まる前に買いに行かないと」
「いいよな、清久は。俺たちはこれから毎月これが来るんだからさ」
「ど、どうかキツイ体質じゃありませんように……」
説明によると早いものは恐らく一ヶ月以内にくるだろうということだ。
「真琴、お前はどうすんだ? 相談できる相手がいないんだ。うちは男兄弟ばっかだし」
仲間意識が芽生えたからか、昨日まで話しかけてこなかったのに、初めて話しかけてくる奴もいる。
「姉貴がいるから、聞いとくよ」
「頼んだよ」
教室には、お互いが助けあう雰囲気が醸成されている。あの異変をきっかけにクラスの雰囲気が妙に一体感に包まれていた。
ふとオレは気付いた。
全く周囲の話題に入っていけないし、茶化される以外、誰からも相手にされないやつがいる。
オレは一人取り残されたように教室に佇む清久を視線から外すことができなかった。
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