第9話「女子校になった!?」
校内中が喧騒につつまれて授業どころではなかった。教師も、生徒も――。
みんな小さくしまった身体と膨らんだ胸、スカート穿いて細い太腿を晒している。
「はは、こりゃもう女子校だな」
もう笑うしかない。
一体何がなんだかわからない。ただみんな女にされちまったのは確かだ。このオレも。でもだからって、それ以上何かされたわけじゃない。
まあいいじゃないか。
「あ……れ……」
そんな時に妙な違和感を股間の辺りに感じた。
「ひょっとして、これ……」
妙な圧迫感が強まってくる。じんわり。
これまでと位置も感じ方も少し違う。
だが、よくよく思い出すとアレと同じ感覚だ。
男の時にもあった生理現象とまったく同じ。
あれよりももっと体の内部から起こってくる。
とっさにスカートの中の股間をすぼめた。
わかった。これはいっぱい溜まっている状態の感覚だ。
慌てて教室を飛び出し、廊下を早足で歩く。目指すはトイレだ。
「やばい、なんだよ。これ……」
催す強さの度合いが違う。
「男と女でこんなに違うのかよ……」
股間の奥の方から下腹部へ強く強く突き上げてくる。
内部からどんどん強さをましていく。
「おいおい……」
ようやく到着したトイレは蛇のような行列だった。
並んでいるのはもちろん皆女子生徒。
同じように股間にスカートの上から手を当てたり、足をすぼめて、どの生徒も必死に堪えている。
ようやく次の順番がきた。
「早くしろって……ああ、もう、爆発しちまう」
永遠にも続くように思われた時間、だが限界間近で個室があいた。
このオレの苦しみをしらずか涼しい顔をしている。スカートを払ったり、スカーフを直したりしながらのんびり出てきた。
(こっちがこんなに限界を超えて耐えてるのに……)
だがむかついてる余裕はなかった。個室へ飛び込む。
和式だ。小用では使うことがあまりないタイプの便器……。
「ど、どうやればいいんだ……」
今となってはこの体では――この何も付いていない股間では立って小便できないのはわかる。
しゃがんでやるんだろうということも想像がついた。
でも具体的には……
今まで物心ついたころからやっていて体に染み着いていた習慣と違い、体が混乱をきたしている。
「え、えーっと……」
いちいち動作を1つ1つ考えて行動に移す。
まずスカートをちょっとズラしてもだめだ。
「そうだ、こうやって……」
まくり上げる。
「次に……」
ショーツを降ろした。
そして……しゃがむ。
「で、でねえ……」
力のこめかたが違う。どうやって出すのか――。
「世界が……変わったな」
無事に終えたオレは、諸々の衝撃が冷めやらない状態のまま、スカートのホックを止めた。
実は方向が定まらず、微妙に上履きに飛び散ってしまっていた。
(まあこれくらいいいか。間に合ったんだし)
その不便さに驚きため息をついた。もう失ってしまったものに思いを馳せる。
(あれ、便利だったんだな……でも要領はとりあえずわかった。どうもタンクが小さくなってるみたいだから、これからはマメにトイレにいっとかないとな……)
とりあえず無事に間に合い、用を済ませたオレは色々思いを巡らせながら、トイレを後にする。
「おっ!?」
次の奴がすごい勢いで飛び込んでいった。
トイレの外の行列は相変わらずだ。
「ぎゃあ! お前何してんだよ!」
「うう、我慢できなかった……」
列の後ろの方が、騒いでいた。
ついに間に合わなかった生徒がでたようだ。
廊下の床にスカートを押さえながら、へたり込むように座る生徒。遠くからでもそれとわかる水たまりができていた。
その日一日はもちろん授業にはならなかった。
長いその一日が終わり、帰宅の途に就いた。
まだ学校に残ったり、街に繰り出してみようと企んでいるのもいた。オレもクラスメイトの一部のグループから、一緒に服を見に行こうと誘われたが、断った。
早く帰宅して自分を見せてやりたかった。
帰ってくる途中、すれ違う通行人の反応が違っていた。サラリーマンや学生がこっちを見る。わざわざ振り返って、「すげー可愛い」「どっかのアイドル?」とかささやいているのが聞こえた。
買い物のおばさんも「あら、綺麗な子」と立ち止まる。
やや小さな戸建ての家が立ち並ぶ一画に辿り着くころには、自信を深めていた。
「ただいまぁ」
少し声を潜めて、家のドアを開く。
ちょっと悪戯っぽく、姉のマミを驚かせてやろうと思った。
どうせ生まれ変わったなら、やってやろうじゃないか。
期待に満ちていた。周囲の生徒達も皆そうだった。
あの神秘的な体験で誰しもトランス状態を引きずっていたのだ。
「おかえりなさい」
奥から返ってきた姉の返事は、平穏そのもの。
トントンとまな板で野菜か何かを切っている音がする。
どうやらマミ姉は台所で、夕飯作っているみたいだ。
黒の革靴を脱いで、家に上がる。
一度深呼吸して、そっと台所に立つ。
気配に気付いたのか、マミ姉は手を止め包丁を置いた。
「真琴、ちょっとお願いがあるんだけど――」
そして、こっちの方を向いた。
(オレの姿を見て、びっくりするかな?)
『え、真琴なの!?』『うわあ、可愛い』『綺麗』などなどといった反応を予想する。
(あ、でもひょっとして、オレだって気付かないかも。『あなた誰?』って言われるかも。いやマミ姉ならオレだってことはわかるはずだ)
「マミ姉! ほら!」
マミ姉は髪を揺らして振り返った。
「……」
手を腰にあてて、直立する。
スカート、ブラウス、そして長い黒髪。
顔も胸も見せつけた。
マミ姉の視線がオレを捕らえる。
(さあ、どんな反応が返ってくるかな?)
「……」
「あれ?」
マミ姉のびっくりする反応を期待したが、特に何も無い。
「真琴、何そこに立ってるの?」
マミ姉から出た一言はそれだった。
「そうそう、お醤油切らしちゃってるから買ってきて、お願い」
「ちょ、ちょっとマミ姉」
「何?」
「オレ、ほら、オレ見て何かないの?」
「何って……?」
「ほら、オレ、女」
「女だからどうしたの?」
「オレ、男じゃなくて女」
「うん、真琴は『今』男じゃなくて女でしょ? 女じゃないなら何なの?」
「い、いや、そうだけど。そうじゃなくて……」
何かひっかかるような気がするが、あっさりいなされてしまって既に気を飲まれた感じだ。
「ほら、早くお使いお願い。夕食が遅くなっちゃうわ」
「え? あ、はい」
マミ姉に急かされ、たったいま来たばかりの玄関に引き返して、そのまままた靴を履いて、外へ出た。
近くのスーパーで、頼まれた醤油を買ってくるためだ。レジ打ちのアルバイトの大学生がうっとりとした顔をしてオレに見惚れてしまい、何度も会計に失敗する。
だが、オレは考え込んでいて気にも留めない。
(おかしいなあ。マミ姉、オレ見て何も言わなかったぞ。 ひょっとしてオレのこと、最初っから女と思ってるのかな?)
(これも双葉様の力なのだろうか? だとすると、オレはマミ姉の妹ということになるが)
十分後。近所のスーパーで買い物を済ませ家に戻ると、マミ姉はまだ台所に立っていた。
夕食に使う煮物を鍋で煮ている。
「マミ姉、はい。ここ置いとくよ」
「あら、もう行ってきたの? ありがとう、夕食までもうちょっと待っててね」
「う、うん……」
(オレが妹ということは……。オレは女で、妹で……)
思いを巡らしあることに気付いた。
(ひょっとして、マミ姉に何やっても大丈夫!? ということは――。マミ姉の胸触り放題か!? そうか、そういうことか――)
マミ姉がオレの方へ振り返った。
エプロン姿のマミ姉の胸にはオレよりも大きくて丸くて形の良い乳房が2つ。
ずっと憧れていた。あの胸の触り心地はどんなだろう――。
でもオレは男子だったから触ったらマミ姉は怒る。だからできなかった。
だが今はオレは女子だ……。
両手を伸ばした。今目の前にある2つの膨らみに。
「あ、柔らかい」
マミ姉の胸はやっぱり期待したとおりだった。
夢を一つ実現。
(ああ、オレ、女になって良かった)
「真琴……何やってるの? お姉ちゃんの胸に……どうしてそんなことするの?」
マミ姉は、やはり冷静だった。
「だ、だってマミ姉、お、おオレ、女ー女だし」
(そうさ、女だから胸ぐらい揉んだって――)
「ふうん、真琴――あのね」
マミ姉の優しい声だった。その直後――。
ゴチン! という音と共に目の前に星が散った。
昼の綺麗なカシオペヤ座。
「いてててて!」
床に蹲って呻いた。
マミ姉のゲンコツが頭に直撃した――。
「もう、何やってるのよ。さっきから」
(あ、あれ? 女でも胸を触ったら怒られるのか……)
強烈なゲンコツは、まだ頭に響いた。
(男の時でもこんなの喰らったこと無いぞ……)
「さ、夕飯まであと少しだから待っててね」
いつもどおりの笑顔に戻っていた。
「う、うん」
マミ姉とは、それからは、いつもどおりの日常だった――。
予想していた反応と違う。
でも、それはそれでよかったのかも知れないと思った。
ここはいつもどおりオレを迎えてくれるかけがえのない場所なんだ。
何もかもが変わったわけではない。
そう思うとそれはそれで、胸に安らぎが満ちてくる。
(やっぱりオレはマミ姉には勝てないのかなー―)
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