第500話、納得がいかない錬金術師

「んみゅ・・・ふああぁ・・・」


意識が覚醒していくのを感じながらゆっくりと目を開ける。

昨日はお昼寝の後も特にやる事が無く、部屋でのんびり過ごす事になった。

なので殆ど寝て過ごしたおかげか、もう疲れらしいものは一切感じない。


ただそれは睡眠時間が多かっただけじゃなく、安心出来たのも理由だと思う。


「・・・もうちょっと、寝てても、良いよね?」


朝になったし意識が覚めたのだから起きるべきだけど、私はそのまま転がっている。

だってもったいないと思って。リュナドさんが私の事抱きかかえて寝てるし。

いつからこの体勢なのか知らないけど凄く落ち着く。


普段は私が抱き着いてる事が多いけど、今日は彼の胸に頭を埋めてる状態だ。

頭を抱え込まれているのがとても心地良くて、思わずにやけた笑いが出る。

これでライナも一緒だったら最高なんだけどなぁ。前に一回提案したら断られたけど。


『セレス、ハニトラさんはもう手遅れとしても、他の女性にそういう事簡単に言っちゃ駄目よ』


何て注意されてしまったので、ライナとリュナドさんに挟まれる事は一生無いんだろう。

でも私誰彼構わず誘うつもりなんて無いし、安心出来る人じゃないと寝られないのに。

一応その事も伝えたけど、少し困ったような表情で『遠慮しておくわ』と言われた。


何が駄目なんだろうね。一緒に気持ち良く寝るのって良いと思うんだけどな。

でもハニトラさんは良いらしいから良かった。また今度誘おう。

人魚も彼女と同じでリュナドさんの事が好きだから良いよね。本人の希望だったし。


そういえば一緒に寝てると思うけど、ハニトラさんは良い匂いをしている事が多い。

甘い匂いというか、優しそうな匂いというか、そんな彼女の傍も結構落ち着く。

リュナドさん好きな同士なのも有るけど、最近は前よりもっと仲良くなれた気がする。


「・・・ん」


ぽやっとしつつ色々な事を思い出していると、リュナドさんが動き出したのを感じた。

ただ頭を更にきゅっと抱えられ、起きたのか寝相なのかどっちか解らない。

私はどっちでも良いけど。この状態幸せだし。にへへ。


なんて思っていると、彼の片手が少し離れるのを感じた。

けど離れた手は私の髪を撫で始め、その優しい手に頭がぼーっとする。

起きたばっかりなのに寝そう。あれ、寝ちゃダメだっけ? 別に良いよね?


うん、良いと思う。二度寝しよう。このまま目を瞑ればきっと気持ち良い。


『リュナドリュナド、セレス起きてるわよ?』


ただそんな声が聞こえた瞬間、彼はビクッと震えて手を離した。

その動きに二度寝になりかけていた私も驚いて目を見開く。

するとニヤーッとした笑みの人魚が、リュナドさんの背後から私達を見下ろしていた。


「なっ、おまっ、何で」

『何でも何も、昨日も一緒に寝たじゃないの』

「―――――ああくそ、寝ぼけてた・・・!」


彼の行動は寝ぼけていたせいらしく、ガバっと起きると顔を手で覆ってしまった。

でも別に恥ずかしがる様な事は何もなかったような気がするんだけど・・・。


『フフッ、可愛かったわよ? どっちもね』


人魚はそんな事を言いながらベッドから降りて、というか浮き上がって行った。

やっぱり尾ひれを足にして歩くより浮いてる方が楽なのかな。

そこで精霊達もモゾモゾと動き出し、寝ている子達をペチペチ叩いて起こし始めた。


『おはよう、二人とも。フフッ』

「ん、おはよう」


人魚は何故か朝からご機嫌だ。今日も体温を感じて寝れたのが嬉しかったのかな?

昨日そんな事言ってたし、多分そうなんじゃないかな。それに好きな人の傍だし。


「・・・おはよう」

『『『『『キャー!』』』』』


リュナドさんはまだ眠いのか、それともびっくりしたせいなのか、ちょっと元気がない。

逆に精霊達は元気いっぱいだね。基本的に何時も元気いっぱいな気もするけど。

頭の上の子は既に私によじ登って定位置だ。本当にそこ好きだね君。


「・・・とりあえず朝食頼んで来る」

『『『『『キャー♪』』』』』

『ぷふっ・・・いってらっしゃい。ぷくく・・・!』


リュナドさんは元気が無さそうなまま立ち上がり、ゆらゆらと部屋を出て行く。

心配になって止めようと思ったけど、人魚が笑いながら見送った事で口を出し損ねた。


『あー、可愛い。ホント貴女達はちぐはぐねぇ。可愛らしくて大好きだわ』

「へ? 私?」

『ええ。力を持つ人間って、もっと可愛くない人間が多いんだけどね、大体は』

「そう、かな?」


彼女に言われて今まで出会った人達を思い浮かべ、結構皆可愛いよねと思ってしまう。

メイラはもとよりパックも可愛いし、アスバちゃんなんて見た目は凄く可愛い。

フルヴァドさんは・・・可愛いより綺麗? でも所々可愛いと思う時がある。


後は竜の弟子も可愛い女の子だし、強くて可愛い子って結構多い様な。


「私の弟子達や友達も可愛いよ? 私や竜より強い友達も居るし」

『・・・待って。それ本当?』

「うん。可愛いよ」

『いや、そっちじゃなくて・・・でもセレスが嘘吐く意味は無いか。凄いわね。世界は広いわ』


そっちじゃないって事は、私と竜より強いって事の方だったのかな。

けど信じてくれたみたいだから改めて説明しなくても良いか。


「帰ったら弟子に会わせてあげるね。優しくて良い子だから気に入ると思うよ」

『ええ、楽しみにしているわ。セレスが可愛いって言うぐらいなんだから、きっととても可愛い子達なんでしょうね』

「うん、すごく可愛いよ」

『そう・・ふふっ、本当に楽しみ』


弟子達の事を想うと胸が暖かくて、あの子達の事はとても可愛いと思っている。

その想いを込めて応えると、人魚はとても優しい笑みで返してくれた。

うん、彼女ならきっと弟子達とも仲良くしてくれると思う。


『キャー・・・』

『なによ、なんか文句ある訳?』


ただ山精霊とはちょっと相性悪いのが残念だけど。

でもこれは最初に精霊達が怒らせたのが原因だからなぁ。

その後リュナドさんが戻って来るまで、暫くとりとめのない雑談をして過ごした。


『・・・幸せね。こんな時間がまた来るなんて、思ってなかったわ。ありがとう』


ただその途中で人魚がそんな事を言い出し、けれどそれは私が受ける言葉じゃない。


「助けたのはリュナドさんだよ。お礼は彼に言ってあげて」

『勿論よ。けど貴女も私を助けてくれたの。私はそう思うわ』

「そんな事ないと思うんだけど・・・むしろ竜の方が頑張ってたよ?」


あの石を壊したのは竜で、そして中から人魚を守ったのはリュナドさんだ。

私はあの時何も出来なかったし、だからこそ仕事で役に立たねばと強く思った。


『そうね、そうかもしれない。けど良いのよ。貴女が居るから、リュナドが居たんだもの』

「それは・・・そう、かな?」


確かにリュナドさんが付いて来てくれたのは、私が仕事を受けると言ったからだ。

そういう意味では私が居たからなのかな。でもなんか違う気がするなぁ。


『ええ、そうよ。だからありがとう』

「何だか納得いかないけど・・・どういたしまして」

『ふふっ、頑固ね』

「頑固、なのかなぁ・・・」


うーんと首を捻る私を見る人魚は、ずっと笑って楽しそうだった。


ー------------------------------------------


完全に寝ぼけてた畜生。人魚の奴が後ろに居る事忘れてた。

つーかアイツの事を忘れようと思ってセレスの方に向いてたんだったか。

何時もの様にセレスがくっついて来たからそのままにして・・・気が付いたらあの体勢だった。


「あー・・・セレス起きてたのか・・・起きてたんだよなぁ・・・」

『キャー』


いや、距離感が完全に狂ってるセレスの事だ。特に気にしてないに違いない。

うん大丈夫大丈夫。きっと大丈夫。俺が何時も通りならセレスもそう振舞うはずだ。

たとえ俺がアイツの頭を撫でようとも、そこまで深い事を考えてるはずは――――。


「本気でそんな能天気な奴が男に子供産んでも良いって言い出す訳ねえんだよなぁ・・・」

『キャー?』


アイツは俺の好意は理解していて、けれどそれでも友人である事を望んでいる。

最近は二人きりだとポケっとしてるから勘違いしそうになるけど、本来のセレスは聡い。

敵も味方も手のひらで転がす様な奴だ。俺がどんな気持ちだったかなんて解ってるはずだ。


「ああくそ、はっずい」

『キャー!』


昨日王女とあんな話をしたせいだ。そのせいで変に意識しちまったせいだ。

ああクソ、すげー良い気分だったから余計に今の気分がぐっちゃぐちゃになる。

人魚の厭らしい笑みはそんな俺の心情を理解してだろうな。むかつく。


あとお前はさっきから相槌打ってるのか揶揄ってるのか何なんだ。何も解んねえぞ。


「あ、精霊公様、おはようございます」

『『『『『キャー!』』』』』


そんな風に思いながら歩いていると、その王女が歩いて来るのが見えた。

昨日ついて行った精霊達も一緒だ。俺と一緒に居た精霊達と合流してハイタッチしてる。


「出たな諸悪の根源」

「ふえっ!? な、何でですか!? 私また何かしでかしましたか!?」

「・・・いや、申し訳ない。今のは完全に八つ当たりだ、王女殿下」

「へ? は、はい、そう、ですか?」


何を言われているのか解らないという様子の彼女に謝り、謝っても彼女は混乱している。

とはいえ詳しく説明するのも何か嫌なので、誤魔化す為に朝食の事を話した。

すると彼女はその誘いに来たと告げ、ならばと一度部屋へと戻る。


「・・・あ、王女か」


セレスは完全装備状態で迎え、けれど相手が王女と解ると仮面を外した。

もうセレスにとっては顔を隠さずに話せる相手になったって事なんだろうなぁ。


「セレス様、昨夜はゆっくりお休みになれましたか?」

「うん、昨日の夜はリュナドさんと気持ち良く寝れたよ」

「そ、そうですか・・・」


何でセレスさんはそういう言い回しをするんですかね。何時もの事ですけども。

関係があるよ、という表明をしているんだろうけどさ。実際は何もないが。

王女は何て言えば良いのか困ってるし、必要あるのか疑わしいけど。


いや、違うか。昨日の事があるから余計にか。自分は大丈夫だと言ってるんだ。

俺との関係が本当は無くとも、ちゃんとあるから気にするなと。

何処までも甘いというか優しいというか、本当にお気に入りなんだな。


その後は王女から昨日の顛末を軽く聞きながら朝食を済ませる。

とりあえずセレスを捕えて竜を手に入れようとした連中は犯罪者となったらしい。

ただ計画にそれぞれの家がどこまで把握していたのか、という点で少し揉めたそうだ。


アレは奴らの勝手な暴走だ。家の総意ではない。という事で切り捨てにかかった。

実際は怪しい物だし、その辺りの裏も取ろうと思えば取れるだろう。

だが現状この国は人手が居る。労働力だけでなく人を取りまとめる人間の数もだ。


なら下手に潰してしまうよりも、王家への貸しという形にしておく方が良いと判断を下す。

まあ決めたのは王女殿下ではなく国王陛下殿らしいが。

とはいえこれで戦争派閥の連中が削れたので、今後の問題が少し減ったと言える。


「じゃあ、ちょっと様子を見に行こうか」


朝食後は一度水の様子を見ておきたいとセレスが言い出し、当然誰も異は唱えない。

なので荷車で飛んで昨日の工事の場所へと向かい、辿り着いた先の景色に驚いた。

もうだいぶ水が溜まっているし、何より水が凄まじく綺麗で。


貴重な水源なのは確かだが、この景色を観光地に出来るのではないかと思う程に。


「・・・え、何、で?」


ただ水場に辿り着いたセレスの第一声は、凄まじく困惑した声だった。

え、まって、まだ何か問題起きるの?

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