第464話、やりたくない事で揉める状況を見つめる錬金術師

突然精霊達が『僕達が緑生やすー?』なんて言い出すから焦ってしまった。

我ながら自分らしくないと思う程大声が出て、精霊達は怒られたと思ったみたい。

震えあがる精霊達を見て慌てて言葉が上手く纏まらず、けれど兎に角誤解だけは解いた。


約束と告げた精霊達は素直に頷いてくれたけど、本当に解ってくれてるのかな。

そんな疑問を持ちつつお詫びも込めて精霊達を撫でていると、王女がポソリと呟いた。


「それは、やっぱり、そういう事、なんですね」


何がそういう事なのだろうと、良く解らず顔を上げて王女を見る。

すると何だかやけに真剣な表情で、精霊達が緑を蘇らせるのかと聞いて来た。

出来るか否かで言えば出来る。なのでそう素直に答えた。やらせる気は無いけど。


・・・あの時の事を想い出して、ちょっと泣きそうになった。


すると何故やらないのか、何が問題なのかと聞かれ、その理由も若干涙声で答えた。

この土地が何の問題も無い土地なら、精霊達が消耗せずに済むのかもしれない。

けど消耗する可能性が有る以上、私は精霊達にやらせる気は無いという気持ちも込めて。


というかこの話してると、じわじわ当時の事思い出して来るから辛い。

ううん、何かが思い出せないのが一番辛い。せめて覚えていたかったな。


「それは・・・私の命を代わりに使う事は、出来ますか」


――――――一瞬、何を言っているのか解らなかった。そのせいで思わず固まってしまった。


「何言ってんのか解ってんのか、お前・・・!」


だからリュナドさんがビックリするぐらい怒っている事にも、上手く反応出来なかった。

彼は王女にツカツカと近づくと胸ぐらを掴み、心底怒りを込めた表情で唸る様な声だ。

ただそれに王女の侍女が動き、ナイフを引き抜いてリュナドさんに付きつけ―――――。


「ぐっ!?」

「っ!?」


反射的に蹴り飛ばした。侍女さんは幌に当たって床に落ち、王女は驚きで固まっている。


「―――――」


しまった。完全に無意識で体が動いた。多分今のは私が悪い気がする。

だって先に向かって行ったのリュナドさんだし、彼女当てる気は無かったし。

あれは動き的に、リュナドさんの手前で止めるつもりだったんじゃないかな。


何故怒ったのか解らないけど、怒ったリュナドさんを止める為だったんだと思う。

なのに私が蹴り飛ばしてしまったせいで、王女は思い切り見開いて驚いていた。

侍女さんは腹部を抑えながらも立ち上がり、ナイフを構えて私を睨んでいる。


怒られてる、よね。いや当たり前だ。悪くないのに蹴られたら怒るよね。

あ、謝らなきゃ。は、はやく。


「邪魔すんじゃねえ。そこで黙って立ってろ・・・!」

「っ・・・!」


慌てて謝ろうとは思うものの、色んな事が消化できずに声が上手く出せなかった。

それでも頑張って謝ろうとしていると、それよりも先にリュナドさんの声が響く。

も、もしかして、これ、リュナドさんにも怒られてる? ひう、ご、ごめん、なさい・・・!


リュナドさんが余りに怖くて、背筋を伸ばして黙って立つ。プルプル震えるのは我慢できない。


「お前が死ぬのは自由だ。けどな、それにセレスを巻き込むな! てめえが自己満足で死んで、その結果てめえの国の人間はセレスをどう思う! その程度の事も考えられねえのか!!」

「っ、あ、そ、それ、は・・・」


あ、あれ、私に怒ってるんじゃない、の? 私の事心配して、だった、のかな。

相変わらず彼の剣幕は怖いけど、私が怒られていない事が解って少しホッとする。

いやでも、王女が死ぬのも駄目だよ。そもそも私そんな事させる気は無いよ。


出来るか否かだけで考えるなら、出来る可能性がゼロとは言わない。

けど私はやりたくないし、失敗する可能性の方が高いと思う。

そう思って口を出したい思いは有るんだけど、リュナドさんが怖くて口が出せない。


私が情けなくまごまごしていると、リュナドさんが大きな溜息を吐いた。


「大体それで今解決したとして、それこそ問題の先延ばしだろうが。何時まで持つか解らねぇ方法で解決して、その後はどうするつもりだ。戦争で命を失いたくないと言いながら、この先誰かの命を犠牲にする因習でも作る気か。もう少し物を考えてから言葉にしろ」

「―――――申し訳、ございません、でした」


リュナドさんが手を放すと、王女はヘタっと座りながら謝罪を口にした。

でも実際彼の言う通りだと思う。彼女の口にした内容は矛盾している。

命を救いたいのに命を失う方法での解決は、何の解決にもなってないと思う。


「侍女よ、俺もセレスもこれに関して謝罪はけしてしない。責めるなら迂闊な事を言った主か、止められなかった自分を責めろ。相手が相手なら見捨てられているぞ」

「・・・承知しております。申し訳ございませんでした」


侍女さんは痛そうな表情を我慢しながら、ナイフを収めて膝を突いた。

でもやっぱり堪えきれず、一瞬眉をひそめていたけど、

多分骨は折れていないと思うけど、全力で蹴ったから結構痛い筈だ。


だから謝りたいのだけど、何故かリュナドさんに謝らないと言われてしまった。

ど、どうしたら、良いんだろう。私が悪かったと、思ったん、だけどな。

彼の言う通り王女を止められなかった方が悪いのかな・・・うう、解らない。


い、いやでも、治療ぐらいはしないと。と、とりあえず、打ち身用の薬でも・・・!


「っ、錬金術師様! 悪いのは私です! 彼女は私を守ろうとしただけです! どうか、どうか彼女の事をお許しください!!」

「・・・!?」


そう思い懐に手を入れ薬を握りながら侍女さんに近付くと、王女様が必死に謝って来た。

まさかそんな事になるとは思わず、びっくりして固まってしまう。


「罰せられるのであれば、どうか馬鹿な事を言った私に、どうか・・・!」

「ひ、姫様」


あ、あれ、な、何で罰とか、そんな話に? 

いや、えっと、私はむしろ、悪い事しちゃったなって、思ってるん、だけど。

取り敢えず早めに薬を塗って、お仕事再開した方が、良いんじゃなかなって・・・。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


やらかした! やらかした! やらかした!!

何で私はこうなの! 何で何も出来ないの! 何でこう無力な馬鹿なの!!


国を、民を、皆を救えるなら、この命を上手く使えるなら。

それで何とかなるなら、それも手段の一つだと本気で思っていた。

けどそれが悪手だなんて、冷静に考えればすぐに解る事のはずだ


王女が王の言う事も聞かずに呼んだ錬金術師が、王女の命を使って緑を蘇らせる?

たとえ上手く行ったとしても、それで素直に感謝する訳がない。

どう考えても火種になる。世間からの風評も酷いどころの話じゃなくなる。


精霊公が怒って当然だ。戦争を仕掛けたいのかと怒って当然だ。

そんな私の馬鹿のせいで、侍女が怪我をしてしまった。

あの蹴りは素人目に見てもおかしい。気が付いたら蹴られていた。


あんな蹴り、防具も付けてないのにもらっては無事なはずがない。

せめて治療の時間を貰える様に、必死に謝って――――――。


「っ!!」


侍女の治療を考えていたら、錬金術師が懐に手を入れながら彼女に近付いていた。

嫌な汗が溢れる。さっき精霊公が言っていた事が、頭の中で繰り返される。

責めるなら私か、私を止められなかった彼女を責めろと。それは、つまり――――。


「っ、錬金術師様! 悪いのは私です! 彼女は私を守ろうとしただけです! どうか、どうか彼女の事をお許しください!!」


慌てて彼女の前で跪き、必死に侍女の命を見逃して欲しいと嘆願をする。

何か罰を求めるというのであれば、せめて私自身して欲しいと。

勿論王女に物理的に手を出せば問題がある。だから彼女が短気を起こす事は無いだろう。


けど侍女に下手な罰を与えるよりも、王女を上手く使う方が利があるはず。

いや、今の私にそこまでの価値は無いかもしれない。

けれど錬金術師であれば、私を上手く使う術を考えているかもしれない。


一縷の望みにかけて必死に縋り、微動だにしない彼女へ必死に願い続ける。

その間精霊公は一切口を挟まず、ただ彼女の同行を見守っていた。


「・・・これ」

「っ・・・!」


彼女の懐から手が引き抜かれ、一瞬ビクッと身構えた。

けれどそこにあったのは小さなツボで、コトリと床に置かれる。


「え・・・これ、は?」

「・・・打ち身に、効く」

「―――――あ、ありがとうございます!!」


一瞬何を言われているのか解らず、けれど理解して慌てて頭を下げる。

良かった。何とか許して貰えた。いや、許した訳では無いかもしれない。

けどそれでも、何とか首の皮一枚繋がったのは間違い無い。


「セレス、まだ彼女に付き合う気はあるのか?」

「・・・ん、私は、ある、けど」

「そうか。セレスがそう言うなら、俺から言う事は何も無い」


ヒヤリとしたけれど、精霊公も納得してくれた。本当に、本当に良かった。

心臓が煩いのを気にしないふりをしつつ、もう一度礼を言う。


「・・・やらかしたかな」


チラッと精霊公を見ながら呟く彼女の言葉に、ウッと呻きながら薬を受け取った。

本当にやらかしてしまった・・・あれ、今のってもしかして、助けてくれた?

・・・精霊公の怒りを逸らす為、行動にしてくれた、のかな・・・彼女は。


「・・・本当に、ありがとう、ございます」


さっきの声は小さすぎて、精霊公には聞こえていなかった様だ。

つまり私への忠告で、次は気を付けろという事だろう。多分そうだ。

やはり彼女は噂の様な人ではない。怖いけれど、怖くない人だと、思った。

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