第463話、新たな問題に気が付いた錬金術師
荷車で空を飛び、先ずはこの国全体の状況を見てみようと思った。
王女に貰った国の地図を見ながら、荷車を高速で飛ばしまわる。
ただ街に近付くと魔獣と間違われかねないから、街には余り近付かない様にして。
「一旦ざっくり回るだけなら、街には近づき過ぎない方が良いな。まだ俺達の事が周知されていないだろうから、弓でも射られかねない」
とリュナドさんが事前に注意してくれたからだけど。
それが無かったら、多分私は普通に近付いていたと思う。
最近は無いから忘れてたけど、最初の頃は弓を構えられた事も有ったね。
「・・・どこも、砂漠だね」
国全部を回ればどこかしら緑の在る場所が有るかと思ったけど、どこもかしこも砂漠だった。
この辺りの気候は常に暑いらしく、寒い時期に高地に雪が積もる様な事も無いらしい。
そもそもそこまで高地が無い。どう考えても水が溜まる環境に無い。
在るとすれば夜に温度が下がり、寒暖差で多少の水気を纏う様になる事ぐらいだろうか。
体に伝う水滴で水分を賄える生物も居ない訳じゃないけど、人間にそんな事は不可能だ。
そして飲み水すら怪しい環境下では、作物に水を回す事は出来ないだろう。
「・・・ここは、近付いて良い、よね」
「おそらくは問題無いかと。捨てられた街ですので。ならず者が居る可能性が無いとは言えませんが・・・拠点にするには少々厳しいでしょう」
地図にバツが描かれた街を見つめながら、その街の上空を通る。
砂嵐にでもあったのか、残っている家屋は砂だらけでボロボロ。
この街が捨てられた理由は、単純明快に水が出なくなったからだ。
同じ様に捨てられた街が幾つもあり、そのどれもが水が枯渇した事が理由。
それまでは何処の街でも潤沢に水が溢れており、むしろ水に困った事など無かったとの事。
木々は伐採しなければ困る程に生え、周囲の国の中でもかなり資源豊富な国だったらしい。
「・・・この辺りにも、水が多かったの?」
「はい、少なくとも私が小さい頃は、まだこの辺りも問題はなかったかと」
地図を片手に眼下を見下ろし、王女に当時の状況の確認を取る。
その度に、明らかにこの国が異常だとしか判断できなくなる。
今確認した場所は国のほぼ中央で、明らかに平地で何も無い場所だ。
雨が多く降る地域なら、平地であろうと何にも問題はない。
けれど雨の降らない地域で水が豊富にあるには、何処からか水が流れる必要がある。
近くに高地も無ければ、寒い時期があって雪が降る訳でもなく、常にこの暑さと雨の無さ。
王女の小さい頃の記憶だけなら勘違いもあるかも知れない。けれど。
「雨に関しては、父や兄も同じ事を言うと思います。私が子供の頃、初めてパラパラと降り出した雨を見て、父にこれは何かと尋ねた事が有るんです。すると父は年に数度あるかどうかという『雨』というものだよと、そう教えられました。この国では珍しい日なのだと」
つまり最低でも、国王が幼少期の頃からこの国はこの天候という事だ。
更に急激な環境の変化だったせいか、砂漠に生息していそうな生物が少ない。
ただこれも単純に環境変化のせいなのか、別の力が働いているのは解らないけれど。
とはいえまだ結論を出すに早いし、調べてない事も多いから何とも言い難い。
そうやってグルグルと国内を飛び回り、国中をざっくりと確認していく。
ただそこで、ふと気になった事があった。
「・・・これは、もしかして」
「何か解ったのですか!?」
「――――っ」
小さな呟きを拾った王女が、大声で訊ねて来た。
思わずビクッと跳ね、反射的に王女に構えを取ってしまう。
び、びっくりした。真後ろで大声とか驚く。考え事してたから余計にだ。
そんな私の行動に警戒したのか、王女の侍女さんが構えを取った。
元からずっと動けるように構えてた人だったけど、明らかに警戒をした構え。
私の反応が過剰過ぎたからだろうかと思っていると、王女が先に動く。
「す、すみ、すみません、あ、あの・・・わ、わたし、何か・・・!?」
王女は驚かせた事の罪悪感のせいか、泣きそうな表情で謝って来た。
ただ何故私が驚いているのか解らず、けれど私も驚いているせいで応えられない。
取り敢えず落ち着こうと大きく息を吐いて、それからゆっくりと体の力を抜く。
それで、ええと、そうだ。驚くから、静かに話してくれるように、言おう。
「・・・大きな、声は、止めて、ほしい」
「す、すみません。き、気を付けます・・・」
元はと言えば私が怖がりなのも悪い、と思いながらお願いをしてみる。
すると彼女はしょんぼりした表情で、次から気を付けると言ってくれた。
ただその悲しげな顔に、逆に私が悪い気もしてしまった。
「そ、その、それであの、一体何が解ったのでしょうか・・・」
何がって、何が・・・あ、そ、そうだ、驚いて思考がどっかに飛んで行ってた。
ええと、何考えてたんだっけ、えっと、地図見て、外見て・・・あ、そうだ。
「・・・この砂漠、国外にも、広がってる、よね」
これ対策が必要なの、この国だけの話じゃない。
近い内に周辺国も、ここと同じ様に砂漠になるんじゃないかな。
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「・・・この砂漠、国外にも、広がってる、よね」
セレスのその発言の意図に一瞬思考を必要として、けれどすぐに意味を理解した。
この砂漠化はこの国だけの問題ではなく、近い内この周辺全ての国が抱える問題になる。
それが協力の方向に行けば良いが、そうでなければ泥沼の戦争になりかねないと。
「国外にって・・・え、じゃあ・・・周辺国も、この国と同じ様に焦っている?」
「その可能性は有るだろうな。そう見えない様にしているだけで。勿論そんな危機感を抱いていない国も有るだろうが、気が付いている人間は気が付いているんじゃないか」
つまりそれは、起死回生を狙った戦争すら、ただの徒労になりかねないという事実。
いや、今ならば成果は有るだろう。けれどそのうちまた同じ事になる。
勝ち取った土地が干上がってしまえば、また別の土地を奪わなければならないのだから。
負ければ当然苦しい。しかし勝っても別の苦しみを味わい続ける。
この国はどう足掻いても命を流し続けるしかない、という状況な様だ。
「な、なら尚の事、争っている場合ではないじゃないですか。他国と協力して現状を打開しなければ、結局問題を先送りにしているだけです。何時か周りの国だって手遅れに・・・!」
「だがそれを周辺国に打診したとして、協力してくれるとは思えない。この国は既に終わっている国だ。この国にもし手を貸すとすれば、砂漠に緑を蘇らせた後しか利点がない」
「そんな・・・!」
王女は悲し気な顔を見せるが、これはどうしたって仕方の無い事だ。
この国が終わりかけている事は、流石に周辺国もしっかり理解しているはずだ。
その原因となる砂漠化が自国で始まっているとして、ならば余計に手を貸す理由がない。
何故なら自国の回復よりも、この国への援助の負担の方が大きくなるのが目に見えている。
砂漠を押しとどめる手段があるというのであれば兎も角、何も無いのでは交渉の余地も無い。
国家間の協力に利が発生しないとなると、敵にならずとも味方にはなれないのが常だ。
『『『『『キャー?』』』』』
「だめっ!!」
『『『『『キャ、キャー・・・』』』』』
ただそこで精霊達がセレスに声をかけ、すると珍しく大声で拒否を口にした。
怒りが滲むかのようなその声音に、精霊達が震えあがって涙目になっている。
ただそんな精霊達の様子に思う所が在ったのか、彼女はすっとしゃがみ込んだ。
「・・・ごめん。怒ってない。けど、それは無し。解った?」
『『『『『キャー』』』』』
「・・・ん、約束」
『『『『『キャー♪』』』』』
セレスに撫でられた精霊達は、現金な程にご機嫌に鳴き声を上げる。約束に頷きながら。
何となくだが、精霊達が何を言ったのか解った。あの岩を作ろうとしていたんじゃないか。
あの砂漠で呪いを吹き飛ばし、緑を蘇らせた不思議な岩を。
けれどそれは犠牲が必要な手段で、セレスには絶対に取りたくない方法だろう。
まだそんなに前の事ではないし、良く覚えている。彼女がぐちゃぐちゃに泣いた日の事は。
きっと精霊達の提案こそが一番簡単な解決法なんだろうが、解っていても俺も同意は出来ない。
俺にとってもこいつらは仲間で相棒だ。こいつらが死ぬような事はさせたくない。
『キャー?』
「セレスが駄目って言ったんだ。止めとけ」
『キャー・・・』
ポケットの相棒が『リュナドも駄目だと思う?』と聞いてきたが、当然答えは決まっている。
セレスが危惧しているのは、彼女が「やれ」と言えばやってしまうという事だ。
その際に無理はしない様にと言ったとして、こいつらが何処までその通りにするか解らない。
セレスに喜んで貰う為に命を削る事を厭わない奴らだ。下手な事はさせられないだろう。
少なくとも、一度命を削った結果の在る事は、させる訳にはいかない。
「それは、やっぱり、そういう事、なんですね」
ただ、ここには切羽詰まった人間が一人いた。この国を救いたい王女が。
そんな人間が今の会話を聞けば、どういう事かぐらい想像がつくだろう。
「精霊様に、緑を蘇らせる解決法が有るという事、ですよね」
彼女はセレスに咎められる覚悟の目で、震えながら問いかける。
「・・・有るよ」
ただ返答したセレスの声音は、余りにも低く掠れ、不機嫌だとハッキリ示していた。
発言に対しては肯定しているが、その行動を肯定する気は無い。そう言わんばかりに。
王女はそれを理解してびくりと震え、けれど彼女は引かなかった。
「何が、問題なのでしょう。何故出来ないのでしょうか。どうかお教え願えませんか」
「・・・代償に、精霊達が、死ぬ」
「っ、それ、は・・・」
ただ答えが想定範囲外だったのか、王女は狼狽える様に口を噤んだ。
セレスは相変わらず不機嫌この上ない。唸り声を上げ始めている。
それでも王女は何を思ったのか、意を決した表情を見せて口を開く。
「それは・・・私の命を代わりに使う事は、出来ますか」
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