第453話、無理な事を頼まれる錬金術師

「・・・何か言えない理由があるのであれば、私としては協力は出来ない」

「っ!」


リュナドさんが静かに告げると、王女は息を呑んでゆっくりと俯いた。

けれど私にはなぜ彼が問い直したのか、王女様が答えないのかも解らない。

だって彼女は王女で、国が砂漠化してて、それを止めたいだけなんじゃ?


「・・・王女様、だし、国の為じゃ、ないの?」


ただそれだけの事ではと思い、けれど自分の駄目さに不安があり恐る恐る訊ねる。

すると王女はガバッと顔を上げ、見開いた眼で私を見つめて来た。

その様子が何だか怖くて、思わず後ろに仰け反ってしまう。


「戦争を、止める為に、お力をお貸し下さい・・・!」


・・・戦争を止めて、欲しい・・・戦争? え、何で、そんな話に?

あれ、私何か、話し聞き飛ばしてたかな。今回はちゃんと聞いてたと思うんだけど。

戦争の話なんか一切して無かったよね。砂漠に関しての話しかしてなかったはず。


訳が分からずに固まっていると、リュナドさんが怪訝な表情で私を見つめる。

でも見つめられても困る。私も大分困惑してるし、訳が解らない。

その想いを籠めて見つめ返すと、彼はため息を吐きながら口を開いた。


「もう少し、詳しく教えて頂きたい。事情の解らない私にも解る様に」

「あっ、も、申し訳ありません・・・!」


リュナドさんの言葉に彼女は慌てて謝り、けれど落ち着こうと深呼吸をする。

深く深く息を吐いた後、少し息を吸って彼女は背筋を伸ばした。

すると先程までとは別人の様な、凛とした佇まいを見せる女性が現れた。


「これから話す事は国の恥・・・いいえ、違いますね。きっと誰もが生きる為に足掻こうとしているだけで、何が悪い訳でもないのです。いえ、自分達に能力が無かったと言えば、それだけの事なのでしょう。自分たちの不甲斐なさを話す恥を、お聞き下さい」


彼女はそう静かに告げた後、ゆっくりと事情を語り始めた。

砂漠化が進み始めた頃に彼女の父親、つまり王は対策を講じた。

今はまだ良いかもしれない。だがこの現象を防がねば国が危ないと判断して。


そうして王が行った対策は、残念な事にどれもこれもが失敗に終わり、ただ金だけを使った。

勿論彼女はそれを悪いとは思わない。事実王の言った事が現実となっているのだから。

けれど王は成果を上げられず、結果が共わなかった事で民心は離れ始めた。


元々の統治に関しては悪くない国だったので、暴動の様な事はまだ起こっていない。

けれど確実に、間違い無く、民は現王の統治に疑問を持ち始めてしまった。

それでも何とか王は国を繋ぎ、民を守り、生き繋いできた。


「けれど、限界だったのでしょう。豊かだった国が段々とやせ細り、苦しむ民達の我慢は限界に達した。近年とうとう、王が退く事を望む声が上がり始めたのです」

「・・・だが、、王が退いた所で、緑が戻る訳では無いだろう」


私が思ったのと同じ事を、リュナドさんが口にしてくれた。

そうだよね。王様が失敗したからって言っても、退いた所でどうにもならないよね。

すると王女は苦そうな表情でゆっくりと頷き、肯定の意を示して来た。


「はい。その通りです。ですが父の失敗を理由に、兄が王位を継ぐと言い始めたのです。更に戻らない緑の復活よりも、確実な成果を出す事で周囲と父に認めさせようと」

「成果・・・まさか」

「おそらくは、そのまさかです」


え、何、何で二人とも通じ合ってるの。私何も解ってないんだけど。

目だけで二人の顔に視線を往復させていると、リュナドさんが深い溜息を吐いた。

わ、解らなかった事を、呆れられちゃった、のかな。


「他国への侵略と略奪。自国の領地が死にかけているなら、それが一番手っ取り早い、か」

「はい。我が国の領土は砂漠化していますが、周囲の国は緑豊か。であれば奪えば良い。そういった意見が昔から無かった訳では無いのですが、近年大きくなりました」

「そして王子はその勢いに乗り、戦争を仕掛けようという事か」

「はい。奪えば豊かになれる。そう本気で思っている者も、おりますので」


侵略。豊かな国へ向けての戦争。そういう判断もあるのか。

でも王女様はその戦争と止めたい、って事なんだよね、多分。

いやまって。私にそんな事頼まれても困る。私に何をどうしろと。


「だが戦争となれば、勝てるとは限らない。それに勝ってもただでは済まない。無知な者達はともかくとして、悪く言いたくはないが、君の兄は少々夢を見過ぎではないか」

「・・・夢など、見ていないのです、兄は」

「どういう事かな?」

「・・・その侵略戦争は兄の独断。負ければ兄の首を差しだし、賛同した臣下の首も差し出して謝罪をする・・・父とはそういう取り決めで、戦争の準備をしているんです」

「そういう、事か」

「はい。元より弱り始めた国家。そんな国が戦争をしても、負ける方が自然です」


どういう事だろう。え、なに、お兄さん、戦争に負ける気で戦争をするの?

もう何言ってるのか全然解んない。そもそも負けると解ってるならやらなきゃ良いのに。

リュナドさんだって勝てば豊かになるのは、ちょっと夢を見過ぎだって言ってる訳だし。

彼女のお兄さん、王子だって解ってるんだよね?


「なので兄が独断での暴走ではなく、父も協力の上で着々と準備を進めております。勿論民達からは兄が立ち上がろうとしていると見える様に。父は兄を止めようとしていると見える様に。国内で分裂が起こり始めている様に、見せかけています」

「・・・臣下にも協力者が?」

「はい。信用できる臣下は、わざと争い合って二分させられています」

「徹底的だな・・・」


二人は解りあった風に話し合ってるけど、私にはもう色々と良く解らない。

それは結局の所、二人共戦争をする気なのでは?

完全に皆戦争する気満々だよねそれ。私に出来る事ある?


「民は兄が居る事で抑えられ、父の身の安全は別れて貰った臣下と兄の意向で守られています。簒奪をするのではなく、正々堂々と成果を上げて王になるのだと」

「暴走する者を出さない対策か」

「はい。何も知らず兄の側に着いた者達も、自分達が悪と判断されたくはないようですので」

「・・・侵略戦争に同意しておいてよく言う」


リュナドさんがギリッと拳を握りながら、気に食わなさそうに呟く。

明らかに怒ったその表情に、私は固まってしまい、王女は慌てた様子を見せる。


「も、もうしわけ、ありません。お恥ずかしい話を、致しました」

「あ、いや、すまない。貴女が悪い訳では無い。気にしないで欲しい。すまなかった」

「いいえ。私は王女です。なれば私にも責任はございます」

「・・・そうか。ならその謝罪は受け取った。だからもう、気にしないで欲しい」

「ありがとうございます」


リュナドさんは優しい笑顔で応え、王女は少し驚きつつも柔らかい笑顔で返した。

彼の機嫌が直った様子に安堵した私は、大きな息を吐いて安堵した。

基本的に優しい人だから、怒った表情が殊更怖かった。


私の為に怒ってくれた時はともかく、そうじゃない時は彼でもやっぱり怖いなぁ。

でもまあ、普段は優しくて私に甘い人だから、逃げ出す程ではないけど。


「錬金術師様も、ご不快な事をお聞かせして、申し訳ありませんでした」

「・・・別に、気にして、ないよ」


不快なんて事は一切無い。ただそれを聞かされてどうすれば良いのだろうとは思ってる。

だって戦争を止めてって言われても、王女様が止めたいのに無理って事でしょ?

私が何を言っても無理だと思うよそれ。そもそも知らない人に説得とか難易度高すぎる。


「そう、ですか・・・私はこの戦争を止めたい。勝っても負けても犠牲が出る。下手をすれば勝った方が犠牲が多い可能性すらある。我が国はそれ程に追い詰められている。けれど私が何を言った所で止まらない。ただ、謝られるだけ、なんです。父にも、兄にも・・・!」


王女様は目に涙をにじませながら、吐き出すようにそう告げた。

辛そうな様子は解る。出来るならどうにかしてあげたい気持ちにもなる。

けれど私には何も出来ないと結論が出ていて、ただただ彼女を見つめるしか出来ない。


「ですが、錬金術師様のお力を貸して頂ければ、戦争を止められるのではないかと・・・!」


・・・え? い、いや無理だよ? 私に止められるはずないよ?


「・・・無理、だよ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「っ・・・!」


断られた。何がいけなかった。何が足りなかった。何故断られたんだ。

彼女は私の話を無視せず、ちゃんと最後まで聞いてくれていた。

それは受ける可能性が有ったという事で、私は何かを間違えたのかもしれない。


何だ、何を間違えたんだ。何を伝えれば良かったんだ。解らない。

伝えるべき事は伝えたはずだ。嘘も一切吐いていない。

彼女の要望通り、真実を全て伝えた。国の恥を全て伝えたはずだ。


「・・・なに、が、何が、足りないの、ですか・・・!」


情けない。何も答えを出す事が出来ず、余りに情けない泣きながらの言葉。

こんな様は一番の悪手だと、口にしてから気が付く程の情けなさ。

断られた時点で席を立っていない事が、まだ話す余地があるという意思表示なのに。


やらかしてしまった。今度こそ完全に失敗した。そう思うと涙が溢れる。

藁にも縋る思いでやって来て、その思いが無駄にならない可能性が有ったのに。

私は自分で駄目にしてしまった。民を救える可能性を自ら潰してしまった。


「・・・貴女は、私に、何をして欲しいの?」


けれどそんな私に、彼女は唸るような声音で問いかけて来た。

泣いている場合かと叱咤された事が解り、顔を上げるも答えは出ない。

だってそんな事、さっき言った通りだ。戦争を止めて欲しい。助けて欲しい。

思わず感情のままに口に出そうになり、けれどぐっと堪えて頭を回す。


彼女は私の願いを断った。そのはずなのに、何をさせたいのかと問い直した。

つまり彼女はまだ、交渉のテーブルに着いたままで居てくれている。

諦めるなと言ってくれているんだ。あんな失態を犯した者相手に。


なら落ち着け。これは温情だ。二度目の温情は無いと思え。

私は彼女に何を望むべきなのか、何を伝えるべきなのか。

勿論最終的には戦争を止めたい。けれどその願いでは彼女は動かない。


「・・・砂漠、見なくて、良いの?」

「―――――っ」


ああ、そうか。そんな単純な答えで良かったのか。私は考え過ぎだった。

そして彼女は最初から、話しを聞く態勢で居てくれたじゃないか。


「父と兄は、私が、説得します。ですので、緑を蘇らる知恵を、授けて頂けませんか・・・!」

「・・・それなら、出来る事もあるかな。現地に行かないと、詳しい事は言えない、けど」

「っ、十分です! ありがとうございます!」


現地に来てくれる。知恵を授けるではなく、自ら協力してくれる。

想定以上の成果だ。まさかそこまでしてくれるなんて欠片も思っていなかった。

喜びと期待を込めて礼を告げると、彼女はすっと精霊公へ目を向けた。


「・・・リュナドさん、ついて来て、くれる、よね?」

「仰せのままに、錬金術師殿」

『『『『『キャー!』』』』』

「・・・ん、精霊達も、ありがとう」


っ、これなら、止められるかもしれない。本当に止められるかもしれない。

ああ、無理をしてよかった。城を抜け出して、諦めなくて、本当に、良かった・・・!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る