第293話、気分良く友達を泊める錬金術師

リュナドさんは何やら家に帰れないらしい。

ハニトラさんがリュナドさんの家にいるからだそうだ。

何でそれが理由で帰れないのか、私にはちょっと良く解らないけど。


だって今まで何度もハニトラさんが訊ねて来てるらしいし、それなら特に問題は無い様な。

私が彼女と出会ったのだって、彼女が彼の家に訊ねてきていた事が理由だったし。


「今晩どうすっかなぁ・・・」


テーブルに突っ伏すリュナドさんの声音は、本気で困っている様に聞こえる。

うーん、ハニトラさんって彼の事が好きな訳だし、嫌がる事はしないと思うんだけどなぁ。

何でこんなに困ってるのか、やっぱり全然解らない。


「べっつに帰れば良いじゃないのよ。今までだって押しかけてきてたんでしょーが」


良く解んないなーと思っていると、アスバちゃんがまさかの私と同意見だった。

と言う事は、私の考えはおかしくない、って事だよね? そうだよね?


「お前なぁ・・・出来るならやってるっつの」

「はっ、あんたがヘタレなだけじゃないの」

「ヘタレっ・・・っていうのは認めるが、だからって駄目だろうが」

「何が駄目なのよ。むしろ今のあんたの中途半端な態度の方がよっぽど駄目なんじゃないの?」

「中途半端な態度取ってないのに諦めてくれないから駄目なんだろうが」


そんな彼女に対し、顔を上げたリュナドさんは半眼で応える。

とはいえアスバちゃんがそれで怯むはずもなく、お互い睨み合いながらの会話が続く。

喧嘩にならないかちょっと不安だけど、私が口を出すと解決しないだろうから黙ってよう。

先ず何で言い合いになってるのか良く解んないし。何が中途半端で駄目なんだろう。


「あのねぇ、中途半端な態度じゃない、って思ってんのアンタだけだからね?」

「どこがだよ。きっぱり断り続けてんだぞ、こっちは」

「断っておきながら、優しい対応見せんじゃないわよ! あの女はあんたのそういう所、きっちり理解して動いてんのよ! 今日だってまさしく突っぱねられずにここに居るじゃないの!」

「うっ・・・!」


アスバちゃんに捲し立てられると、リュナドさんは言葉に詰まってしまった。

ただ優しい態度の何が悪いんだろう。ハニトラさんが優しい彼を理解して近づくのは普通では。

私だって彼が優しく接してくれたから、こうやって仲良くなれたんだし。


「そういう態度だから、あの女だってまだ諦めずにやれる余地が有る、って思うんでしょうが。大体あんた断ってるって言うけど、今現在どう見てもただ逃げてんじゃないのよ」

「反論の余地もないです・・・」


あ、またリュナドさんがテーブルに突っ伏してしまった。

どうやら今回は完全にアスバちゃんが正しい様だ。ただ私は彼女の言葉にも首を傾げている。

だって彼女の言い方だと、まるで優しくしてはいけないって言ってる様に聞こえた。


「リュナドさんは、優しくて、良いと思うよ?」

「アンタねぇ・・・いや、あんたがそう言うならそれで良いのかしらね」


思わず口を出してしまったけど、アスバちゃんは溜息を吐きつつも肯定してくれた。

よかった。また見当違いって叱られるかと思った。

でもそれで良いなら、別にリュナドさんもへこむ必要は無いような?


「ただ実際どーすんのよ。領主館に帰るつもり?」

「うーん・・・それも出来れば嫌なんだよなぁ・・・」

「アレも嫌、コレも嫌、子供じゃないんだからちゃんとしなさいよ!」

「ハイハイ、流石に領主館に帰るよ。嫌だけど。嫌だから愚痴ってるだけだよ。はぁー・・・帰りたいけど帰りたくねー。落ち着く所で眠りてぇー・・・」


リュナドさんはどうやら家には帰らず、領主館に戻るつもりらしい。

けどそれも本当は嫌、って事なのかな。どうやら領主館はとても騒がしいらしい。

彼が落ち着かないという程だから、きっとよっぽどなんだろう。少し可哀想だ。


「それなら、リュナドさん、私の家に泊る?」

『『『『『キャー♪』』』』』


そんなに嫌で帰りたくないなら、私の家に泊り来てはどうだろう。

と彼に提案をしたのに、何故か精霊達がご機嫌に答えた。

後何故かアスバちゃんが目を見開いて驚いている。何でだろう。まあ良いか。


部屋も一部屋二階に空いているし、寝具の類も予備は有る。

誰も使ってないけど誰かが泊まりに来たらと、ベッドも作っておいてあるし。

元々はアスバちゃん用に思って作ったんだけど、彼女は基本私達と一緒に寝るから出番が無い。


ただリュナドさんはテーブルに倒れたまま頭を動かし、私を凝視して固まっている。

もしかして私の家に泊るのも嫌なのかな。でも以前私の家落ち着くって言ってたよね?

だから多分落ち着いて寝れる、と思うんだけど。家精霊の力で疲れも取れると思うよ。


「もしかして、私の家も、嫌?」

「い、いや、そんな事は無いが、ええと・・・」


嫌じゃないらしい。なら良かった。じゃあ何で困った様な顔をしてるんだろう。


「ふあぁ~・・・何でも良いけど、そろそろ寝たいわ。流石に今日は疲れたのよ」

「あ、ごめんねライナ。じゃあ今日は帰るね。いこっか、メイラ」

「はい。今日もごちそうさまでした。美味しかったです」

「んじゃ、私も帰ろうかしらね」

『『『『『キャー♪』』』』』

「え、ちょ、まっ」


どうやら今日の食堂は大変だったらしい。珍しく凄く疲れた様子だ。

長居はいけないと思い立ち上がり、表は夜中なのに人が多いから裏口に向かう。

精霊達も店に残る子と帰る子で、ばいばーいと手を振っている。

リュナドさんは慌てながら立ち上がると、私達の後に付いて来た。


「じゃあライナ、お休み」

「おやすみなさい、ライナさん」

「じゃーねー」

「ええ、おやすみなさい」


別れを告げたら絨毯を広げ、私はメイラの後ろに座る。

アスバちゃんは手をひらひらさせながら帰っちゃった。今日は泊らないらしい。

ただリュナドさんが何時までも座らないので、首を傾げながら見上げる。


「どうしたの、リュナドさん」

「いや、えっと、泊りに来いって、本気なのか?」

「え、うん、勿論」


何でそんな事で嘘をつく必要が有るんだろう。

敵を騙す為なら兎も角、友達相手にそんな事しないよ?

そもそもそんな嘘で何をどうやって騙すのかも解んないし。


「・・・わ、解った。じゃあ、世話になる」

「うん」


リュナドさんの体温を背中に感じ、久々な感覚を覚えながら絨毯を飛ばす。

ああ、良いな。最近一緒に飛んでなかったからか、久々に背中が凄く心地良い。

彼の臭いと体温は私をとても安心させてくれる。この人の傍なら大丈夫だと。


「にへへ・・・」


そんな彼の役に立てるなら、やっぱり嬉しい。ゆっくり寝て貰えると良いな。

なんて考えていると尚の事気分が良くなり、ポカポカした気持ちのまま家に帰りつく。

庭に降りたら家精霊にベッドの用意を頼み、その間は居間でちょっと待って貰った。


「あ、あの、セレスさん。私、先に部屋に戻ってますね」

「え、あ、ごめんね。うん、おやすみ」

「は、はい、おやすみ、なさい」


メイラは慌てた様子でパタパタと二階に上がって行く。そんなに眠かったのかな。

もしかして成長期で眠いのかな。メイラは中々大きくなる様子が無いから良い事だね。


その後少しして家精霊が居りてきて、部屋の準備が終わったらしいので二階に向かう。

彼に今日眠る部屋への案内を終えたら、私はおやすみを告げてメイラの元へ。


「あ、あれ、セレスさん?」

「あれ? メイラ、起きてたんだ」

「え、あ、はい、え?」

「無理せず寝ていいからね。やたら眠い時期って、私もあったから解るし」


ただ私は何時でも一日中寝てられる自信は有る。家精霊に起こされるから無理だけど。

寝間着に着替え、もそもそとベッドに入り込む。

メイラは何故か不思議そうな顔をしてるけど、眠たくて頭が回ってないのかな?


「おやすみ、メイラ」

「お、おやすみ、なさい・・・?」

『『『『『キャー』』』』』


精霊とメイラのおやすみなさいを聞いて、メイラを抱きしめながら眠りに入る。

隣の部屋に彼が居ると思うと、尚の事心地良い気分だ。にへへ・・・。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「じゃあ、リュナドさん、ゆっくり寝てね。おやすみ。ふふっ」

「あ、ああ、おやすみ」


やたら機嫌の良さそうなセレスを見送り、扉が閉まった後改めて部屋を見回す。

そこで冷静になった。少し慌ててた自分が恥ずかしくなるぐらい冷静になった。


「うん、うん、そうだよな。そりゃそうだよな。解ってた。解ってたよ」


アイツがそういう意味で俺を誘う訳が無い。あいつにそんな感情は無い。

そういうのを以前確認したはずなのに、なんで俺は慌てちまったんだ。

つーかアイツが楽しそうだったのっって、慌ててる俺が面白かったからじゃないのか。


「そういやそもそも、他国の王にそういう関係って、嘘ついてたんだよな・・・」


ならこれはポーズだ。相変らず俺達は仲が良いと対外的に見せる為の事。

そう考えるのが妥当な所で、それ以上の考えなんて無いだろう。

後はまあ・・・困ってるなら助けてやろう、ってのも少しは有ったと思いたい。


「実際助かるは助かるけどな・・・ここに突っ込んで来る馬鹿は居ないだろ・・・」


いや、居たとしても精霊が通さない。家の周りには山精霊が大量にいる。

そしてたとえ突破できたとしても、山精霊が自分より強いという家精霊が居る。

確実にセレスには辿り着けない。ここは下手な城塞よりもよっぽど難攻不落だ。


「・・・何か色々馬鹿馬鹿しくなって来た。もう寝よう。つーか俺、絶対女の戦いに巻き込まれてるよな。あいつ煽ったのセレスらしいし。そう考えると俺がヘタレなのも悪いのかもしれないが、煽ったセレスや止めないアスバ達も同罪じゃねえの?」

『『『『『キャー?』』』』』


精霊達に聞くも、良く解らないという風に首を傾げている。

お前等に聞いた俺が馬鹿だったよ。男女の関係なんて考えた事なさそうだもんな。


『『『『『キャー♪』』』』』

「みんな仲良くが良い、ねぇ。まあ、それが理想ではあるけどな・・・」


それが出来れば一番いい。俺だってそう思うさ。

けど仲良くの基準が何処までなのかで、悪い奴と思ってなくても仲良くは出来ない。

俺は彼女には応えられない。彼女の願いは『精霊公』の俺なんだから。


何の因果やら、こんな事にまでなってしまった『ハリボテの俺』を求めている。

こんな物、吹けば飛ぶ。俺の立ち位置はあくまでセレスありきだ。そこは今でも変わってない。

だからきっと、そんな俺を求めた彼女に応える事は、お互いが不幸になる。


彼女の認識と現実に余りに差異が有るし、だからこそ彼女に好意を覚える事はしたくない。

下手に利用されたくないというのは確かだが、不幸になる関係も築きたくはない。

まあそもそも、あの女の事ちょっと怖いし。セレスとは別の意味で怖いんだよ。


そしてこうなった以上、全てを掌握するセレスが俺を望むなら、俺はセレスを拒めない。

現状セレスが表面上だけでも関係が有る、と見せてる時点で俺は従わないと上手く回らない。

っていう考えの元で来た訳だが、揶揄われて終わった感が凄まじいな。

泣きたくなって来た。


「はぁ・・・ねよねよ」

『『『『『キャー♪』』』』』


用意されたベッドに入り込み、精霊もベッドに群がる。

ただしセレスの家だから、どいつも騒がずに静かに寝に入った。

普段は半分ぐらい起きて騒いでるんだが、これは落ち着いて寝れそうだ。

と思って瞬きをした次の瞬間には、閉じた窓の隙間から朝日が差し込んでいた。


「・・・えぇ、めっちゃぐっすり寝た」


夜中に一回も起きる事なく、眠るまでの時間すらなく、そして凄くすっきりしている。


「体が軽い・・・アスバが言っていたが、凄まじく実感が有るな」


疲労感をまるで感じない。瞬きしたら起きたような感覚なのに、しっかり眠った気分だ。


「・・・もしかして、単純に疲れてる俺を見かねての事だったのか?」


最近余りここに寄り付いていなかったが、良く来ていた頃は長居する様なもてなしをされた。

あれは今みたいに長時間家に居させる事で、俺の疲労を抜いていたのかもしれない。

なのに俺が最近全く来ないから、丁度良いと家に泊めたという所だろうか。


「こういう所が、何も言えなくなるんだよなぁ・・・」


押しつけがましくない親切。気遣いだと言う事を、終わってから気づく行動。

むしろ普段は気遣いなどしていない、っていう態度で結果だけ最後に見せる。

気がつかない俺が間抜けなんだ、って言われてる気分だ。


「はぁ・・・顔でも洗いに行くか」


起き上がってベッドから転がる精霊を眺めながら、部屋を出て庭に向かう。

井戸で顔を洗うとふよふよと服とタオルが浮いて近づいて来た。家精霊だろう。

礼を言って顔を拭うと、何時もの板が向けられた。


『朝食は食べます?』

「あー・・・頂いて良いのかな」

『もちろん』


ならありがたく頂こうと、居間に戻って既に用意されていたお茶を貰う。

のんびりと待っていると直ぐに料理が用意され、キャーと山精霊がわらわら寄って来た。

おい、それ俺に用意されたんだけど。我先にと食べるなよ。


何て思っていると、片っ端から家精霊に庭に投げ捨てられ始めた。

ただ山精霊は楽しげなので、あまり効果は無いように感じるが。まあ、頂こう。

と思った所で、家精霊は唐突に投げるのを止め、凄い勢いで二階に上がって行った。


「・・・何かあったのか?」


気になって少々階段を見つめて待っていると、とんとんと足音が耳に入る。

誰かが下りて来る。足音の重さ的に大人、という事はきっとセレスだろう。


「んみゅ・・・どうしたの家精霊、何慌ててるの・・・?」


寝ぼけた様なセレスの声が聞こえたし、間違いは無いだろう。

ただ家精霊が慌てているという言葉に思わずガタッと立ち上がってしまった。

精霊が慌てるような何かが近づいているのか?


「セレス、何かあった――――」

「・・・ふえ?」


詳しく聞こうと階段に近づき、降りてくる途中のセレスと目が合った。

いや、見えたのが顔だけなら良かったんだが、全身が見えてしまった。

何時か一度見た、少々透けた服を着た、セレスの姿が。

しかも下から眺める形になっているから色々ヤバい。


お互い固まって見つめ合い、家精霊は両手で顔の位置を抑える様なしぐさをしている。

まさか慌ててたのって、あいつがこの格好で降りてきてたからか。

いや待て落ち着け。前にセレスはあの格好で俺を出迎えたんだ。ならきっと大丈夫なはず。


そう思っていると、彼女はハッと気がついた様な動きの後、体を抱きしめて身を屈めた。

更に物凄い形相で俺を睨み、ギリッという歯ぎしりすら聞こえる。


「・・・着替え、て、来る」


そして物凄く低く掠れるような不機嫌な声で言うと、さっと二階に上がって行った。

全然大丈夫じゃないじゃん。めっちゃ切れてんじゃん。

前回の何が良くて今回の何が駄目なのかさっぱり解んねぇ・・・!


「・・・なあ、家精霊。俺殺されるのかな」


ギギギと家精霊に顔を向けると、飛びつく様に近づいて来て板に何かを書き出した。


『貴方には絶対そんな事はしません!』


そして突き付けられた板には、何時もと違い荒い字でそう書かれている。

本当かなぁ・・・つーか今回も俺は悪くないよなぁ・・・なんで俺は何時もこうなんだ・・・。

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