第106話、小型の魔獣に目を輝かせる錬金術師。

どうやらリュナドさんは怪我人、死人が出るのが気になるらしい。

なら怪我人が出ない様に立ち回りに気を配ろう。

そう決めて何を使おうかと考えていると、兵士達が大きな雄叫びを上げていた。


「始まるか」


リュナドさんはそれを冷静に見ていたけど、集まった男達も乗る様に雄叫びを上げている。

どちらにも驚いた私は既にリュナドさんの背中に退避中だ。声が大きいのはやっぱり怖い。

頼らない様に気を付けようと思ってたけど、ここが落ち着くせいで反射的に移動していた。

ただ彼の背中で落ち着くと、兵士達の行動に少し疑問が浮かぶ


「・・・あんな、大声出して、野盗達を逃がす気、なのかな」

「半々だな。あんたの言う通り今から攻撃します、って言ってるのと同じだから逃げる奴も居るだろう。だがあの勢いは圧力にもなる。向かって来る連中の士気を削ぐ為でも有るんだ」


流石現役兵士さん。兵士達の行動の意味を良く解っている様だ。

成程あの勢いに呑まれるのか。まさに今の私がそうだから効果はあるのだろう。

兵士達はその雄叫びのまま、野盗達が潜伏しているのであろう地点へ突撃していく。


「そして、逃がすのも目的だろうな・・・特に主力は逃がす気だ」

「・・・主力を、逃がすの?」

「主力とぶつかれば兵士達も損耗は免れない。なら逃がして後は雇った連中に任せるつもりだろう。そういう契約なんだしな。もしこれを約束が違うと反故にすれば違約金って訳だ」


・・・約束が違う、というのが私には良く解らない所だ。

やる事は変わらない。野盗の取り残しを狩るという内容は何も変わらない。

約束が違うという話になるのは、それ以外が相手になった時だけじゃないのだろうか。


「・・・内容を、読まずに引き受けてるの? 彼等は」

「ははっ、そうだな。そう言いたくなるよなぁ。本当に連中は内容を理解していない」


兵士達が突撃する後を、兵士の撤退の邪魔にならない様に離れてついて行く彼ら。

その彼らを見て以前の私の様に内容を見ていないのかと思ったのだけど、本当にそうらしい。

もしかして彼らも、実は人と関わるのが苦手なのに頑張っているんだろうか。

そう思うと少しだけあの集団が怖くなくなった気が―――――駄目だやっぱりちょっと怖い。


「・・・来た」

「ああ、第一陣って所だが・・・さて、どうなるか」


野盗達は山林の影に隠れていた様で、出て来ると弓を放ってきた。

ただその弓は兵士達の盾にあっさりと防がれ、兵士の突進を止める事は叶っていない。


更に兵士側も弓兵は居るので、顔を出した弓持ちの野盗を的確に撃ち抜いて行く。

木の生い茂る山の中であろうと問題なく撃ち抜く様子は、流石訓練された正規兵という感じだ。

その間にも前衛が接近を続け、弓兵に怯んだ野盗達を斬り倒していく。

とても順調に進んでいて、それは兵士達の練度が有っての事ではあるんだろうけど・・・。


「・・・弱い」


野盗の動きがお粗末すぎる。さっきの弓の攻撃もバラバラ過ぎて息が合ってない。

兵士達と剣を合わせている連中も、武器を振った事が有るのかと言いたくなるぐらいだ。

元傭兵という話だったのに、本当に戦闘をした事が有るのか疑問に思う程に弱い。


「ま、連中は下っ端の捨て駒だろうからな。そりゃ弱いだろうさ。本命はもっと奥で罠を張って構えている。勢いに乗った兵士達を出来るだけ嵌められるように、って所か」

「・・・捨て駒・・・そっか」


弱い個体を囮にして、その間に本命は逃げるつもりか。理にはかなっている。

生き延びるならば強い個体が居ないと、その後が結局立ち行かない。

とはいえ逃がす気なんて毛頭ないけど


「野盗共は元傭兵って話だが、実際はこの辺りの野盗共の元締めがそいつらであって、全員が元傭兵って訳じゃないだろう。とはいえ連中も自業自得だ。自ら野盗に身を持ち崩し、人から奪って生活し、良い様に使われてここで死ぬだけだ。同情なんて一切必要無い」

「・・・別に、してないよ。野盗は野盗。何も変わらない」


今斬り殺されている野盗達が捨て駒だろうと、あれは野盗である事には違いない。

ならあれらが死ぬ事に私は何も感じない。害獣を狩るのと同じ事だ。


「・・・それにしても、待ち構えていた野盗達、逃げないね」

「時間稼ぎ、なんだろうな。野盗共が逃げ回る為の。連中は逃げたらどっちみち元締め連中に殺されるんだろうさ。とはいえどちらからも上手く逃げおおせれば別の話だろうが」

「・・・なのに逃げないんだ」

「無理なのが解ってるんだろう。今回の野盗狩りの為に広く兵士が包囲している。ここはその一部でしかない。逃げるには兵士を突破するか、上手く穴を見つけて逃げるしかない。だが今回の兵士達の動きを見るに、本気で潰しにかかっている。戦わずに逃げるのはまず無理だろう」


「ぐっ!」

「がぁっ!?」


ただそこで少しだけ異変が起きる。順調に進軍を続けていた兵士達から呻く様な声が上がった。

野盗共を難なく切り捨てていた兵士達が、何かに吹き飛ばされている。


「魔獣だ! 散開しろ! こいつは固まっていると不利だ!」


兵士の誰かのその叫びによって、兵士達が手際よく散開していく。

それによって視界が晴れ、先頭の兵士が小さな動物に蹴り飛ばされているのが見えた。


「・・・リスの魔獣だ。珍しい・・・!」


あ、あれ欲しい。欲しい・・・!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


野盗狩りの第一段階は全く問題なく進んでいる、と言って良いだろう。

我ら兵士には損耗は殆どなく、野盗共は容易く切り伏せる事が出来ている。

とはいえ連中は捨て駒。こうなって当然の帰結でしかない。


奴らは領主様と我らの予想通り、下っ端共を時間稼ぎの捨て駒にして来た。

ただし単純に時間稼ぎだけではなく、食い破れる位置の見定めの行動でもあると予想している。


「おおおおおおおお!!」


雄たけびを上げ、自身と部下達を奮い立たせ、野盗共を怯えさせて追い立てる。

ここでの戦果など大した手柄にはならないが、この仕事はある意味で大きな価値も有る。

今回の野盗狩りは複数の領地で同時に開始された物だ。


つまり何処の領主も兵もそれぞれ自分達の矜持を試されていると言って良い。

である以上はこんな最初の最初で躓く訳になどいかないし、そんな事になれば他の領地の兵の良い笑いものだ。それはこの領地の兵として、一部隊の隊長として許せない。


「絶対に抜かれるなよ!」


もし野盗共に抜かれる事が有れば、食い破れると思われたのであれば、それは屈辱でしかない。

何せそれは幾つもの領地の中から「この地の兵が食い破り易い」と思われるという事だ。

我らは兵士として特に訓練を積んでいるという自負が有る。

領主様が戦時に将として動く身として、その直属の兵士としての誇りが有る。


「平和ボケしているなどと、何処の連中にも言わせるなぁ!」


傍から見れば滑稽な意地かもしれない。それでも我々は国を守る為に存在する兵隊なのだ。

平和な時期が長く続いていても、いつ戦乱が起きるかなど誰にも解らない。

我らはその為に居る兵士だ。その兵士が傭兵ですらなかった野盗に後れを取るなど許されない。


「ぐっ!」

「がぁっ!?」


だがそこで予想外の事態が起きた。突然こちらの陣形が崩れ始めた。

まさかあんな武器の振り方も解っていない連中に後れを取る愚か者が居たのかと愕然とする。

だが散開しろと叫ぶ兵士の言葉で状況を理解し、少しだけ安堵できた。このタイミングで魔獣が出た事は面倒だが、魔獣に襲われたのならば陣形が崩れたのも致し方ないと思える。


「小型の魔獣か。面倒だな」


魔獣一体ごときに怯む我らではないと胸を張って言える。

だが相手が小型となると、どうにも戦いにくい。

攻撃を当てるにも、数で抑えるにも対象が小さすぎる。


「ぐっ、盾が!」


だというのにその力は中型の魔獣と遜色なく、今も前衛の盾をへこませている。

全く理不尽な生き物だ。あの小柄な体でどうやってあんな怪力が出るのか。

野盗共はこれを好機と思ったのか、逃げ出す連中も出て来た。

とはいえあの方向ならば別の部隊が狩るだろう。今は魔獣をどうにかするのが先だ。


「落ち着け! 相手は魔獣とはいえ一体だ! 慌てずに処理―――――」


それは、風が舞った、という表現が似合う光景だった。

魔獣の攻撃を防いだ兵士が攻撃に移り、それを躱した魔獣を狙う様に斬撃が走る。

それが飛んで来た方向からして、雇われた連中の一人なのは確かなのだろう。

だがその動きは人に成せると思える様な速度ではなく、光が走ったのかとすら思った。


「――――な」


後には不気味な仮面をつけたフード姿の女が、血を流す小型の魔獣を手に持って立っていた。

まるで時間が止まったかのように、誰もがその女を凝視して動けない。

人非ざると感じる力とその不気味な在り様に、そんな場合ではないと解っているのに動けない。


「・・・邪魔、した?」


だが女の低く底から響く様な声音で、時間が唐突に動き出す。

驚きと恐怖が異様な形でかみ合い、応えなければいけないと思わせられたせいで。


「そ、そんな事はない。助力、感謝する」

「・・・なら、良かった」


フードの女は何事も無かったの様に魔獣を手に下がって行った。

それこそ「お前らが不甲斐ないから手を貸してやった」なども言わずに。

いや、きっと、そんな言葉すら不要な程に次元が違う。先の一撃はそう思うに十分だ。

兵士として長年鍛えているからこそ、今の一撃がどれだけ異様なのか認めざるを得ない。


「あれが、噂の錬金術師か・・・!」


爆砕の錬金術師などと誰が言った。槍ではないが、閃撃の名は彼女にこそ相応しいではないか。

いや、違う、それを措いても爆砕の名が轟く程の、別の力が有るという事か・・・!

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