310・魔王様、不安定な気持ち

 無事に七日の休暇を終えた私は、今までより少なめに仕事を回していた。

 また過労だなんだと言われるのを避けるためでもあるけど、それ以上に周囲に要らない心配を掛けさせるわけにはいかなかったからだ。


 またフェンルウたちに無理やり休みを取らされては敵わないし、リカルデも……きっと苦笑いしながら私の行為を咎めてくると思う。


 あまり無理をしないように……適度に仕事をするというのは難しい話だけれど、そこら辺は追々慣れていくことになるだろう。


 施設にかかる予算がこちらに上がってきたり、他にも私にしか出来ないような手続き……数々の仕事をこなしているうちに時間はどんどん過ぎていって……季節はいつの間にか12の月ルスピラを迎えていた。


 そこまで時間が経つと、仕事の合間に衣装を合わせたり、施設の建築状況を見て回ったりと……机にかじりつくだけでは出来ないことが増えていった。


 特に衣装合わせが……ちょっと私の事情で難儀していた。

 どうにも小物やリボンなど、ワンポイントで白を使うのはいいのだけれど、結婚式というのは純白のウェディングドレスを身に着けなければならない。


 白というのが自分の色じゃないようにしか思えなくて、どうにも気が乗らなかったのだけれど……魔人族式の結婚というのはどうしてもこのドレスでなくてはならない。

 ちなみに聖黒族式の方は……もうほとんど死に絶えて等しいせいか、文献にも碌なものが残っていない。


 ただ、互いに誓いあった後、小指に黒い糸を結ぶ……というのだけは残っていた。

 これは例えどんなに暗い闇の中であっても、二人だけの見えない絆が繋ぎ止めてくれる……そういう意味があるのだとか。


 今回の結婚式にはそれと……セツオウカ風の様式も加えることにした。

 式が一通り終わった後、新婦が新郎の盃に酒を注ぎ、それを飲み干す。

 その後は新郎の盃を新婦が受け取り、同じようにする……という方式だ。


 これには互いに一つの物を分け合い、大切に育んでいきましょう……そういう意味があるのだとか。

 最初、なんでセツオウカ風のやり方を取り入れるのか? という疑問を戻ってきたケットシーやフェンルウに言われたのだけれど、私はその時――


「リカルデにも一緒に祝ってもらいたいのよ。

 直接本人に祝ってもらうことは無理でも……こうすれば、伝わるんじゃないかって思って、ね」


 そう言うと、二人共何も言えなくなってしまっていた。

 ケットシーに至ってはかなりリカルデに懐いていたようで、私の考えにぶんぶん首を縦に振って頷いていた。

 ちょっと半泣きになっているところから、彼も本当に慕われていたんだとつくづく実感した。


 こうして私の準備は着々と進んでいった。

 いろんな形式の結婚を取り入れたせいで、かなりごちゃごちゃとしているような気もしたけれど……それでも今の私があるのは、色んな人に支えられたからだ。


 だからこそ、つい色んな結婚式を取り入れたくなるというものだ。


 結婚式が終わり次第、今度は女王としての仕事が控えていて……すぐに『れき』の発表となる。

 その後、私が国民に向けて少々演説を行い……この日を国民の休日にすることを宣言する、という手はずになっている。


 その日は結構忙しい日になるだろう。

 念入りに準備をしているからこそ、わかる。


 着替えもそうだけれど、各国の魔王に挨拶もしなければならないし、セツオウカの様式を取り入れることにしたせいで専用の盃を準備させるまでに演説をしなければならない。


 その後は宴会に突入するのだけれど、それまでは気苦労も多いだろう。

 だけどきっと……その日は最良の日になる。


 リーティアスの新しい歴史が始まるのだから――






 ――






 ――12月ルスピラ・30の日――


 駆け足のように様々な準備を終わらせ、なんとか明日結婚式を迎える事ができるようになった……。

 その前日の夜、私は久しぶりに庭の片隅にぽつんと存在している、リカルデの墓を訪れていた。


 そこはいつも誰かが綺麗にしてくれているのだろう。

 美しい花が添えてあって、周囲の草木も手入れがされている。


「ここに来るのも随分と久しぶりになってしまったわね」


 先日入手したセツオウカのお酒をそっと備えて、墓石を触る。

 少しゴツゴツしていて、とてもじゃないけどリカルデには似てないな……なんて思ってしまっている。


「ね、リカルデ。明日私ってば結婚するのよ?

 おかしな話よね……。貴方と会ったことがつい昨日のようにも感じられるのに……」


 忘れはしない。

 私が『覚醒』した時、すぐそばにいてくれたのはリカルデだった。

 ずっと付き添ってくれて……何も覚えていなかった私の側で、彼は支え続けてくれていた。


 それは多分、私の知らないところ――外と内との両方で……だろう。

 そうじゃなければ、ケットシーとフェンルウを含めた内政の一部を任せている子たちがあんなにも慕っていたりはしないだろう。


 私の方もアイテム袋から桜酒と専用の盃を取り出して、墓の隣に腰を下ろす。

 魔王としてはかなり行儀の悪い行為だろうが……誰も見てないのであれば問題ないだろう。


 桜酒を盃に注いで、ゆっくりとそれを味わう。

 口いっぱいに桜の香り、ほのかに甘く、舌や喉を熱くさせる柔らかい味わい。


 やっぱりこれはいつ飲んでも美味しい。

 仕事で疲れた私の心を、どこか優しく包んでくれているような気さえする。


 ……なんでリカルデに会いに来たのか。

 それは、明日の結婚式に多少不安を感じているからだ。


 数多の戦場を駆け抜けた私が今更何を不安がる事がある? そういう風に思うのだけれど、だからこそ……なのだろう。


 今は幸せだ。正直二回分の人生を合わせても今が一番だと断言することが出来るくらいだ。

 だけど……それが同時に怖いのだ。


 お父様やお母様……そしてリカルデの時のように……。

 失うかもしれない。手放すことになるかもしれない。


 もしそうなった時、私はどんな顔をしているのだろう?

 それを考えると、どうしようもなく不安を覚えてしまうのだ。


 仕事が終わった時や眠る時なんかにふと、そういう考えが頭によぎってしまう。

 それは多分、あまりにも深い不幸せと、大きな幸せを経験してしまった私だけにおきる悩みなのだろう。


 愛を知らず、愛を求め、何も得られずに散った。

 愛を感じ、温もりの中で育てられ、優しさに包まれ……そして失う悲しみを知った。


 だからこそ、親のように見守ってくれたリカルデを求めたのかもしれない。


「はぁ……私もまだまだね。

 リカルデも、そう思うでしょう?」


 私自身、そんな自分が情けなく感じているからこそ、表に出すことは絶対にしない。

 昔のようにただ泣いてるだけの自分ではいられないし、いたくない。


「初めての結婚……それが間近に迫ってるせいで、若干ブルーになってる。

 こんなに失うのが怖いって、思ったことなかった。だけど……」


 不安を感じるし、リカルデの時のようにお別れをしたくない。

 だけど、やっぱりそれ以上に私は嬉しい。


 ここまでの道のりは、決して楽じゃなかった。

 辛いこと、悲しいこと……苦しいこともいっぱいあったし、それが今の私を作って、アシュルやフレイアールや他のみんなと引き合わせてくれた。


 確かにリカルデや両親を失ったことは悲しいけれど……それでも、それを乗り越えて私はなんとか幸せでやっていけてる。

 そう考えながらリカルデの墓の隣で静かに桜酒を飲んでいると……不思議と心が落ち着いてきた。


 やっぱり、気持ちがごちゃごちゃしているときはこういう風に整理する時間が必要なのだ。

 多分リカルデの隣……ということもあって、余計に気持ちを落ち着けることが出来たし……やっぱり私にとって彼の存在は未だに大きいのだろう。


 最後の一杯を飲み干して……私はベッドで眠る事にした。

 これ以上はリカルデの眠りを邪魔することになるだろう。


「ありがとう。貴方のおかげで少し、楽になった気がするわ」


 リカルデの墓にそれだけ告げて、私は自分の部屋に戻る。

 いよいよ、迎える……明日の為に――

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