260・貴女を守る矛となる

 ミィルが帰り、それをワイバーンたちに上空から見張るように行った次の日、私は一人で館の外に出ていた。

 アシュルはあれからすぐに自分の事を反省しながらどこかに行ってしまったまま業務に戻ってしまったし、その後も彼女は訓練に忙しい様子だった。


 そういうことで、久しぶりに完全に一人きりになったような気がする。


「んー、いい天気ねぇ……」


 うーん、と我ながら気の抜けた声を上げながら背筋を伸ばしている。

 今日はいつも通りの快晴……だけど急ぎの仕事がないという晴れやかな気分だ。


 しばらくは午後からゆっくりと仕事を片付ければいい。

 ……本当はそういう場合じゃないのはわかってるんだけどね。


 他にも色々とごたごたしているし、やらなければならないことは多い。

 だけど急ぎでこなさなければならないものは連日の徹夜で終わらせてしまった。


 少しくらいゆっくりしても罰は下らないだろう。


 これからはユーラディスとの本格的な戦争が待っている。

 戦いのことなんてこれからいくらでも考えることになるんだろうし、こういう時間が取れるときくらいそのことを忘れていたい。


(母様ー)

「……ん?」


 とりあえず日向ぼっこでもしてのんびり過ごすのも悪くないかも……なんて思ってきたその時だった。

 ふよふよと心地よさそうに漂いながら、フレイアールが私のところに飛んできた。


 そのままの勢いでふわふわ飛んできて、私の胸にぽふっと抱きついてくる。

 思わず彼を抱きとめてあげると、そのままスリスリと頭を擦り寄せてきた。


「ちょっと、どうしたの?」

(だって……ここ最近ずっと母様と会う機会がなかったから……)


 相変わらず匂いを確かめるかのように頭を擦り寄せてくるフレイアールを撫でてあげながら、言われてそれもそうかと感じていた。


 フレイアールはパーラスタとの戦いでずっとリーティアスから離れていた。

 しかもその後はドラフェルト・スロウデル・ユーラディスが同時に違う国に宣戦布告を行ってきた為、そのまま彼はフワローク・マヒュムの二人の魔王の救援へと飛んできていたのだから、こちらに帰ってくる暇もなかったのだ。


 おまけにその時の傷で重傷。かなりの痛手を負って、しばらくはラスガンデッドに滞在することになった。


 その間にも事態は刻一刻と変化していって、フレイアールが戻ってきた時には私の方は仕事が山積み。

 解消していきながらレイクラドと話し合ったり他の子たちのアフターケアやらをして、その後はすぐにケルトシルに飛んだ。


 その時もフレイアールはお留守番……というか今まで色々と働いてもらったし、休んで欲しいという気持ちでそのままにしていったのだ。


 なんだかんだでフレイアールをここまで放置していたのもそんなに多くなかったし、常にこの子は私の側にいたがっていた。

 その反動が今ここで爆発したのだろう。


 心地よさそうに撫でられてるその姿はとてもじゃないけどあのレイクラドと壮絶な戦いを演じて引き分けた姿には見えない。


 ……というか、いつまでこうしているつもりなんだろう?

 フレイアールはどこかひんやりとしていて冷たい感触が肌に触れるのは気持ちいいんだけど、いつまでもこうしているわけにはいかない。


「ほら、そろそろどいてちょうだい」

(もうちょっとー……)

「はぁ……今日は随分と甘えてくるわねぇ……」


 聞き分けの良いほうだと思っていたフレイアールのまさかの拒否。

 どうしたもんかと考えた末――。


「それじゃあ一緒にお茶をしましょう。だから離してちょうだい……ね?」

(んー……ん)


 一緒にいられる、ということで納得してくれたのか、フレイアールはようやく私の胸からどいて、ぱたぱたと周囲を旋回してから隣に寄り添うようにひっついてきた。


 ――やれやれ、ずっと放置していた私の方が悪いとは言え、とんだ代償がついてきたものだ。

 ま、偶にはこういうのもいいかもしれない。


 私はフレイアールを連れて館の方に戻ると、リュリュカにお茶を頼んでから庭の方に置いてあるテーブルの方に歩みをすすめる。


 フレイアールの方はテーブルの上に専用の籠を用意してあげて、そこの方に横になった。

 子竜状態ならでは……といったところだろう。


 成竜状態だったらむしろこの館の庭にすらいられないほど大きくなるんだもんなぁ……。


 しばらくしてリュリュカがお茶とお菓子を持ってきてくれて……私はいつものようにゆっくりと喉を潤す。


「ほら、あーん」

(あー……む)


 フレイアールの方は今日はとことん甘えると決めているらしく、私がクロシュガルをフレイアールの口元まで持っていって、それをこの子が食べる……いわゆる餌付け状態をしばらく続けることになった。


(母様……僕、これからも母様を守るからね)


 しばらくのんびりとお茶を飲みながらフレイアールと共に陽の光と、それで輝くように咲いている花を眺めていると、ふとそんな声が聞こえてきた。


「……どうしたの? 改まって」

(僕も色々考えてるってこと! 僕、絶対母様を守ってみせるよ。

 他の誰でもない。僕のただ一人のお母様。貴女の為なら僕は――)

「待った」


 フレイアールの言葉がなんとなく予想出来た私は、彼が最後まで喋ることを許さないというように制することにした。


 ――私を本当に母と呼んで慕っているのであれば、絶対にそんなことを言わないで欲しい……そう思ったからだ。

 私にはフレイアールが、アシュルが、ベリルちゃんが……色んな人が大切だし、死んでほしくないと思っている。


 例えそれが――私の為に散ることになったとしても、そういうことにはならないようにと。

 共にあり続けたいから。一緒に色んな世界を見たいと思うから……。


 それは傲慢な考え方なのかも知れない。

 だけど、そう願い、思う気持ちは決して悪いものではないはずだ。

 だからこそ、矛盾を抱えていても伝えなければならないことがある。


「私は貴方が死ぬことを絶対に許さないわよ? 大切な家族の一人に『死んでもいい』なんて言われかけちゃったらなおさら、ね。

 そんなに想って覚悟を決めてくれるなら、同じくらいの気持ちで『生き抜く』覚悟も決めることが出来る……違う?」

(母様……)

「貴方がレイクラドと何を話して、何を想ったのか知らないけれど、親より先に逝くなんて……特にそれが私を守った結果だなんてこと……絶対に認めませんからね」


 若干非難するような視線を向けると、フレイアールは一瞬だけ驚いた表情を浮かべる。

 そして私の言葉をしっかりと理解した彼は、より嬉しそうな様子で私の方を見つめていた。


(母様はやっぱり、僕の自慢の魔王様だよ。

 僕は、必ず生きて母様の矛であり続けて見せる。ずっと、母様の側にいたいから)


「ええ。戦争が終わるまでは……私の為の矛であってちょうだい。

 平和になったら……またこうしてのんびりお茶を飲みましょう。時間はいっぱい作れるようになるでしょうから」

(うん……うん! その為に、僕も頑張るよ!)


 フレイアールは大げさなんじゃないか? と思うほどの喜びようを見せてくれていた。

 ……やはり雄々しく立派に戦場を駆ける姿より、こうして私に懐いてくれてる姿のほうがこの子の本当の姿なんだろうな、と感じることが出来る。


 フレイアールがいつまでもありのままの姿でいられるようにしないといけないな――。

 ゆっくりとお茶と共に考えを体に浸透させるように飲み込んで……そのままフレイアールと共に戦争が始まるまでの僅かな時間であろう穏やかな瞬間を、味わうように過ごすのだった。

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