248・ひとまずの終戦

 ――ティファリス視点――


(母様、ただいまー)

「おかえりなさい、フレイアール。ご苦労さま」


 リーティアスに帰ってきたフレイアールが私の胸の中に飛び込んできたから頭を撫でてやると、嬉しそうにくるくる鳴いていた。

 これで各国に散らばった私の臣下たちは全員戻ってきたと言えるだろう。


 少し問題があるとすれば、ベリルちゃんとカヅキの様子だろう。

 彼女たちは以前の戦いで精神的にダメージを受けているとようだと報告があったからリーティアスに留まらせておいたけど……なにか思うところがあるのか、以前にリーティアスにいたときとは大分変わってしまっていた。


 まずベリルちゃんだけど、お兄様であるフェリベル……いや、フェイル王を倒した後はどこか上の空で、私との話もそこそこになっていた。

 やはり自身で兄を討った喪失感か……それとも空虚感か。

 パーラスタから解放されたベリルちゃんは表情に乏しく、私と一緒にいてもどこか儚げな印象を抱かせる笑顔を浮かべて少々べったりとしてくるだけだ。


 相変わらず濃いスキンシップを取ろうとはしてくるんだけど、私と話していない時、一人でいる時なんかは特にその傾向が強いと言えるだろう。


 次にカヅキだけど、彼女はリーティアスに帰って早々、まるで火が付いたように訓練を行っているようで……本人は命がけの修行だとかなんとか。

 戦闘でもないのに命をかけられても私の方が困るのだが、この際、彼女の好きにさせることにした。

 恐らく言っても聞かないだろうし、彼女なりに思うところがあるのだろう。


 カヅキがこうなった原因の一つとして、パーラスタとの戦争時、鬼族と戦闘をしていることが報告に上がっている。

 容姿の詳細はカヅキから聞いていて、フェイル王に持ち去られた鬼神族の上位魔王の遺体の一体であるシャラだと確認が取れた。


 ただ……そのシャラが話しているのを誰しもが聞いていたらしいということがわかっている。

 ……本来、『死霊の宝珠』を使って操った場合は私が戦ったシュウラやパーラスタでアシュルが戦ったライキのように言葉を喋れる程の理性を保たず、ただ戦うだけの道具にしか過ぎない。


 その後、セツキ王へ相談した時、彼も既に亡くなっているヤーシュも話していたということだ。

 私はてっきりパーラスタでフェイルが今持っている全ての鬼神族の魔王を投入してくると思ったのだけれど……結果は大分違う。


 彼が投入してきたのはシャラとライキのみだった。

 ラスキュスがヤーシュを投入してきたところを考えると……残ったのはヒューリ王。

 なぜかはわからないが、彼が残りの鬼神族を保有していてまず間違いない。


 レイクラド王のところにはいなかったことを考えると、残り二人……それにヒューリ王の契約スライムのことを考えると、アシュルやフレイアールには引き続き頑張ってもらわなければいけないだろう。

 そして……シャラの相手はカヅキにさせることこそが一番だと考えている。


 彼女はこれから先も生き抜き、未来に繋げていく役目を担っている。

 既に死んでいる鬼神族の元魔王たちとは違うんだ。


 そんなカヅキが死者のせいで躓いて立ち止まってしまうのは非常によろしくない。

 乗り越えさせる為にも、このまま修行を続けさせておくのが一番だろう。






 ――






 フレイアールが帰還し、新しい年の3の月・コルドラに差し掛かっている中、こちらは少しずつ戦後処理を進めていた。

 他の上位魔王たちの終戦情報も次第に入ってきて……徐々に今の状況が判明してきた。


 アシュル・フレイアールを差し向けた南東・北地域のことはわかっていたからあまり新鮮味の多いことはなかったが、中央地域のフェリアルンデが陥落したことは、私の心を揺さぶることになった。


 一番意外だったのはその情報を持ってきたのがリアニット王の奥さん……つまりお妃様がもたらした、という点だ。

 しかも身重な彼女を他の近い国や地域にではなく、わざわざ私の国に。


 よほどこちらの事を信頼してくれているのか……それがアストゥを守る契約を受けた代わりなのかはわからないが、フェリアルンデのお妃様――リフェア王妃にはひとまず私の保護下にいてもらっている。

 妊娠している彼女をそのままこの町に放つわけにはいかないだろう。


 彼女が産んだ子供は新フェリアルンデの王子か王女ということになる。

 領土は確かに奪われたが……民と王がいれば国というの再興することが出来る。

 なんなら私が持て余しかけている土地のいずれかを条件付きで譲渡してもいいと思ってるし、万が一フェリアルンデの領土を取り戻せたら、これまた同じように返還することにしている。


 その代わり、私の支配下に入ってもらうことにするけどね。


 それはともかく……リフェア王妃がここに来たということは、リアニット王は敗走したか……死んでしまったかのどちらかに――いや、希望的観測はやめよう。

 彼は死んだ。アストゥの身内であったリアニット王は――死んだのだ。


 結局彼はアストゥとなんの話をすることもないまま……永遠に別れることになってしまった。

 いや、ヒューリ王と戦うことになった時点でそうなる可能性も考えられたはずだ。


 どうにもやるせない気持ちになる。

 なまじ、二人の事を知っているからか、そんな感情を抱いてしまう。


 カヅキ・ベリルちゃんの二人を向かわせたほうが良かったのかもしれないが、今の彼女たちでは上手く食い止めることは出来なかっただろうし、不安要素を抱えている二人を使うわけにはいかない。


 下手をしたら彼女たちを失ってしまう可能性だってあったし、もしそんなことになったら私は悔やんでも悔やみきれないだろう。


 少々非情な考えになってしまうが、私がリアニット王を切ったんだ。自らの手で。

 それをきちんと受け止めて考えなくてはならない。


 今はヒューリ王と彼の国の情報を集めるのが先だろう。

 そのために既に詳しい人物を呼んでいる。


「お嬢様ー、お客様がお目見えになられましたー」

「わかった。リュリュカはいつもどおりお茶とお菓子、お願いね」

「はーい」


 来客の知らせを持ってきてくれたリュリュカに指示を飛ばして、私は仕事に一区切りをつかせて応接室に向かう。

 私が呼んだのはヒューリ王の考えや彼らが攻めてきた目的などを教えてくれるであろう人物。


「久しぶりね……レイクラド王。宴の時以来かしら?」

「……ティファリス女王、壮健で何よりだ」


 三つの国を攻めてきた張本人の一人であるレイクラド王本人だった。


「よく私の喚び出しに応じる気になったと思うけど……貴方一人?」

「いや、我の監視役が館の外で待機しておるよ。それだけお主を信頼しておるのだろう。

 フレイアールには随分世話にもなったからな」


 そうだった。レイクラド王はフレイアールと引き分けたんだっけか。

 最初フレイアールが重傷を負ったという話を聞いたときには背筋が寒くなるような思いをしたもんだ。


 レイクラド王がそうしているように、私の方も椅子に座り、リュリュカが真紅茶とお菓子を二人分、こっちに持ってきてくれたのを確認し、一度喉を潤して本題を切り出すことにした。


「レイクラド王、私が聞きたいこと、わかってるわね?」

「ああ、心得ている。我が答えられる範囲内であれば、答えよう」


 素直に応じてくれる様子で助かった。

 答えられる範囲内……という言い方は少々気がかりだけど、事ここに及んでヒューリ王に関する情報を隠すような狡い魔王ではないことは知ってるし、ひとまず話してみてから考えることにしよう――。

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