207・魔王様、宣戦布告する
「な、なんだこれは……」
フレイアールの背中になりながら、呆然と呟くセツキだったけど、それは私も同じ気持ちだった。
恐らく狙いが逸れたのであろうちょうど半分が消し飛んだ商業都市ヤカサカは酷い惨状。
風圧のせいで残った半分も建物が半壊しているものが多く、都市としての機能を完全に停止させていた。
更に酷いのはあらゆる人が無残に死に絶え、悲しみの慟哭が響き、辛うじて白い光から逃れた者も身体の半分が無くなって、苦しみのまま力尽きたものまでいる。
「ゆ、ゆるせねぇ……こんな……こんな事を平気でやりやがって……!」
セツキの目には激しい怒りが渦巻いていて、上手く感情がコントロールできないとでもいうかのようにプルプルと身体を震わしていて……とてもではないが見ていられない。
私だって人は殺す。
それこそ虫を潰すように殺したことだってある。
だけどこんな風に一度も戦いを覚悟したことのない者、悪意を振りまかず普通に暮らしていた者を無差別に殺したことはない。
戦場に出てきてすらいない国民をこうも無残に殺すなんてこと……やってはいけない。
こんな悪魔族よりも卑劣な所業、許すわけにはいかない。
セツキは憎々しげに、苦しげにヤカサカの惨状を目に焼き付けながら、息が詰まりそうなほど苦しげに声を出した。
「ティファリス、俺は……俺は国を守らなきゃならない。だから……」
「わかってるわ。私がなんとかする。貴方の前に、あの男の首を持っていく」
本当はセツキも戦いに行きたかったのだろう。
この国の戦力全てを集め、その全力を持って『極光の一閃』を使ったパーラスタを――フェリベル王を潰しに行きたいはずだ。
だけどそれをしなかったのはひとえに彼が魔王であるが所以だろう。
その国の最強の戦力であり、防衛力である魔王が今この国を離れてしまえば、『極光の一閃』は次にセツオウカの首都キョウレイを狙いに行くだろう。
それをさせないために対魔障壁をより強固にしなければならないし、いざとなったときの為に防衛に力を入れなければならない。
ヤカサカの方にも出来るだけ兵士を振り分けて支援をしなければならないだろう。
当然、そんな事をしていれば戦争なんて起こしている時間はないし、それすらもったいない。
だから、彼は私に託したんだ。
自分自身が誰よりも行きたいはずなのに、それを堪えてセツオウカの為にこの国に残る事を選択した。
私はそれに応えなければならない。
「セツキ、降ろすのは……」
「キョウレイでいい。そのまま体勢を整えてヤカサカの復興に尽力する」
「わかったわ。フレイアール、お願いね」
『うむ』
そのままキョウレイのセツキの城で彼を降ろし、私達はリーティアスへ戻る。
これからやるべきことをやるために。
――
――リーティアス――
国に戻った私がまず最初にやったことはアシュルに再び使者としての役割を果たしてもらうことだった。
もちろん、普通に行かせては今度こそ何かを仕掛けてくるだろう。
使者を送るということは、私達がある程度の事を察しているとわかっているだろうからね。
なら比較的安全なやり方でやるしかない。
「アシュル、『アクアディヴィジョン』はまだ使ってるわね?」
「は、はい。今は透明状態のまま待機させております」
「……『アクアディヴィジョン』は貴女の分身。
貴女の声を送ることも出来る……そうよね?」
「はい。姿はあの……昔のまんまるスライムのままですけれど、声を送るくらいでしたら」
……私は一瞬その構図を想像して、微妙に締まらないなぁとも思ったが、それでもいいと決断してアシュルに指示を出す。
「フェリベル王のところまで行って、私の言葉をあの馬鹿者に伝えてほしいのだけれど……出来る?」
「わかりました」
私がこれからなにをしようとしているのかその意図を読み取ってくれた彼女は、『アクアディヴィジョン』で作り出した分身を移動させてくれているのだろう。
しばらく他の仕事をこなしていた私の元に、フェリベル王を彼の私室で見つけた、とアシュルは報告していくれた。
――
――アシュル視点・パーラスタ――
私はティファさまの命令でフェリベル王を探していたのですが、中々見つからず……。
ようやく見つかったのは彼の私室で、でした。
結構魔力の消費が激しいのですが、透明化を解いて色の着いた青いスライム状態にしました。
フェリベル王は目の前にいきなり青いスライムが現れたことに驚いたのか、興味深そうに私の方を見ていましたけど、私の方はそれどころじゃありません。
だって、『アクアディヴィジョン』を使っているとはいえ、目の前にはティファさまの敵であるフェリベル王が座っていて、今から私は彼に宣戦布告のようなことを言わなければならないのですから。
『聞こえていますか? フェリベル王』
「……これはこれは、奇妙なスライムだね。
いつの間に入り込んだのかな?」
心底不思議そうにしているこの男は私の声なんてすっかり忘れてしまっているのでしょう。
そんなに時間も経っていないはずなんですが……少々腹立たしいですが、興味も沸かなかったんでしょうね。
『フェリベル王、私はアシュルです。
リーティアスの使者としてやってきた』
「ああ……君か。失礼だね。
こんなところまでやってくるなんて」
なんて汚らわしい物を見るような目でこっちを見ているんですか。
私としては貴方のほうがよっぽど汚物かなにかに見えますけどね。
『失礼なのはどっちの方ですかね。
よくも私の事を騙してくれましたね』
「騙すとは……一体どういうことかな?」
しらばっくれるような顔つきで……なんだかすごくいらいらしてきました。
こんな男と会話するなんて本当は嫌なんですけど……これもティファさまの為です。
『ティファさまの願いを反故にしておいてよくもぬけぬけと……』
「あっはっは! ぼくは確かに誘拐された種族を保護するとは言ったよ?
だけどね、あれらがティファリス女王のところにいた者達だとどうやって証明するんだい?
くっくっくっ……」
心底おかしいというかのように大きな声で笑っているフェリベル王にものすごく腹が立ちます。
あれには……ティファさまの文書にはいなくなった狐人族の名前や特徴も詳しく載っていました。
それなのに……いや、きちんと最後まで確認しなかった私の方も悪いのでしょう。
『……ティファさまから伝言です。
「今ここでフラフや誘拐された狐人族――いいえ、銀狐族を返還するのであれば――」』
「ああ、いいよ。
僕はそんなことをする必要ないからね」
鼻で笑いながら私を見下すフェリベル王の冷たい視線を浴びながら、徐々に身体が……いや、頭が熱くなっていくのを感じます。
必要ないわけがないでしょうに。
『……それは、私達への宣戦布告と受け取りますよ?』
「好きにしてください。『極光の一閃』の威力をその目で見ることになるけどね」
これ以上話をしたくないと思ったのですが、ティファさまがどうしても最後に一つ、言いたいことがあるとのことでしたので、それをフェリベル王に伝えました。
『「そんな陳腐な玩具で何を成そうとしてるのか知らないけど、あまり調子に乗らないことね。
くだらない玩具遊びでこの私を倒そうだなんて笑わせないでちょうだい」』
「……それはティファリス女王の言葉だね。いいだろう。
そちらがその気だというのであれば、思い知らせてあげるよ」
そのまま私は『アクアディヴィジョン』の魔導を消して、フェリベル王の前から姿を消して……ようやくこの気持ちの悪い男との会話を終えることができました。
その後はティファさまにいっぱい褒めてもらえて……あの吐き気が催すほどの男との会話で荒みきった心を癒やすのでした。
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