98・魔王様、相談を持ちかける

 ウルフェン・フラフの二人を見送ってから数日が経過した。

 私は執務室に広がる書類という名の新大陸を徐々に攻略していき、その勢力図を広げていくことにその身を費やすことになったが……いい加減『夜会』のことにも手を付けなくてはならない。


 料理を持っていかなければならない以上、料理人には何を作るか試行錯誤する時間も必要だし、材料だって集める必要がある。

 なにか珍しいものを一品に、後は適当にここで食べられてるものをいくつか。


 まずは料理人だけど、これはミットラに任せようと思っている。館の料理人じゃあありきたりかなとも思うし、どうせなら美味しいものを持っていきたい。

 そして私の中ではぶっちぎりに彼の料理が美味しい。このリーティアス随一と言ってもいいだろう。


 だから『夜会』に持っていく料理を任せたいのだ。

 結構プレッシャーがかかるだろうが、きっと彼ならやり遂げてくれるだろうと思っている。


「ティファさま、どこに行くんですか?」


 そうと決まったら早速ミトリ亭に行こうと結論づけて、早々と仕事を切り上げて部屋から出た時、真っ先に出会ったのはアシュルとケットシーだった。

 この二人の組み合わせは結構珍しい。たしか私の知る限りでは、あのおかしくなっていたフェーシャの時以来だったはずだ。その時も厳密に言えば二人で行動してるってことはなかったんだけど……。


「お昼も過ぎたし、たまには外食しようと思ってね。そういうアシュル達はどうしたの?」

「はい、アシュルさんが久しぶりにディトリアのお店で食事がしたいと言っていましたのミャ。なので二人でミトリ亭に行こうかと思いましてミャ」

「それは奇遇ね。私もちょうどそこに行こうと思ってたのよ」


 やはりアシュルもそういう考えに至ったか。ケットシーは店に関して結構詳しい。

 彼女のオススメであるなら、ミトリ亭は更に繁盛しているということだろう。

 そう結論づけてると、アシュルがすごく嬉しそうに私の手を取って飛び跳ねる。


「それではティファさま! 是非一緒に行きましょう!」

「そうですミャ。せっかくですから一緒にご飯食べましょうミャ!」

「そう? 二人が言うなら、ご一緒させてもらおうかしらね」


 この組み合わせで食事をするということも滅多にないし、たまにはこういうのもいいかもしれない。

 そう思い立ち、私はアシュル・ケットシーの二人と一緒にミトリ亭に向かうことにした。






 ――






 お昼を少し過ぎた辺りのミトリ亭に行くと、さすがに人がまばらになっているよう――と思ったら結構まだ人が多いな。

 これではちょっとミットラと話すことは難しいだろう。


 私がいない間にまた大きくなって……料理人もそうだが、店もリーティアス一といっても良さそうなほどだと思うのは、多分私の過大評価ではないと思う。


「ティファさま、あそこが空いてますよ」


 奥のテーブルが空いているのを見つけたアシュルの誘いによってそこに座ることになった。

 また都合よく空いてるなぁ……とも思ったけど、さすがに偶然だろう。


「ここも今ではすっかり人気になってきましたミャ」

「そうみたいね。久しぶりに来たからか、様変わりしていて驚いたわ」

「美味しくて、メニューも豊富ですミャ。最近では日替わりランチを初めましたニャ。大体七日で最初のメニューに戻ってる感じかミャ」


 また随分と色々してるみたいだ。久しぶりに開いたメニュー表は料理の種類によって分けられていて、非常にわかりやすく改良されている。

 昔は結構乱雑書かれていただけに、これは大分すっきりした感じだ。


 以前はシードーラを使った肉料理を主体にしていた店だったんだけど、今は他の肉や魚料理も増えていて嬉しいことになっている。

 ミットラが日々研鑽を積んでいる証拠とも言えるだろう。


「これは……結構悩むわね」

「随分メニュー増えてますね……」

「にゃーは『シードーラの濃厚レッドシチュー』にしますミャ」


 なんだその辛そうな……って言うより、魚介系じゃなくてシードーラのシチューなのか。

 濃厚に赤いのか辛いのか……ちょっと気になる。


「むむむ……」

「随分と悩んでおりますミャ」

「どれも美味しそうなメニューにしか見えない」


 マカジというピンク色の鮮やかな身が綺麗な魚を使っ他料理は、しっかり味付けして焼いたり、軽く炙っているものもある。

 他にも白身の魚でサールオと呼ばれる魚はマリネにしたり衣をつけてフライにしたりと、どれも目移りしてしまって優柔不断になってしまう。


「……とりあえず適当に食べてみましょうか」

「ティファリス様……相当悩んでますミャ……」


 だって、食べたいの多いし、ちょっと決められそうにない。

 私のお腹の具合を考えれば全部食べられるわけないんだし、決められないなら適当に選ぶしかない。


「それじゃ、ケットシーよろしく」

「私もケットシーにお任せします!」

「え! にゃーがですかミャ!?」


 驚いてるようだけど、私が期待を込めた目でじーっと見ているとため息混じりに改めてメニューに向かい合うことにしたケットシー。


「本当ににゃーが適当に決めますけど……いいですかミャ?」

「ええ、別にそれで怒ったりとかしないから、おすすめを教えてちょうだい」

「それじゃあ……」


 そう言ってケットシーが選んだ料理は、さすがに食事が好きな猫なだけに美味しい物をチョイスしてくれた。

 個人的に好みだったのは『サールオのアクアパッツァ風パスタ』だ。

 魚介類とトマトに似た薄紅色の野菜を香りの高い油を使って、酒と共に煮込んだ料理。それをスープパスタにアレンジした逸品だ。

 白身魚は下処理をきちんと済ませていて、切り身の状態ですごく食べやすく加工されてある。

 貝類が少々食べにくいけど、こういうのはまあ、大して変わらない。


 サールオの身がふっくらと仕上がっていて、スープに旨味が十分に染み渡っている。特にパスタと絡ませて食べると格別だった。


「ティファリス様って、本当に色っぽくご飯食べますミャ」

「ですよねー……」


 何故か顔を赤らめて視線をちらちらとこっちに向けたりそうでなかったりするケットシーに、うっとりするような顔で見てくるアシュル。

 なんでそんな風にこっちを見てくるんだろう?


「……そう?」

「「そうです(ミャ)」」


 二人にそう言われてもこっちとしては全然実感ないんだけど……。

 私としては普通に食べてるだけなんだけどなぁ……。


 そんな事を考えながらも美味しいから構わず食べ進める。

 視線なんて気にしてたら食事なんて出来ないからね。


 この一品でここまでなら、別の料理も楽しみになってくるというもんだ。






 ――






 十分に食事を楽しんだ私達はミトリ亭を後にし、夜も中頃の時にもう一度行くことにした。

 なるべく早く話したほうが良いという関係上、どうしても話しておきたかったのだ。


 ちなみに、現在は私一人になっている。アシュルはリカルデに付いてお勉強。ケットシーはフェーシャが帰国する為の準備のお手伝いだ。


「いらっしゃいませー」


 昼と同じく陽気で明るい声で迎えられたけど、やっぱり前よりもちょっと混んでるようだった。

 んー……これはどうしたものか……度々来るわけにも行かないしなぁ……と結構悩みながら席につくと、ミットラ側からこっちに来てくれた。


「これはティファリス様、昼といい今といい、ご来店ありがとうございます」

「あら、気づいてたの?」


 姿は見かけなかったはずだけど……と思っているとミットラがにっこりと笑いながらちょっと困ったように答えを教えてくれた。


「ご来店いただいたときに店が少々ざわめきましたので……確認してみましたら貴女様が入らしていた……というわけです。あの時は私の方も手が離せなかったので挨拶も出来ませんでしたが……」

「ああ、いいのよ。店が繁盛してるなら、私のことなんて放っておいていいから」

「そう言ってくださると、私共も嬉しい限りです」


 店の商売の邪魔をするくらいなら行かないほうがマシだ。いや実際そうなったら困るんだけどさ。

 そういうところで魔王という肩書を利用する気はサラサラない。


「話しかけてくれた……ということは、今は時間は大丈夫?」

「はい。今は私のサポートをしてくれた料理人も育ってきてくれましたので、お昼時と夕方から夜の早い時以外でしたら都合が付きやすいですね」

「そう、それは良いことを聞いたわ」


 都合の良い時間に行くことができれば、今回みたいに二度手間のようになることもなくていい。

 というわけで改めて本題に入るとしようか。


「それで、私になにか御用でしょうか?」

「ええ、実は他の国の魔王達と食事会を開くことになってね。その料理を貴方に作ってもらいたいと思ってね」


 それを聞いて驚いた表情になるのは、まあ当然の反応だろう。

 町の一料理店であるミトリ亭の店主に依頼する内容としては思えないのだろう。


 だけど私はこのお店の料理が好きだし、どれも美味しいと思っている。

 館のコックの料理も美味しいんだけど、この国を代表する料理というのは……色んな人に食べられ親しまれているミトリ亭の料理だと思うからだ。


 他の国の魔王が口にするのであれば、それは私の館に来なければ食べられないような物ではなくて、私の国来てくれれば誰でも食べられる、皆が喜ぶ物を提供したいと考えたからだ。

 ただ美味しいからってだけで選んだわけじゃないってことだ。


「それは……そんな大役、私に務まるとは……」

「私は貴方のことをそれほど買ってるってことよ。いつもどおりの貴方の料理を作ってくれればそれでいい。もっと自身をもって引き受けてほしいんだけど……」


 しばらく深く悩み込んでいたミットラだったが……彼は決心したような目で私の顔をはっきり見て頷いてくれた。

 どうやら彼の気持ちははっきりと固まってくれたようだ。


「わかりました。このミットラ……お世話になっている魔王様のたっての願い……期待に答えられるかはわかりませんが、出来うる限りのことは致します!」


 決意してくれたミットラはグッと拳を握りしめて頑張るぞ! と力強くアピールしてくれた。

 これで料理の方は問題ない……というわけでもないが、少なくとも一段階目は突破できたと言ってもいいだろう。


「それでその食事会というのはいつ頃に……?」

「4の月クォドラの予定ね。作られた料理はアイテム袋を使って私自身が運んでいくことになってるから、ミットラの方はそういう事は気にしないで作ってくれていいから。

 何品かはいつもの料理を作ってくれればいいんだけど……一品だけ他では見られない、珍しい食材を使った料理が欲しいと言われたわね」

「珍しい食材ですか……」


 流石にミットラでも難しいか? と思っていたが、どうやらそれは考えすぎだったようで思いついたかのような顔でにやっと呟いてきた。


「それでしたら、アレしかありませんね」

「アレ?」


 はて……アレとは一体何なんだろうか?

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