83・鬼族の決闘場、わずかな余興
――9の月・ファオラ セツオウカ――
猫の耳としっぽがようやく消え、語尾の「にゃ」も自然と消滅してくれた。
アシュルはとても残念そうだったけど、私としては本当に良かったと思った。
あれが元に戻らなかったら私はリーティアスに帰ってもまともに喋ることも出来ずになるところだった。
その後、ファオラの13の日になり、いよいよ決闘当日。
図書館に通い、すっかり調子の良くなったアシュルとの訓練、セツキ王との雑談という日々を過ごしていたらいつの間にかこの日を迎えていたというわけだ。
決闘関連の書類は前日に全て目を通してサインも終えてるから、後は全力で戦うだけだ。
思い返してみればあっという間だったな。それだけこの国での時間が居心地良かったのかも。
他の国とは違ってお祭りなんかも体験したし、建築様式も城も服も何もかもが初めて。
図書館や決闘に向けての訓練もあって普段の町並みを見る機会はあまりなかったけど、実に新鮮だった。
「ティファさま、準備出来ましたか?」
朝、支度を終えた私を迎えに来た様子のアシュルは気合十分と言わんばかりの表情だ。
彼女も随分鍛えてきたし、後はその成果をカザキリに対しぶつけるだけ。
「ええ、アシュルも万全みたいね。どう? やれそう?」
「はい! ばっちりです! ティファさまにも情けない姿を見せないよう頑張りますね!」
威勢よく返事してくれてるアシュルににっこりと微笑み、彼女を連れてセツキ王の所に向かった。
何度目になるであろうか……入るときの挨拶をして中にはいると、相変わらずの王の間にはいつもの面子が勢揃いしていた。
「よく来たな、ティファリス女王。随分待たせてしまったな」
「ええ、でもそれなりに楽しませてもらったわ」
すでにある程度気軽に挨拶を交わす中になったんだけど、やはり決闘直前というだけあって多少ピリピリした空気が場を支配している。
どこか突き刺すような視線にそれを楽しんでる雰囲気。どっしりと構えているセツキ王はまさに魔王の風格というものを醸し出している。
「それなら良かった。俺様も招待した甲斐があったというものだ。さて。それじゃあ早速移動するとしようか……このセツオウカ名物『大闘技場』へ」
ゆっくりと立ち上がったセツキ王はカザキリやオウキとともに私達を先導するように歩いていく。
――セツオウカの大闘技場。鬼族がしみったれたことが嫌いで辛いことも苦しいことも楽しむのが信条だ。そしてそれ以上に戦いが好きな種族でもある。それがその大闘技場ということだ。
トーナメント形式で戦ったり、ランダムに組み合わせた対戦形式を延々と続けたりしていて、それに対して観客は誰が勝つか優勝するかで賭け事をしているのだとか。
ルールは決して殺さない事。武器は使用していいが、必要以上に攻撃をしない。観客席から攻撃や毒物を使用するなどの卑怯なやり方をしない事。
それが守れていれば比較的自由というのが大闘技場だ。
恐らくセツキ王の城に次いで大きな建物で、首都の鬼たちが相当数入れる程。
戦うフィールドは相当広く、必要に応じて専用のバトルステージを構築し、そこから落ちたら負けというようなこともするそうだ。
一応奥でも普通に見れるようになってるのが特徴だそうで、武闘会などを行う時は大勢の客が押し寄せてくるらしい。
その影響か、周囲には出店なども非常に多く、食事をするにも事欠かない。
私達が戦う場所はまさにそこ、というわけだ。
入り口にはオッズが公開されており、今日はアシュルとカザキリの戦い、明日は私とセツキ王になっている。
こちら側がアウェーなこともあってか倍率は高い。仕方ないんだけどね。
中に入ればそこには闘技場で戦う闘士用の通路と、観客席に行くための通路が交わってる受付が広がっていて、それだけでも大勢が収容できる作りになっている。これはここがいざという時の避難場も兼ねているからだとか。
受付の奥には大きな地下倉庫があり、水の魔石を使用して食材を冷やしている。それのおかげで長期間保存することが出来るようで、これについてはすごく参考になった。
保存と言えば塩漬け・燻製に加えて、わざわざ氷を作って冷やすというやり方をしていただけに、その話を聞いたときは絶対に真似してやろうと思ったほどだ。
闘士用の通路を進んでいくと控室があって、そこには一通りの武器に水に、軽く食べられるタイプのビスケットみたいなものと……まさに至れり尽くせりといった様子だ。
そして現在、控室にたどり着いた私達はアシュルの武器の点検をしながら戦いの前に最後の声掛けをしている、というわけだ。
久しぶりの戦いだというのに緊張の欠片も見えない、リラックスした様子だ。
「アシュル、思う存分やりなさい。貴女の全てをカザキリにぶつけなさい」
「はい!」
軽く身体を動かして準備運動を終えたのか、まっすぐ私の方を力強くもしっかり見てきた。
「ティファさま、私必ず勝ってきます! そしてその勝利をティファさまに捧げますね!」
まるでどこぞの騎士のような物言いをしてるけど、それだけ私の役に立ちたいという気持ちがにじみ出ているのだろう。
それなら私もその意気に報いらないといけないな。
「なら、貴女が勝ったらご褒美を与えてあげるわ。なんでも好きなこと一つ、ね」
「な、なんでもですか!?」
一体どんな想像をしたんだろうか、喜んだかと思えばうっとりして、顔を赤らめながら拳を握りしめたりと大忙しになった。
本当にコロコロと表情を変える可愛らしい子だ。
「ええ、私に出来ることならなんでもしてあげるわ」
「……わかりました。必ず勝ってみせます!」
どうやら余計にやる気をみなぎらせてくれたようで良かった。
そろそろ試合という名の決闘が始まる頃合いだ。私もここから通じる貴賓席に行かなければならない。
「それじゃあ私は行くわ。頑張ってね」
「はい! ティファさま、安心して見ていてくださいね!」
元気な笑顔を向けてくれるアシュルを背にして私は最も見晴らしが良いらしい貴賓席に向かうのだった。
――
「随分遅かったな。緊張していたのか?」
すでに座っていたセツキ王は、この国特有の桜の香りのする穀物酒である桜酒を片手にのんびりと熱気の籠もった会場を見下ろしていた。
随分と悠長に構えてるもんだ……っていうか酒も常備してるって本当に大きな倉庫みたいな場所だ。
「違うわ。勝った時の話をしてたのよ」
「はっはっは! そいつぁまた随分気の早い話だな」
大きな笑い声を上げて私が隣に座るのを横目に見ながら、細長く大きな盃に入った桜酒をゆっくり喉に流し込んでいる。
はぁー……と美味そうに息を大きく吐いて楽しそうにそのまま目を外に向け、眺めている。
思わず少し飲みたい衝動に駆られてしまった。それをセツキ王にもバッチリ見られたのか、なにやら含みのある笑いを向けて、新しい盃に桜酒をなみなみと注いで私に向けてくる。
「ほら、ちょっと飲んでみろよ。酒ぐらいイケるだろう?」
「……一杯だけね」
結局ほのかに香り立つ桜酒の誘惑に負け、受け取った盃の中身をゆっくりと傾ける。
――酒のアルコールは私には効果がないとはいえ、体の内側からこみ上げてくる熱さはたしかに感じる。
「コクッ…コクッ…んっ……ふぅーっ、中々上質のものじゃない」
「ははっ、だろう?」
一口、二口とゆっくり味わうように飲むと、より一層深い味わいが伝わってくる。
ほんのりと、まるで果物のように甘く優しい。口中に広がる桜の上品な香りがまた良い。
鼻と口の両方から楽しむ素晴らしさ。のどごしも非常に良く、酒というよりもそういう飲み物みたいな味わいだ。
酒には酔わない私でも、全身で感じるこの緩やかに感じる甘さに心を委ねたくなるほどの代物。こんなものがあるなんて思いもよらなかった。
「くくっ、どうやら気に入ってくれたみたいだな」
ふとセツキ王の声に我に返ってみると、いつの間にか盃の中身が空っぽになってしまっていた。
それを横目に見ながらにやにや笑って再び私の器に桜酒を注いでくれていた。
「あら、ありがとう」
「随分強いじゃねぇか。全く、尚更いい女だなお前は」
「褒め言葉として受け取ってあげるわ」
一杯だけのつもりがついつい酒が進んでしまう。
そうやって待っていたら、一際強い歓声があがった。
外ではアシュルとカザキリが場内に入り、互いに睨み合っているようだった。
審判役の男がなにか話してるみたいで、それに対し二人共受け答えしてるように見える。
「さ、そろそろ始まるみたいだぜ。酒の方もそろそろお開きだな」
流石に戦いを酒のつまみにする気はないのか、桜酒の瓶に蓋をした後、グイッと一気にあおり、盃の中身を綺麗に空にする。
私の方も悠長に飲んでいられない。少々名残惜しいけど、こちらも中身を一息に飲み干して、改めて外の方を見やる……と、セツキ王が今から始まることにワクワクしてる様子で話しかけてきた。
「ティファリス女王、この組み合わせ……どうみる?」
自信満々に聞いてくる辺り、最初に見た力量の差を知っていて聞いてるんだろう。
確かにあの時は私から見ても、アシュルはカザキリに勝てる見込みは少なかった。経験の差もそうだが、上位魔王の契約スライムとして過ごしてきた期間は向こうが圧倒的に長いしね。
だけど私は心配していない。ほんの少しだけど必死に、この期間鍛えてきたんだ。
私のとっておきの魔導も教えたし、上手く行けば善戦してくれるだろう。不利なのは変わらずとも、勝負はわからない。
「さあね。初めて会った時のままだったなら、カザキリの方が断然有利だったけど……今はもうわからないんじゃない?」
「ほう、言ってくれるな。契約スライムとしても未だ幼いアシュルに、俺様の長年の友であるカザキリが負ける、と?」
「その可能性は残されてるわ」
「くっくっくっ……はーっはっは!」
私の答えがさぞかし愉快だったのだろう。
しばらく大声で笑った後、より一層楽しそうにしているようだった。
「ならその実力、今回の決闘でしっかり確かめてやろうじゃないか」
「ふふっ、そうしてもらおうじゃない」
私の言葉とともに決闘が始まったのか、二人が互いに切り込みに行く姿が見えた。
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