32・魔王様、ちょっと微妙な事実を知る

 しばらく気持ちをリセットした後、もう一度会談の続きに行うことになった。

 流石に一旦場を離れただけあって、元の引き締まった空気に戻ってる。


「それじゃ、続きを始めましょうか。ケルトシル側の話はよくわかったわ。フェーシャの熱意も伝わってきたし、上位魔王へ対抗する為……というのであれば納得できる部分もあるからね」

「そうであればこちらも同じ意見だ。上位魔王の脅威は、もはやケルトシルの問題だけとは言えない」


 ケルトシルの面々に続いてジークロンド王も同意見か……。

 あいつの言葉を信じれば、彼もあの黒ローブに操られていたわけだから当然か。

 フェーシャの時と同じようにエルフの男が仕組んだのかもしれないからね。


「ワシもそこのフェーシャ王と同じく、どこぞと知れぬ者に操られた身。同じことがまたあるやもしれぬ。ヤツらからしたら小国かもしれぬが、ワシらにとっては大切な居場所だ」


 ジークロンド王の発言でフェーシャが同じように操られていたということで、まるで仲間を見つけたような目を向けていた。

 なんていうか、貴方はそれで本当に嬉しいの? とか聞きたくなるほど輝かしい感じで。


「強化されていたとはいえ、オーガル程度の輩に勝つことも出来ぬワシでは、これ以上国を守ることなど出来ないだろう。

 ならばこちらも強き王と共に道を歩むほかあるまい。悔しくはあるがな」


 そう話すジークロンド王の顔も、今度はどこか悔しそう顔をしてるように見える。

 一国の王が全く刃が立たず、他国の王の力を借りなければならないのだ。そういう表情にもなるだろう。


「わかった。貴方達の思ってることはよく理解したわ。

 ならば私もその覚悟に対して誠意を込めて答えていきたいと思う」


「それでは同盟締結ということでよろしいっすか?」

「私達はエルガルムの土地の開拓とかもあるし、しばらくはお世話になる形になるけどね」

「なに、別に構わぬよ。少なくともヌシには借りがあるからな」

「ボクもですニャ! ティファリス様には返せないほどの借りがありますニャ!」


 貴方ら一応王様なんだから個人の借りで動いちゃいけないでしょうというのは無粋だろう。

 今しばらくはこの二国の援助に頼りっぱなしになる同盟なんて名ばかりの状態になりそうだけど、いずれは、ね。




 ――




 書類の作成にはしばらく時間がかかる。

 三国で全く同じ物を作らないといけないわけだし、大体五日ぐらいかかるそうだ。

 ケルトシルとアールガルムでは距離が違うし、二ヶ月後、書類ができ次第もう一度ここに集まり署名式を行うことになった。


「ティファさま、お疲れ様でした」

「ありがとう。まさか向こうから同盟の話をしてくれるなんてね。願ったり叶ったりだけど」


 自室に戻ってきて一息ついていると、アシュルがやってきて、お茶の準備をしてくれている。

 本当はこれからまた書類整理をしなければいけないのだけど、今日くらいは休めと言われてしまった。私は別に構わないんだけどなぁ。


 コンコン。


 アシュルとのんびりティータイム楽しんでいると、誰かが扉を叩く音がした。


「ティファリス女王、居ますかにゃー?」

「その声はー…カッフェー?」


 さすがに来てすぐに帰らせるというのも体裁悪いし、ジークロンド王たちにも何日か館に泊まってもらうことになった。

 フェーシャが謝罪したことからまだわだかまりを残しつつも、互いに歩み寄ろうとしてるみたいだしね。


「いるわよ。入ってきなさいな」

「それじゃ、お言葉に甘えますにゃー」


 入ってきたカッフェーは護衛も付けずに一人で来てるみたいだった。

 夜も深まってきたこの時間にどんな用なんだろうか?


「私の館とはいえ、危ないとは思わないのかしら?」

「戦場で先陣切って突撃するような方に言われたくないですにゃー」

「よく知ってるわね。そういえば一番最初ここにやってきたときもタイミング良かったし、結構色々調べてるようね」

「今回はケットシーに聞きましたにゃー。当時の情報はちょうどボクの部下が、菓子折り持ってジークロンド王のお城に行ってましたからにゃー。そこで城壁の方に吹っ飛んでいった所を目撃してたにゃー」

「ああ、あの時か……」


 懐かしい。ジークロンド王と決闘したときの話ね。私がぶっ飛ばした時、人狼の他にも見てる子がいたようだ。全然気付いてなかった。


「魔王をあんな風にボコボコに出来る方の心当たりはそうそうないですからにゃー。すぐにフェーシャさまがごたごたを起こして……今思えばティファリス女王に会うことは、天命を受けたんじゃないかと思ってますにゃー」

「それ、ちょっと大げさじゃない? 確かにフェーシャは助けてあげたけど、別に評判を上げたわけじゃないし、ケルトシルでは相変わらずでしょうに」


 天命なんてそんな大それたものの一部にしないでほしい。それに、私はあまり神様が好きじゃない。どっちかというと嫌いな部類になってきてる。

 転生させてくれたとは言え、あんまりだったからね。


「そんなことありませんにゃー。おかげでフェーシャ王も治りましたし、上位魔王の脅威をより身近に感じることが出来ましたにゃー。本来でならぼくたちはそれに永遠に気づくことなく、国を掌握されていたと思いますにゃー」

「……」


 確かに、私が関わらなければフェーシャはそのままだっただろう。それにフェーシャからエルフの話を聞かなければ、上位魔王なんて薄い可能性の話の一つだろうし、後手後手の対応で手一杯になってたかもしれない。


「だからぼくは……ケルトシルはすごく恩義を感じてますにゃー。ティファリス女王がいなかったら国が国でなくなってたかもしれませんからにゃー」

「そんな大層なもの、感じなくてもいいんだけど。ただでさえ貴方は他国の者なんだから、あまり重いものを背負わせないでちょうだい」


「にゃは、まあまあ、慕われてる程度に思ってくださいにゃー。それはそうと、ケットシーはどうですかにゃ? 役に立ってますかにゃ?」


 笑いながら話を切り替えないでほしい。


「ええ、頭をなでたりもふもふしたり、結構癒やされてるわ」

「一体何をしてるんですかにゃー……」

「ちょっとした冗談よ冗談」


 いつかしてみたい願望ではあるんだけど。

 相変わらず眠たそうな目だけど、ちょっとだけ冷たい視線を感じる。

 本当に冗談なんだから、そんな目で見ないで欲しい。


「ケットシーはぼくが育てた者の一人ですにゃー。元々領主として働いてもらおうと思って鍛えてたんですにゃー」

「それじゃ私の元に来なかったら土地がもらえてたわけね。それは悪いことをしたかも」

「操られたフェーシャ様の共に行動したせいですにゃー。あの時点で領主にする話も消え失せていましたし、むしろ皮一枚繋がってよかったと思いますにゃー」


 あのときのフェーシャが駄々をこねれば、多分賢猫けんびょうの連中じゃ止められなかっただろうし、むしろなにかやらかした時に捨て駒として斬り捨てられてた可能性の方が高かったのかもしれない。


「ボクたちの国の領土にはかなり人口も増えてきていて、このままだと町の増加と共に管理が難しくなっていくことは見えてましたにゃー。そこで領主になりうる者を人選んで教育に着手してたんですにゃー」


 その一人にケットシーは選ばれていたというわけか。


「私としては良いこと聞いたんだけど、あの子はなんで今まで黙ってたのかしらね」


 ケットシーの性格からして、黙っていることなんて出来ないはずだ。

 なんてったってあのピリピリしたムードに耐えきれずに土下座しちゃう猫なんだから。


「多分忘れてたんじゃないですかにゃー。

 両国の魔王のにらみ合いに死ぬかもしれない。その後いきなり召し抱えられてよくわからない内にリーティアスの一人になってたわけですにゃー。あまりの展開に頭がついていけず……って感じですかにゃー」

「ああ……結構強引に勧誘したし、仮に覚えてたとしても伝えられなかったのかもしれないわね」


 あのフェーシャとずっと旅をしてきたストレスに加えてそれだったからね。

 もうケットシーにとっては、器から溢れ出そうなほど注がれた水みたいにいっぱいいっぱいだったんだろう。


「ぼくたちとしては一刻も早くリーティアスには立ち直って欲しいですにゃー。その後のことにも期待してますにゃー」

「……ええ、任せておきなさい」

「頼りにしてますにゃー。……あ、そういえばこの館の門にいたオークにはちょっと驚きましたにゃー」

「ああ、クリフね」


 カッフェーが言ってるのは以前エルガルムの裕福層がいた門を守っていたオークのクリフのことだ。現在は私の館の門を守ってて、真面目に働いてる。

 私の事を新しい王だと認めていたクリフはなんの文句もなく私に同行して、言うことを聞いてくれていて本当にありがたい限りだ。

 防衛部隊に組み込んであげたいんだけど、今はまだごたごたしてるからとりあえず門番として扱ってる感じかな。……このままだったらそのまま門番に就かせるだろう。


 ディトリアには少なからずオークを恨んでる者がいるし、敗戦国ということで扱いに不満を感じてる者もいる。オークの側にもこれからどうなるんだろうと不安を抱いてる者が多いことだろう。今は未だ揉め事とかは表面化はしてないけど、いつ問題が起こるかわからない。

 だからこそ私がオークのことを受け入れているというアピールしておこうというちょっとした下心も入ってる。少しでも効果があればいいんだけどなぁ……。


「中々頼りがいがある門番でしょ?」

「いやー……よくそこに配置しようと思ってにゃー」

「適材適所よ。働ける者がいるなら働かせないとね」

「にゃは、ボクたちじゃ考えられませんにゃー。でもいい考えですにゃー」

「でしょう?」


 その後二言三言交わした後、カッフェーは満足したのか「今日は有意義でしたにゃー。おやすみなさいですにゃー」とか言って部屋から出ていった。

 私はその姿を見届け、深紅茶を一口飲んでから今まで口を開くことのなかったアシュルに話しかけた。


「……アシュル、もう話していいわよ。というか別に黙らなくてもいいのに」

「重要そうな話ししてましたし、あまり関わっちゃいけないかな、と思いまして。

 それに魔王様に黙って付き従ってる副官……格好いいじゃないですか」

「そうね。表情も隠せていたらもっとかっこいいけどね」


 少なくともジークロンドとの会談の時のようなことはやめてほしい。

 ……それでもフェンルウみたいに場を白けさせるよりはよっぽどいいかも知れないな。


 さて、明日のためにそろそろ私も寝るとしよう。これからもっと忙しくなるだろうしね。

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