悪神のレリック

紅医

神官竜の更新Ⅰ


(噫、どうにも嫌な予感がする)

 フィルは、私物が少ないためやたらと広く感じる自室をふらりと一周見渡すと、一つしかない出入り口から部屋の外へ出た。

 何度自分で掃除するからいいと断っても女中に掃除されてしまう部屋は、いつも整然としており、余所余所しさを感じてしまい少し苦手だ。

 足早に邸の廊下を通り抜け、階下へと降る。途中、女中が何かを言おうとするのを手で制して、それも通り抜ける。どうせ朝食か何かの話だろう。

「やあフィル、おはよう」

 邸のエントランスに差し掛かったところで声をかけられる。逃亡失敗だ。

声をかけた本人、ハインツ・ラッドレスは、苦い汁を舐めたような表情で振り返ったフィルに首を傾げた。

「どうかしたかい?」

「いや、なんでもない」

 彼はフィルの義兄に当たる人物で、当家の次期当主という立場の人間だ。次期当主という立場に恥じない風格と実力を併せ持っている。

本人が意図したかは不明だが、ハインツは自然な動きでフィルの退路を塞ぐ位置へと移動した。

「本当に? 何か隠してない?」

 不審そうに服の上から腕や腹をつんつんとつつく。どうやら傷か何かを隠していると思ったようだ。

「つついても何も出ねえよ。じゃあ俺はもう行くぜ」

 半ば強引に話を切り上げ、エントランスを通り抜けようとしたフィルの腕を、ハインツがガシッと捕まえる。

「あ、ごめんね。今日これから緊急招集かけるから……シェオマは?」

 嫌な予感が的中した。

「まだ寝てんだろ……召集って何の?」

「細かい話は後でするとして……、君のお友達の吟遊詩人はいま王都に来てるんだっけ? ほら、何度かうちに泊まりに来た」

「ヘグ? 昨日戻ってきたときに一緒について来たからまだいるんじゃねえか? 全く関係性が見えないので簡潔に説明を要求する」

 ハインツは困ったようにうーんと小さく唸ったあと、フィルの腕を掴んでいた手をパッと放した。

「実は昨日、神官竜の更新をそろそろしようって話になってね。取り敢えず君にはヘグが何処かに行ってしまう前に捕まえてほしい! 頼んだよ」

「は? まさかあいつに神官を頼む気か? そりゃ無理だ、断られるぜ。やめときな」

 ヘグは天竜祖の血を引く天竜族の末裔である。竜族は人間に比べ長大な寿命を持つため、様々な歴史や物語を語り継ぐ吟遊詩人は適職であるといえるかもしれない。

「いいよ、頼むかどうか、説得するかどうかは捕まえてから王様が決めるから! よろしく! 私はシェオマを起こしてから王宮に合流するから」

 ハインツはフィルの背中をポンと軽く押すと、反論する余地を与えないまま駆け足で邸の奥へと消えていった。

「はあー、くっそ」

 この時間ならまだ広場か宿にいるかもしれない。そう考えて、フィルは急ぎ足で邸を後にする。



 先代の神官竜が死んだのは五年前くらいだっただろうか、詳しい死因は公開されていない。その後いろいろと事が立て込んでしまい、更新が後回しにされて今に至る。

 そもそも神官竜、竜族を神官に据えて具体的にどうするのかというと、祭事や行事に際して少しばかりお言葉を頂いたり、役職が割り振ってあったりするという程度のことなので、言わばお飾りだ。昔は国力を示すような意味合いもあったようだが、今では象徴的な側面が大きく、いないからどうなるというようなことはあまりない。後回しにされたのも、その緊急性の低さ故だろう。

 フィルは王宮を正面に見据えることのできる中央広場へと足を運んだ。ヘグは王都に来るとこの広場で演奏することが多い。

 ぱららら、ぱらら、と広場にリュートの音が響く。どうやらいま演奏が始まったところらしい。

割り込んで止めるのも野暮なので、フィルは観客に紛れて演奏が終わるのを待つ。

 踊り子の服の布面積を増やしたような服装の、中性的な姿をした男が噴水の前で座ってリュートをかき鳴らしている。ふわふわした質の金の髪が小さく揺れた。本人曰く、何百年も前から外見はずっとこの青年の姿のままらしい。

 語りは遠い異国の英雄譚だ。齢十四で悪政の王を打倒し国を建てたとか、なんとか。

 フィルがだんだん眠くなって、ふわぁと小さく欠伸をする。しゃらん、と最後の音を鳴らし終わったヘグがそれを見て困ったように微笑んだ。

 それから、小銭の雨と程よい拍手喝采が止み、観客が散り始める。

「話はつまんなかったかい、お客さん」

「あーあ、つまらん。英雄譚は苦手だ」

 フィルはヘグの周囲に散らばった小銭を幾つか拾って手渡す。

「あいどうも」

 ヘグは受け取った小銭を腰から下げた小袋に仕舞い、リュートを抱えたままよいしょっと立ち上がった。

「それで、僕に何か用かな?」

「用がなければ来ない」

「それもそうだ」

ヘグが抱えたリュートから手を離すと、リュートは光の粒子となって中空に消えた。

 これは彼が首から鎖でぶら下げている銀の環「奏鳴環」に起因する「実物を見たことのある楽器を喚び出すことができる」能力であるらしい。

 これは魔法道具としてはかなり異質な類のもので、ハインツですら原理がさっぱりわからないと言っていた。

 ヘグ曰く、約二千年ほど前にそのほとんどを消失、無効化された神代の遺物の残り物「残存遺物」と呼ばれるものの一つである、とのことだ。

「来てくれ、なるべく手間は取らせないように努める」

 フィルは小さく溜息を吐いて、正面の王宮を見上げた。

「おや、来てくれと言うわりに乗り気じゃないね」

 ヘグはフィルの後をついて歩く。

「まあ……時間の無駄だとは思うが、付き合ってやってくれ。他ならぬハインツの頼みだしな」

「構わないよ。時間ばかりはたくさんあるからね。それに、他ならぬ君の頼みだ。無下にするわけにはいかないさ」

「助かる」

 フィルは正面の城門を迂回して裏手に回ると、裏門の門番に軽く手を上げてそのまま門をくぐり抜けた。

「顔パス」

 揶揄うように笑うヘグに、フィルはチラリと視線だけやった。

「一応、階級はラッドレスの子息……貴族扱いだからな」

 すれ違った衛兵に挨拶し、裏門から一番近い裏口を開けて建物内に入る。本来は使用人が使う裏動線だ。

「と、言うわりに裏から入るんだ」

「イチイチ表門開けさせるのが面倒くさい」

「裏動線を使う理由にはならないね」

 確かに、使用人用の通路にずかずかと踏み込んで歩くのは、貴族の子息としてマナーが悪いかもしれない。

「表の廊下を歩くと目立つからな」

「なるほど、一理ある」

 フィルは北部の平民の出である。

 十数年前、王都より北の一帯アプフェル地方の北側にある、ごく小さな田舎村が何者かの襲撃により地図から消えるような事件があった。現在ではアプフェル事件と呼ばれるその事件は、場所が場所であったため救援が間に合わず、生存所ゼロで解決されることなく今に至る……と、表向きにはそうされている。

「未だに王宮には慣れないな」

 その〇人の生存者のうちの一人であるフィルが表の廊下へ出る通用口を少しだけ開けて向こう側の様子を窺い、通行人がいないことを確認してから素早く外に出る。

「なんか泥棒みたい」

 ヘグが声を潜めてくすくすと笑う。

「コソコソしないほうの、いわゆる給料泥棒みたいなのなら沢山いるけどな……」

 フィルは、広々とした豪奢な廊下を早足で通り抜け、突き当りにある大きな扉をごんごんごんと乱暴にノックした。申し訳程度についている金属製のノッカーは無視される。

「どうぞ」

 部屋の中から落ち着いた、穏やかな声で返事があったので、フィルが扉を開け中へ入り、ヘグも後へ続く。

 奥行きのある室内には長机と、それを囲むように椅子が配置されている。会議用の部屋だ。

「おはようございます王様」

 入って数歩進んだ位置でフィルが姿勢を正す。

「おはよう、フィル」

 並べられた椅子のうち、奥とも手前とも言い難い中途半端な席にポツンと腰掛ける、高貴だが気さくそうな人物。

 ニール・グラディウス・ヘルドニア、現国王である。御歳三十五。

「どうも、お初にお目にかかります。吟遊詩人のヘグと申します」

 ヘグは緊張した様子もなく、普通にペコリと頭を下げる。

「はじめまして、貴方の話はフィルからときどき聞いてたよ。一度話してみたいと思っていたんだ。とりあえず好きな席に座ってくれ」

 王様に椅子を勧められたヘグは、音もなくスルスルと部屋の奥へ進み、

「では遠慮なく、失礼します」

王様と対面で向かい合う席に腰掛けた。

遠慮なさすぎだろ。

 フィルは喉まで出かかった言葉をそっと飲み込む。そして、

「ええと、父さ……ラッドレス卿、おはようございます」

 部屋の隅に突っ立って紙の束――おそらく仕事関係の書類と思われる――を熟読する赤髪の男に目をやる。

「ああ」

 赤髪の男、ガーヴィン・ラッドレスは書類から顔を上げずに生返事だ。

 彼はフィルの義父に当たり、義兄弟であるハインツ、シェオマの実父、宮廷魔導士の家系であるラッドレスの当主でもある。年齢は王様より一回りほど年上らしい。

「ガーヴィン、お客さん来てるんだから挨拶くらいしなよ」

「ああ」

 生返事しかしないガーヴィンに、王様が小さく溜息を吐く。

「まったく、座れって言っても座りやしないし、お客さんに挨拶しろって言ってもしないし……。もうアレのことは置物か何かだと思っていいよ」

 ヘグが、にっこりと笑う。

「良いんですよ。おじさん、僕のこと苦手だから」

 ガーヴィンは手元の資料を素早くぱらぱらと捲ると、足早に入り口から見て手前に当たる席まで移動し着席した。

「お前も座れ」

「あ、はい」

 ガーヴィンに声をかけられたフィルは、ヘグの座った席から一つ空けて手前の席に着く。

「えっ? なにそれ! おじさん? えっなにそれ!」

 王様はやや興奮気味に、ヘグとガーヴィンの顔を交互に見比べた。

「五月蠅いぞニール」

ガーヴィンは不機嫌そうに書類に視線を落としたままで、ヘグは黙ったままニコニコと微笑んでいる。

「えーなにそれ……うっわー気になる、王様その辺の事情めっちゃ気になる……」

 王様が大きな独り言で残念がっていると、フィル達が入ってきた方とは反対側、部屋奥の扉が勢いよくバタンと開いた。

 ムスッとした表情のまま入室してきたのは、齢十二、三と思われる金髪の少年。その半歩後ろには、背の高い金髪の青年が控えている。

「あっ、おはようございます皆さん」

 後ろに控えていた青年のほう、細身の剣を腰に佩き、ブルーの制服を着た、王室親衛隊所属のカラム・フォレスターがにこやかに手を振る。

「やあおはよう」

 王様だけが笑顔で手を振り返す。

「アルフレッド、挨拶」

 少年は、王様に促されると、渋々といった風に、ぼそぼそと挨拶をした。

「おはようございます……」

「おはようございます、皇子」

「おはようございます」

 ガーヴィン、ヘグがそれに対し返事をする。

「はい、よくできました。好きなところに座って良いよ」

 少年、ヘルドニア王国第一皇子、アルフレッド・グラディウス・ヘルドニアは未だ不機嫌そうな表情のまま、奥の方の席へ着いた。

「今日は一段と不機嫌だな、モナ。何かあったのか?」

 モナ、というのは皇子の愛称である。フィルは、リラックスした様子で机に頬杖をついた。

「何でもないし……放っておいてよ」

「なんだよ、またカラムにいじめられたのか」

 皇子の後ろに立っていたカラムが、小さく溜息を吐いた。

「なぜ俺」

「だってお前いつもモナのこと不機嫌にさせとくの得意じゃん」

 カラムとフィルは剣の師匠が同じ、いわば同門の兄弟弟子という関係である。現在もときおり二人でつるんでいる。

「身に覚えのない特技を勝手に増やすな」

 フィルが何かを言い返そうとしたところで、部屋の入口の扉が外から三度叩かれる。

「はいはい、どうぞー」

 王様が緩く返事をすると、扉が静かに開かれる。

「大変お待たせしました」

 申し訳なさそうなハインツがまず顔を出し、

「おはようございます……」

 眠さと不快さの入り混じった表情の弟、シェオマがその後に続く。

「遅うございます」

 フィルが半笑いで皮肉気味の挨拶を返す。

「うるせえ」

 シェオマは眉間に皺を寄せたまま、つかつかと部屋の奥へ進み、ヘグとは反対側のフィルの隣に着席した。

「ほら、ハインツも座って」

「あ、はい。すみません」

 王様に促され、ハインツも部屋の手前の方、ガーヴィンの隣の位置に着席した。

 ハインツが着席したことを確認すると、王様が立ち上がってぱんぱんと手を叩いた。

「よし、これで皆揃ったかな。朝から突然呼び出してすまない。私はこのあと公務で立て込んでいてね。早速だが本題に入らせてもらう」

そう言うと、王様は正面に座っているヘグに視線を落とした。

「そろそろ神官竜が空位になってから五年ほど経つわけだけれど、いいかげん更新を後回しにするのは様々な状況を鑑みても、よくないと思ってここに君達を招集させてもらった。まずフィルのツテがあるってことでヘグにお願いしようと思ったんだけど、どうだろうか」

ヘグはスイッと顔を上げ、王様を見つめ返す。

「申し訳ありませんが、僕は吟遊詩人です。一つの場所に留まり定住することも、神官としての仕事をすることもできません。期待されていたようでしたら、悪いのですがお断りさせていただきます」

王様はヘグの返事に、特に残念そうにすることもなくうんうんと頷いた。

「構わないよ。勝手なお願いをしているのはこちらだからね。そこで更に聞きたいのだけれど、君の知り合いとかで神官になってくれそうな人とかいないかい? お恥ずかしながら先代が亡くなってから竜族に対するコネクションが無くなってしまってね」

ヘグが真剣な表情で首をかしげるのを、一同が黙って見つめている。

「うー……ん、元々、竜族は横の繋がりが人間に比べてかなり稀薄です。ほぼ無いと言ってもよい。先代の神官竜にどのようなツテがあったのかは存じあげませんが、竜族同士のコミュニティのようなものがあるとお考えなのであれば、それは改めていただけると助かります。その上で、幾つか意見を述べさせていただけるのならば」

「公式に御触れを出して神官竜を募集する、というかたちが最も可能性が高いでしょう。竜族は、人と同じ姿で人々の中に紛れ、さも人間であるかのように振る舞い、生きていく者が多数です。もし王国全土にこのような御触れを出せば、それは必ず複数の竜族の目に留まるはずです」

「もしくは、そうですね。公募ができない、ということでしたら、場所に一つだけ心当たりがあります。現在どうなっているかは、僕もよく知りませんが…」

ふんふん、と立ったまま頷いて聞いていた王様が、ストンと椅子に座った。

「丁寧な助言、感謝する。諸事情あって公募は避けたいんだ。とりあえず貴方の心当たりの場所というのを当たってみたい。教えていただけるだろうか」

ヘグが、小さくふうっと息を吐く。

「ヘルドニア王国領、エッシェ地方森林地帯です。あそこには過去に、竜族に所縁のある者達の集落がありました。ただ、かなり昔のことになるので、現在はどうなっているのかわかりません」

「へえー、そんな場所に。カラム、聞いたことある?」

王様が、皇子の背後に立つカラムへと目をやる。森林地帯を含むエッシェ地方全域はカラムの父、フォレスター卿の領地である。

「いや、ありませんね。ただ、森の奥の方になると地元の人間でも滅多に立ち入らないので、可能性としてはあると思います」

カラムは手を後ろに組んだ状態で、事務的に答える。

「一口に森といっても、膨大な土地面積があるので。しかし、それ故に闇雲に探しては見つけるのは難しいでしょう」

「へぁー、なるほどね」

真剣な表情とは裏腹に、間の抜けた声を出す王様。

「テキトーに捜査隊送り出して遭難されても困るしなぁ。とりあえず近隣の都市で…あ、ガーヴィン、君の占いで目星とかつけられないの?」

ガーヴィンは気難しそうな表情のまま座っている。

「ニール。もう今までに八十九回程言ったが、占術は千里眼とは違うぞ」

「えー」

残念そうな王様を差し置き、ガーヴィンが懐から取り出した動物の骨でできた立方体のダイスを二つ、机上に転がす。

「…五と三だ」

ハインツが立ち上がり、転がっていったダイスの目を読み上げながら拾い上げる。

ハインツからダイスを受け取ると、ガーヴィンは腰から下げた布製のブックケースから革装丁の本を取り出し、バラバラとページを捲る。

「五と三、両方奇数だな…」

目当てのページを探し当てると、羊皮紙に書き連ねられた文章の上に軽く手を添え、ぶつぶつと何やら唱えた。

「…………、…、………」

開かれたページの表面が薄らと光を放ち、しばらくして消える。

ガーヴィンは本を閉じて仕舞うと、人差し指と親指で眉間をぐりぐりと何度か揉んだ。

「血の匂い、血…か、もしくは出血を伴う負傷。ただし死人は視えない。音、これは水音だ。量が多い、恐らく泉か川。良いものか悪いものかは分からない。光を遮られて影が落ちている。上に何かあるかもしれない」

 眉間を押さえたまま、何かを示唆するような内容を訥々と述べる。

「悪くは、ない……はずだ。意思のようなものは感じるが強い悪意は感じない」

 ガーヴィンが言葉を切ると、フィルがガタッと音を立てて立ち上がった。

「俺が様子を見に行こう」

 王様がよく分からないという表情でフィルを見上げる。

「えっ? フィル今ので何かわかったの?」

「いや、分からないけど……多分血の匂いは俺だと思います。俺が行くべきです」

 キッパリと断言するフィルに、王様が苦笑いを返す。

「なんかほら、自分の体は大事にしなよ?」

「努力はします」

 フィルの気のない返事と共に、隣のシェオマが立ち上がった。

「俺も行く」

 それに対しハインツが少し不安そうな顔をしたが、特に何かを言うことはなく、黙って座っていた。

「うーん、じゃあ僕もついて行こうかなあ。言い出しちゃった手前、行かないっていうのも何か悪いし」

 ヘグも静かに椅子を引き、その場に立つ。

「えー、うーん。じゃあちょっと、様子見だけお願いしちゃおうかなあ。ちろっと様子だけ、見てくるだけでいいからね」

 王様が少し考えたような表情で、必要書類を纏めておくから明日まで待って、と三名を座らせた。

 話が終わりかけたところで、皇子が背後のカラムを肘で突いて、言った。

「おい、お前も行け」

 全員がそちらを見る。

「無茶言わないでくださいよ、王室親衛隊の仕事があるんですから」

「構わん。お前の代わりならいるし、行ったついでに里帰りでもしてくるといい」

 困惑した様子のカラムに、王様がにこりと微笑みかける。

「そうだね、土地勘のある人間がいた方が調査がスムーズだし、お願いしようかな。それで、親御さんに顔を見せてくるといい。お給料はちゃんと出すから安心していいよ」

 カラムは心なしかげんなりとした表情で頷いた。

「かしこまりました」

 話が纏まると、王様は再び立ち上がってぱんぱんと手を叩いた。

「はい、皆さんありがとう。緊急会議はこれで終わりだ。各自通常の業務に戻ってくれ。調査に向かうメンバーは明日一日休みを取って良いので旅支度を整えておくこと。順調にいけば明後日に出発できるといいかな。ヘグにはこちらで部屋を用意するのでそちらに泊まって行ってくれ。以上! 質問があれば後で個別に……間に合わない! ガーヴィン、行くぞ」

 王様は慌てた様子で、ガーヴィンを伴って皇子が入ってきた方の奥の扉から退室した。

「定例会議、今始まったところだな。遅刻だ」

 皇子が、宝石をあしらった銀細工の懐中時計を眺めながら呟いた。

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