おかえり。
「……ミイラさんお願いっ! 私の願いを叶えて!」
『……やめておけと言いたいところだが……君の願いならば聞かねばなるまい』
……あの時、私は全てを放りだして自分の願いを叶える為に動いた。
結果的にセスティ様達との同化を無理矢理解除する事になってしまった。
あまり時間が無かったからああするしか無かった。
そして、無理矢理解除されたみんなはその場にバタバタと倒れてしまって……私のせいで本当にごめんなさい。
だけど、おかげでなんとか間に合ったよ。
「……ミイラさん、じゃなかった……ジェミニさん、ここは……どこなんでしょう?」
『分からぬ。どうやら先ほどまで居た世界とは完全に別の場所、なのであろうな……』
周りには見た事もない植物がにょきにょき生えていて、草むらの向こうをこれまた見た事もない生き物が走っていくのが見えた。
「……別の世界、ですか」
土壇場でアルプトラウムはあの世界に見切りを付けて他の世界へ逃げた?
いや、多分違う。別の世界で傷を癒し、力を蓄えたらもう一度帰ってくる気だったのかも。
少し歩くと私の探し物はすぐに見つかった。
「まったく、貴方を追いかけてこんな所まで来ちゃいましたよ。どうしてくれるんです?」
「……ヒールニントか……ふふ、笑うといい。実は思いのほか消耗が激しくてね、私はこのまま消えてしまうだろう。ここまで逃げてきたというのに残念だ。こんな事ならばあそこで彼女らに滅ぼされた方が綺麗に終わる事が出来たかもしれない」
綺麗に終わる事が出来たかも? 何を言ってるんだこの人。
「ふざけないで下さい。ハーミット様は私が治します」
「……断言しておくぞ、私は回復したら新しいこの世界を遊び場にするだけだ。それでも君は……」
だから何を言ってるんだこの人。
「あの、貴方は黙っていてくれます?」
「……?」
不思議そうな顔をされても困る。
こうなったら練習の成果をしっかり発揮して、話はそれからだ。
「君が何を言っているのかよく分からないが……」
「お前は黙ってろって言ってるんですよ!」
私は上半身だけの彼を抱えつつ、その顔面に思い切り拳を振り抜く。
「ぐはぁっ……! は、はぁ……はぁ……な、なる……ほど、これは、興味……深い」
「黙れ。……ハーミット様、今すぐ治しますからね」
私はハーミット様を取り戻す為にどうしたらいいのかをずっと考えていた。
私の為にアルプトラウムと同化してしまった彼を救い出すには体の中からアルプトラウムを追い出すしかない。
私はジェミニさんに協力してもらって一つの身体の中にある精神体を追い出す術を磨いた。
混ざり合っているのならばそれを分解してあるべき姿に戻して要らない物を追い出せる力を。
ジェミニさんが言うには、私の治癒の力を応用し、そこにジェミニさんがサポートをすれば可能らしい。
それが分かったら私はどうすればいいのか聞いてひたすら練習した。
治癒の力を使ってその人の中にある精神体すらも元の姿へ戻す。二つ混ざっているのならそれぞれのあるべき一つずつの精神体へと再生させる。
そして、ジェミニさんの力を借りて無理矢理身体から弾き出す。
人間で試す訳にいかないから人の気配の無い森の中で木を相手に練習し、気が付いたら一面木々がへし折れていたりしたっけ。
でも私は不安だった。本当に成功するのか。私にできるのかって。
そんな時だ、私の目の前にこれ以上ない程のサンプルが降ってきた。
ショウグンとキャメリオ。
ショウグンさんには悪いけれど、私は彼を実験台にする事にした。
キャメリオは既にだいだらぼっちに力を吸い取られていて瀕死だったので、落ち着いてゆっくりと試す事ができたし、結果、その身体から追い出す事に成功した。
勿論追い出したキャメリオはぷちっと始末して、ショウグンさんだけになったその身体を治癒。
何故かそれをだいだらぼっちが吸い込んだから、って思われてしまったみたいだけれど、私はまだ自分の力の事を他の人に話す段階じゃないと思ってたから秘密にしていた。
だってそれでジェミニさんが怪しまれたり、面倒な事なっちゃったら困るもん。
そして、やっと。
やっとこの時が来た。私が彼にしてあげられる唯一の事。
これが私の生まれてきた理由とさえ思える。
彼の身体からアルプトラウムを追い出し、ジェミニさんの力も借りてハーミット様を治療。
失われた手足の復元は私だけだともっと時間がかかっただろう。本当にジェミニさんが一緒に来てくれて良かった。
「ハーミット様、ハーミット様! 起きて下さい」
「……そんなに大声出さなくても聞こえてるよ」
彼は、上から覆いかぶさるようになっている私の髪の毛が顔にかかるのを鬱陶しそうに手で払う。
そしてゆっくり立ち上がり、地面に転がっているアルプトラウムを見下ろした。
「……惨めなもんだな」
「ふ、そうでも……ないさ。君と同化していた時間は、非常に……有意義だった。自らも駒として、とても楽しい、日々だった」
「自分を駒にしてそのザマじゃ世話ねぇぜ」
ハーミット様はいったいどういう感情なのか……その表情からは読み取れなかった。
「……自らの、命が危ぶまれる状況、こそが……楽しいんだよ。それに最後の、最後に……最高に楽しい驚きを与えてもらったしね。私と、同化していた君に、なら……分かるだろう?」
アルプトラウムがちらりとこちらを見て笑った。
「……まぁな」
ハーミット様が肯定すると、アルプトラウムは満足そうに笑った。
「ヒールニントを助ける為とはいえお前と同化したのは俺の意思だから受け入れていたし、こんな日が来るとは思って居なかった。……お前と一緒の時間も悪くは無かったよ」
ハーミット様は困ったような、それでいて少し優しく、足元のアルプトラウムを見つめていた。
「それ……は、光栄……だ……ね」
『アルフェリア。安心して下さい。一人では逝かせませんよ』
「ファウスト……そうか、最後の攻撃の時に……」
『もう喋らないで。私達に言葉は要らないでしょう?』
「……お互い、気の強い女性に愛されて……難儀な……ものだね」
『「余計なお世話です!」』
私と、ファウストという人の言葉を聞いてハーミット様とアルプトラウムが視線を合わせ、くすりと笑う。
私は、なんだかほんの少しだけこの二人の関係性が羨ましくなってしまった。
「では……共に行こうか」
『ええ、アル』
その言葉を最後に、アルプトラウムの身体はサラサラと粉のようになって風に舞った。
きっと、ファウストさんも一緒に。
「あれだけダメージを受けていた所に俺と分離しちまったから……もう身体を保つ事も出来なかったか。神様ってやつも死ぬ時はあっけないもんだな……」
ある意味自分の半身としてしばらく一緒に居た相手が消えた。
ハーミット様はそれが未だに少し不思議みたいで、自分の手をぎゅっと握ったり開いたりしながら体の動かし方を確かめているようだった。
「……ヒールニント、お前はこれからどうするんだ? 俺を追いかけてこんな所まで来やがって……ほんとに馬鹿な女だよ」
「馬鹿じゃありませんー! 馬鹿じゃないからここまで出来たんですよ? 何があってももう離しませんからね!?」
「……やっぱり、馬鹿だよお前は」
ムキーッ! と私が彼に猛抗議を展開しようとした時だ。
「もう離さない、なんて……こっちの台詞だろうが……」
「えっ、それって……」
「うるさい、何でもない。それよりこんな訳の分からない世界でこれから二人っきりなんだぞ? お前ももう少し危機感を持てよ」
知らない場所に二人きり。
その言葉が私の脳に雷を落とした。
『おい、私も居るんだが』
黙っててください。今それどころではないので。
『それに臓器はこちらへ持ってきたから力はあるし、ジェミニアとのリンクもまだ切れてはいない。元の世界に戻る事も出来るぞ』
……ちょっと、ほんと黙っててくれません?
『何故だ……? その男を取り戻し元の世界に戻る事が目的だったのでは……?』
元の世界にはいつでも戻れるんですよね?
『うむ。それは大丈夫だが……ここに残る意味など……』
「ヒールニント、どうした?」
「いえいえ何でもありません! 少しこの世界を二人で巡ってみましょうよ♪ もしかしたら人が居るかもしれないし、誰も居ないかもしれない」
「まぁ、男の冒険心ってやつは正直かなりそそられるよな。異世界なんてさ」
さっきまでアルプトラウムと同化して暴れ回っていたのが嘘みたいに、子供のようなキラキラした瞳で彼は新しい世界を見渡した。
「そうですよね♪ もし誰も居なかったらこのまま二人で人類を繁栄させるっていうのも面白い気がしますね♪」
「いやいや。さすがに何もない世界に居てもしょうがないからな。散策はしつつ、元の世界に帰れる方法は探そう。俺は諦める気は無いぞ。面倒でも、付き合ってもらうからな?」
そう言ってハーミット様は、私の知っているその眩しい笑顔を見せた。
つい、我慢できなくなってその胸に飛び込む。
「おい、ヒールニント……?」
「……ハーミット様、私と結婚してくれるんですよね?」
「なっ、……あぁ、お前アレを見たのか」
「そりゃ見ますよ。それに間に受けますよ。ずっと私は……」
ハーミット様は私の身体をぎゅっと強く抱きしめてくれた。
ごめんなさい。ハーミット様……本当は、すぐにでも元の世界に戻る事も出来るんだけど、もう少し……もう少しだけ、貴方と二人だけの世界を楽しませて。
「そう、だな。じゃあ元の世界に戻れたら、結婚しようか」
「……それ、本当に戻る気あるんです?」
面倒になってそんな事言ってるんじゃないよね?
「言っただろ、俺は諦めないってさ。必ず戻ってお前と結婚する。たとえ何年かかってもだ」
「分かりました。そういう事なら話は別です。今すぐ帰りましょう。そして結婚しましょう!」
「えっ、……えぇぇ??」
『えぇぇぇ……??』
私はジェミニさんの声を無視しつつ、困惑する彼の手を取り、目の前に時空の穴を開け、ぴょんとそこへ飛び込んだ。
「ヒールニント……お前さぁ……」
「約束は、約束ですからね♪」
「ふっ……お前は本当に大した聖女様だよ」
「それは光栄ですねー♪」
アルプトラウムの最期の言葉を借りたら、ハーミット様はお腹を抱えて笑い出した。
私は、ずっとずっとこの笑顔に会いたかったんだ。
……そして。
『ふむ、ここは随分遠い場所に出てしまったな。あの王国まで転移するかね?』
だーめ! ジェミニさんがジェミニア……メアさんに会いたいのも分かるし、その臓器とかいうのをセスティ様に返さなきゃいけないのも分かるけど私はもっとゆっくり二人旅がしたいの!
『いや、この臓器は元々私の物だが……』
その辺は後でいろいろ考えればいいでしょ? 私はもう力とか要らないし。
「ハーミット様、多分ここはニポポンですねー。二人でのんびり帰りましょう♪」
「そうだな、まずは王都方面にでも行って、それから……」
……この夢のような時間が少しでも長く続きますように。
勿論、彼と一緒に居られるのならば私にとってそれは永遠なのだけれど。
私達はそれからしばらくニポポンを観光し、いつの間にか大陸間を繋ぐように動いていた観光船でロンシャンへ渡る。
直接ユーフォリアへも帰れたんだけれどロンシャンに立ち寄りたいとハーミット様が言うから、私も観光気分でオーケーした。
それが間違いだった。
ロンシャンの街中であのきつねの人に偶然ばったり出くわしてしまって、ハーミット様も後ろめたい気持ちがあるのか「一緒にこないか?」とか言い出して、あの子はあの子で「い、いいの……?」みたいに乙女の顔しちゃって、なんなのこいつ! いい訳ないでしょーが!
なんだかんだと三人であちこち漫遊したり、ハーミット様の顔を見るなり「貴方が神か!」とか「我が神!」とか言ってくるヤバいやつらを蹴散らしたりしながらたっぷり一年半近くかけて王国へたどり着くと、メアさんは私に飛びついてきてむぎゅっとしてくれた。
「心配したのよ!? ヒールニント……無事で良かったわ」
「いろいろあって……その、ごめんなさい。お、お、お……おねぇ、ちゃん」
彼女に会ったらそう言おうと決めていた。緊張してもごもごしちゃったけど。
「……もう一回言って」
「お、おねぇちゃん!」
『「ヒールニントぉぉぉっ!」』
メアさんは余程嬉しかったのかとっても喜んでくれた。メアさんだけじゃなくてロザリアさんの声も聞こえたけどなんだこれどうなってんの?
意外だったのは、王国の人達は想像以上に平然としていて、狐娘を見てもあっさり受け入れちゃうし、ハーミット様を見ても気にしなかった。アルプトラウムじゃないってもう分かっているのかもしれないし、事前に私達の目撃情報が入ってたのかもしれない。
だけど、王国の数人は……。
「悪かった、悪かったってば! 痛いって!」
「問答無用!」
これはアシュリーさん。杖を振り回してハーミット様の頭をぽかぽか叩く。
「この馬鹿っ! 心配したんですからね!?」
これはナーリアさん。物騒な銃を鈍器にしてぼかぼか叩く。
ナーリアさんの傍にはステラさんと、見た事ない可愛らしい少女がいて、興味深そうにその様子を眺めていた。
「ちょっ、おいヒールニント、こいつらに
なんとか言ってやってくれ!」
「えー、でもこればっかりは仕方ないですよ。多分少し叩かれておいた方がいいんじゃないですか?」
「裏切者っ! おい、にゃんこ! お前なら俺の味方をしてくれるよな?」
「そ、その……これからお世話になるなら、良い子にしておいた方がいいかなって……」
「お、おまえら……!!」
そしてハーミット様は、笑顔の女子にぼかぼか殴られっぱなしだった。
なんだかちょっと腹立ってきたから私も混ざろうかなって思い始めた頃、その人が現れる。
「……随分遅いお帰りねデュクシ」
セスティ様がとなりにメリニャンさんを伴って現れた。
「ひ、姫ちゃん! この二人がっ、いてっ! 見てないで助けて下さいっすよ!」
「……」
セスティ様は無言でにっこりとハーミット様に笑いかけ、その身にオロチを纏う。
「姫……ちゃん?」
「ちょっと殴らせて」
「い、いや……俺今普通の人間なんで、姫ちゃんに殴られたら普通に死ぬんすけど……」
「奇遇ね♪ 私も今普通の人間なのよ。だからへーきへーき」
「いやいやいや、普通の人間はヤマタノオロチを身に纏ったりしないっすよ!」
「つべこべうるせぇぇぇぇぇっ!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
……私と出会う前のハーミット様はこんな感じだったんだなぁって、ちょっとほっこり。
私が知ってるクールでカッコいいハーミット様も素敵だけれど、みんなと楽しそうにしてるデュクシなハーミット様も可愛い。
隣を見ると、悔しいけれど私と同じような事を考えていたのか狐娘のラニャンコフが優しい目で彼を見つめていた。
「あっ、やべ……ヒールニント! デュクシを治してちょうだい!」
セスティ様がちょっと焦った口調で私を呼ぶ。
自分だって回復魔法使えるのに私を呼ぶって……そんなに酷いの?
全身からぷすぷすと煙をあげているハーミット様を治療していると、彼は目に涙を溜めながらケラケラ笑いだした。
精神的におかしくなったのかと心配したけどそうじゃないみたい。
「あー、姫ちゃんにボコボコにされるのも久しぶりだ……。俺達、本当に帰ってきたんだな」
「セスティ様にボコボコにされてそれを実感するなんてハーミット様ってそういう……?」
「デュクシは前からそういう所あったわよね。ご褒美とか言ってたし」
セスティ様は口を尖らせて懐かしそうに呟いた。
「……ハーミット様、それほんとです?」
「ばっ、そんなんじゃないっすよ! あっ、……そんなんじゃないって!」
私にまで変な口調で言いかえしてしまい、慌てて言い直すのを見てその場にいた全員が笑った。
お腹がよじれるくらい。
「あははっ、ほら、ハーミット様。立って下さい。……セスティ様に言う事があるでしょ?」
「ん、あ……あぁ、そうだな」
今更クールなフリしてもダメなんだよなぁ。可愛いなぁこの人。
手を貸して彼を立たせたけれど、頭をぽりぽり掻くだけでなかなかその一言を言い出さない。
仕方ないので背中をトンと叩いて一歩前へ押し出した。
「うわっ」
ハーミット様はちょっとだけ恨めしそうにこちらをチラっと見て、覚悟を決めたように一度大きく深呼吸をする。
そしてゆっくりと、噛みしめるようにその一言を口にした。
「姫ちゃん、その……た、ただいまっす」
「……おかえり、デュクシ」
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