魔王様とディレクシアの血筋。


「ど、どどどどうされましたかっ!? 私が何か失礼を!?」


「う、いや……気にしないでくれたまえ。確かに君にとって私は大叔父か……なるほど、そうか……自分が子供も居ない身なのでね、娘が出来たような気持ちになるのかなと思っていたのだがどうやらもうちょっと先へ飛んでしまったようだ」


 ああ、この人はいきなりおじいちゃんと言われたような気持ちなんだろう。

 ご愁傷様ってやつだ。


 王様はしばらく頭を手で押さえて呻いていたが、メイドを一人呼んで食事を下げさせ、今後の事について話し始める。


「兄の日記に書いてあったんだ。兄が王をやっていた頃、とある女性と恋に落ちた。身分の差を嘆いては居た物の、兄は君の祖母を王室へ向かえるつもりだった」


「私のお祖母ちゃんが……当時の王様と……?」


「ああ、だが兄は身分を隠して君の祖母と付き合っていたようでね。……そんな折、大掛かりな魔物討伐作戦が開始される事になった。当時からディレクシアに魔物は入ってこれなかったが、近隣に大量の魔物がわいたと情報があってね」


 俺としては魔物が悪さをしていた話を聞くのは少し胸が痛い。

 昔の事なのだから仕方ないが。


「その時騎士団が二部隊程別の案件で動いていたので、こちらは王が直接指揮をとって殲滅に当たった……のだが、一通り殲滅が終わったと皆が油断した頃、地面を掘って潜伏していた魔物に背中から一突き……だったらしい」


 王様は懐かしむような、寂しがるような複雑な表情をしながら語り続ける。


「あまりに唐突に死んでしまってね……場は騒然としたそうだよ。なんでもその時騎士団の隊長が一人責任を感じて自害したとか……」



 守るべき相手を守れずに自害……か。

 よくある、とは言わないが気持ちはわからんでもないな。


「まぁその話はいい。とにかく兄が急死し、おそらく君の祖母は何も知らないまま、兄に捨てられたとでも思ったかもしれないな」


「……そう、かもしれません。母に口を酸っぱくして言われたんです。男を簡単に信じてはいけない。痛い目を見る事になる。疑って疑って、それで万が一騙されたとしても、この人になら許せると思える相手を見つけなさいって」


 それは……どっちだ? 男に騙されたという教訓を自分の娘に言い聞かせ、それがレオナに伝わったという事なのか……それとも。


「それを話している時の母はとても優しい顔をしていました。きっと祖母も、悪い感情は持っていなかったんだと思います」


 この人になら騙されてもいい。そう思える相手だった、って事か。


「兄も随分と愛されていたようだな。私にはいつも意地悪ばかりする兄だったが……確かに、優しい人ではあったな」


「そうですか……おばあ様は……愛されていたんですね。本人に聞かせてあげたかった……」


「すまない。私もそんな事があったと全く知らなかったのだ。まさかあの朴念仁の兄が身分を隠して恋人を作っていようとは……」


「……話しは大体分かりました。それで、私は……どうなるのでしょうか……?」


 レオナは怯えたように声を震わせながら、それでもしっかりと王を見据えた。


「君は兄の孫であり、王族直系の血を引いている。そして、私には残念ながら妻も子供もいない。急にこんな事を言われても困ると思うが、君には私亡き後、この国を統治してもらう事になるだろう」


 みるみるうちにレオナの顔色が青くなっていく。

 そりゃそうだ。いきなり一般人が王様やれって言われたらこうなる。


 俺も一応、だが身に覚えはある展開だからちょっとは分かってやれるが、俺とは決定的に違う事は、レオナが本当に力もない一般人だという事と、支えてくれる人が隣に居ない事だ。


「無理……です。私に、国を治める事なんて……」


「無論、そういうであろうとは思っていたよ……。そうだな、この場に君達が居るのはとても都合がいい」


 そう言って王がニヤリと笑いながらこっち見てくる。やめろこっち見んな。嫌な予感しかしねぇ。


「ここには偶然、魔物の国を統治する王様が来ているのでね、必ずや君の力になってくれるだろう。仲良くしておくといい」


「まっ、魔物の王!?」


 レオナが俺の方へ振り返り、腰を抜かして地面にへたり込んだ。そしてそのままザカザカと地面を這うように後退して壁にぶつかり止まる。


「そんな怖がらなくてもいいだろう? 俺はちゃんと人間だぞ」


「男だか女だか分からない体だけどね?」


「余計な事言うんじゃねぇ」


 メアは俺をからかうようにケラケラと笑った。


「元魔王はお前じゃねぇか」


「元魔王!?」


 レオナは「ひぇぇぇ!」とか変な声をあげながら壁伝いに出口の方へ逃げようと張って行く。


 そして……入り口の大きな扉まで辿り着き、扉を開けようと体重をかけた。


 王が止めようとしないって事は別に問題は無いって事か? 鍵でも締まってんのかな?


 しかし、簡単に扉は空いてしまう。


 おい、さすがに止めないと……。


 と思った矢先、レオナは扉の向こうに居た人物と衝突。


「いだっ!」


「な、なんじゃぁ? セスティが居るから来いと言われて来てみれば……この者はどこの誰じゃ?」


 めりにゃん!? 王の奴いつの間に呼んだんだ? 通信機を使う様子は特になかったが……思念だけ飛ばすような方法でも?


「お、王様! この、この角とか羽根とか尻尾とか生えた女の子は……」


「ああ、その人は魔王の奥方だ。失礼の無いようにな」


「魔王の……嫁……」


 呆然とするレオナに近付く奴が一人。


 彼女、ヒールニントは後ろからぽんぽんと肩をたたき、とてもにこやかな表情とは似つかわしくない平坦な声でこういうのだ。


「あきらめ……ましょう?」


 そしてレオナは気を失った。

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