魔王の嫁は山へ爺狩りに。


「な、なんじゃなんじゃ!? ここはどこじゃっ!! アシュリー、セスティはどうしたのじゃ!?」


「悪い。あの場所に置いてきた」


 アシュリーが突然わしとショコラの腕を掴み、どこかへ転移した。

 セスティだけ虫の群れの中に残して……。


 せっかく初めての共同作業じゃったのにどうしてくれるんじゃ。


「納得のいく説明……してくれるんだよね?」


「ああ、あの場所にセスティだけ残してきたのは……言い方は悪いが囮だよ。あいつなら死にゃしないだろうしな」


 囮……? 何の説明も無くセスティだけをあの場に置いてきたというのか?


「怖い顔するな。ちゃんと理由はあるから。あの虫ども多分いくら倒しても次から次に沸いて出るぞ」


 ……どういう事じゃろうか? 倒しても沸いてくる……つまり、それは自然発生した虫では無いという事じゃろうか?


「あの場所に転移した時に、ごくわずかだけど視線を感じた。魔法で遠隔投影でもしてたんだろうぜ」


「私達を誰かが見てた……? そいつが虫を?」


 ショコラはセスティの心配などする気配もなくアシュリーに淡々と返事をしておる。


 まったく、こいつらはセスティが心配ではないのか?

 確かに殺しても死なないような奴じゃが……。



「申し訳ないがあの場で説明したら全部筒抜けだったろうからな。かといって虫を放置する訳にもいかないから奴を置いてきた。多分なんとかしてくれるだろう」


「すると……儂らは儂らでやる事があると?」


「そういう事だ。あの虫は人工的に作られた、或いは召喚された類の何かだろうぜ」


 となると儂らがすべき事はその主を倒す事か……。


「セスティなら大丈夫だとは思うが早めにケリをつけてやった方がいいだろうな。あれは魔物でも魔族でも無かった……多分面倒な相手だが、このメンツなら」


「もう分かったからさっさとそいつぶち殺しに行こうよ」


 ショコラは完全に切り替えが完了したらしく辺りを警戒し始める。


「話が早くて助かる。こういう時戦力としては頼りになるからな」


「……褒めても何も出ない。それとも夜にたっぷりお礼してあげようか?」


「うへぇ……それは勘弁してくれ」


 アシュリーとショコラはどんどん二人で話を進めていってしまう。

 儂だけ置いてけぼりになってしまいそうなので儂も諦めて切り替えるとするかのう。


「で、その虫の主が居る場所は分かるのか? 無策でここに飛んだ訳じゃないんじゃろう?」



「当たり前だ。もう逆探知は済んでる。相手にも気付かれてる可能性はあるけどな。だから一端別の場所でアンタらに説明する必要があったんだよ。いきなり行って困惑してるところを狙い撃ちされたら私はともかくアンタらが困るだろ」


 なるほどのう……セスティを置いてきたのは許しがたいが、相応の理由があったのならば仕方ない。それよりも早くその相手を倒してしまおう。


「では案内を頼むのじゃ。一気に片付けてしまおうぞ」


「おう、あっちも迎え撃ってくる可能性も考慮しとけよ? じゃあ行くぞ」


 再びアシュリーが儂たちの手を掴み、転移。


 視界に映ったのは眼下に広がるエルフの集落じゃった。


「ここは……山頂じゃな」


「ぼんやりするな。すぐに来るぞ!」


 アシュリーの言葉に振り向けば、そこには一人の老人が立っていた。


 杖をつき、ボロ布を纏って、よろよろとした足取りでこちらに歩み寄る。


「ジジィ、そこで止まれ。あの虫はお前のだろ?」


「はて、何を言うておるのかわからんのう……わしは山菜を取りに来た普通の爺じゃて」


「てめぇみたいなジジィが居るか!」


 老人に、アシュリーは問答無用で炎魔法を放った。


「おほほほっ。短気は損気じゃぞい? 親に教わらなかったのかのう?」


 老人が何をしたのか分からないが、魔法は奴の目の前で霧散した。文字通り、空気に溶けて消えて行った。


「一応聞いておいてやる。なんでエルフの集落を狙った?」


「それに応える義務があるとは思えんのう? ひっひっひ……しかし儂の所まで来た褒美にこれだけは教えてやろう。帝国の再建、じゃよ」


 ……帝国? 再建……? どこか失われた国の者か?


「帝国ねぇ。大層な夢があるのはいい事だが、生憎とこの世界に帝国と呼ばれた場所はロンシャンしかねぇよ。まさかこんな場所でロンシャンの再建なんか考えてるわけじゃねぇだろ?」


「ロンシャン? そんな辺境の小島などどうでもよい。それにしても無知とは罪よのう」


 老人は顎髭を撫でながらアシュリーを見て笑う。どうやらそれがアシュリーにはたまらなく不快だったようじゃ。


「無知……? この大賢者アシュリーを刺して無知だと……?」


「ほっほ。大賢者だかなんだか知らんがフェイテバリス帝国も知らぬような小娘が冠していい肩書ではないのう」


「フェイテバリスじゃと!?」


 それは、その名前は聞いた事がある。


「むむっ……お主、フェイテバリス帝国を知っておるのか? これは口を滑らせてしもうたな……どのみち生きて返すわけには行かなくなった。恨むでないぞ」


「おいメリニャン、フェイテバリス帝国ってなんだ? 私はそんな名前聞いた事もないぞ」


「それはお主が無知だからじゃろうてひひひっ」


「ジジィは黙ってろ!」


 フェイテバリス帝国……それは神話の時代にこの地に栄えていたと言われている神の使いの住まう国。


 既に失われた筈の、人の記憶や記録からも失われている筈の国を、何故今更……?


 これは、面倒な事になってきおったぞ。

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