隠者はなんかムカつく。
立ち上がったきつねこはどう見ても手足がぐんにゃりと曲がったままなのだが……。
不気味な事に、綺麗に修復して行く訳ではなく、何やらバキボキと音を立てながら体内の骨を無理矢理矯正していくかのように元の形へ戻っていく。
「なんだいその化け物は……まさか魔王が送り込んできた刺客かい……?」
ババァは今間違いなく魔王、と言った。
その時点で少なくとも魔王側とは敵対する存在なのが分かる。
このババァの見た目は本当にただの小さい老人……頭の半分以外は。
逆円錐の上に乗っているババァは、頭の真ん中あたりから右目の下あたりまでが爛れていて妙な器具が取り付けてある。
「いててて……やっと身体が元に戻った……自分の身体ながら気持ち悪い」
きつねこが回復した頃、ババァがニヤリと厭らしい笑顔を見せる。
「回復したところ残念だけれどもう一度潰れておしまいなさいな」
「うーっ、ここだーっ!」
きつねこはさっと左に飛び、今までいた場所の地面がずどんと抉れる。
「……偶然かい? それとも……?」
「どんな攻撃が来るか分かってれば勘で避けられる!」
『おい、なんだかとんでも無い事を言っているぞ』
くくくっ。これだからあいつは面白い。
全てを感覚だけでやってのける。
全てはノリと勢いって事だ。
『理解に苦しむね』
俺達が理解できない相手なんてそういるもんじゃないぜ。こいつはそれを提供してくれる。
「おりゃおりゃーっ! どんどんきやがれ全部かわしてやる!」
「馬鹿言うんじゃないよ! そんなまぐれが何度も……冗談じゃろう!?」
ババアはきつねこの言葉をまともに聞かずに次から次へと地面にクレーターを作り、きつねこはそのすべてをにこにこしながら耳をピコピコさせつつかわしていく。
野生ってすげぇな。
『野生、か……確かにあれは本能による部分が大きいからね、その言葉が一番しっくりくるかもしれないよ』
「ババァてめぇこのやろう! その顔面引き裂いてやるからな!!」
どんどん迫るきつねこを見据えながらも顔色一つ変えず、ババァはその短い腕を天へ掲げた。
次の瞬間、空気中の水分がババァの眼前に凝縮され、塊に……いや、それでは済まない。
さらに水は膨れ上がり、小さな湖分くらいの水量が生まれる。
ババァはクイっと指先だけきつねこに向けて曲げ、大量の水が巨大な砲弾のように彼女へ放たれる。
途中でそれは爆散し、激流となってきつねこを押し流した。
「ぶぼぉぉぉっ!! わだじを……なべるなぁぁぁぁぁっ!!」
『ふはははは!! 見ろ、凄いぞ!? ちゃんと見ているか!?』
お前が見えてるなら俺だって見てるようるせぇな。
『いや、それにしたってあれは凄いぞ! あの行為自体が凄いと言うよりあの発想が面白過ぎる』
正直言うと俺も驚くと言うよりは笑いを堪えているような状態だった。
きつねこは、その濡れてしぼんだ九本の尻尾をバタつかせながら激流を、昇っていた。
『きつねこの川のぼりとはまた風流だね』
適当な事言ってんじゃねぇよ。
さすがにこれにはババァも驚いたようで、ちょっと焦ったような表情を浮かべた。
「ただの体力馬鹿の獣だね……」
さらに水流は勢いを増すが、それを物ともせずにひたすら激流昇りを続け、ついに障壁にたどり着き頭をぶつけた。
「いでっ!! 畜生なんだよこれ!! ぶっ壊してやる!!」
泳ぎながら障壁をガインガインとその鈎爪でひっかく。そして、少しずつだが亀裂が入り始めた。
「おいおい冗談だろう? なんて暴力的な狐なんだい」
ババァは障壁を一気に解除、そして激流も止めた。
「うっ、うわぁぁぁっ!」
必死に泳いでいたきつねこは空中に放り出され手足をバタつかせながら落ちていった。
頭から地面にごいんっと落下してのた打ち回る。
『君はああいう残念な所が気に入っているのだろう?』
うるせぇ。
しかしあのババァの正体が分かってきたな。
『そうだね。アレはおそらく古都の民だろう。何故今も生きているのかは分からないが』
神の時代が終わりを迎えた頃、神の子飼いの兵たちはこの世界に散り散りになり、子孫を増やし人の中に紛れていった。
そうやって血は薄まって行く訳だが、こいつは純血か、或いは生き残りか……。
しかしそれだけでは説明が出来ない。禁術は神の宝物庫辺りからくすねていた可能性もあるだろうが……。
立ち上がった彼女に容赦なく数々の魔法が降り注ぐ。水系が多いが、炎系をメインに使う
きつねこにはちょっと相性が悪いかもしれないな。
水を数々の槍に変え、それが一斉に上空から降ってきたり、避けようとしたところに足元を沼地に変えられたり。
ババァの所まで辿り着いたはいいものの一切攻撃が出来ずにいた。
『このままではきつねこ娘がやられてしまうぞ?』
別に、俺は手を出さないって約束だっただろうが。
『君はそれでいいのかね?』
……なんかムカつくな。
『もう一度聞くよ? 君はそれで』
うるせぇよ。
いいわきゃねぇだろうが。
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