魔王様とメアリー・ルーナ。


「さて、じゃあ細かい事考えないで二人がかりでボコっちゃおう」


「そういう事を臆面も無く言ってのけるあたり貴女も大したものね」


 お姫様からお墨付きを頂いた。


「私はね、気に入らない奴と悪い奴とぶっ殺したい奴に気を使ったりしない主義なんだよね」


 ロザリアは私の言葉に一瞬だけ顔をしかめてから、「良い性格してるわ」と笑った。


 あれだけ魔族の人達を使って遊んでいた人に言われると複雑な気持ちだけれど、嘘は言ってない。


 だって私が苦労してここまで積み上げてきたものをぶっ壊そうとする人なんてどんな手を使ってでも懲らしめなきゃ気が済まないでしょ?


「残念だけれどこちらも一人ではないの」


 魔族王とやらがそう言って片手を横に伸ばす。その手首から先は……無くなってる。


 おそらく別の場所に繋がってるのだろう。よく見ればその手の先にある空間には亀裂が入っていた。



「さぁ、出てきなさい。私の可愛い子供たち」


 ずるりと、手が空間の裂けめから引き抜かれる。


「グルルゥアァァ!!」


 ……悪趣味にもほどがある。

 私が人の事言えたもんじゃないかもしれないけれど、あれは間違いなくギルガディアだ。


 私が木に変えて置いてあったギルガディア……彼のその姿は、とてもこの世の物とは思えない程醜悪になっていた。


 だって頭が四つくらいあるし腕なんてわらわらついてるし足だっていっぱいある。

 しかもそれが本来あるべき場所にはついてなくて、ぐっちゃぐちゃにされていた。


「ウオォォォン!!」


 その叫び声は、私にはただひたすら生を嘆いているようにしか聞こえなかった。


 やっぱりあの時ちゃんと殺してあげるべきだった。

 私があそこで殺さなかったから、ギルガディアはこんな目にあっている。

 私のせいで、命を冒涜されている。


「あらあら……あれは複数体の魔族を無理矢理合成した成れの果て……と言ったところかしら。なかなか面白い事をするわね」


 ロザリアはあんな状態の彼を見ても顔色一つ変えず、むしろ嬉々として笑っていた。


 この人の本質もきっと善ではないだろう。

 だけど、今はそんな事どうでもいい。戦力にさえなってくれるのならば。


 ……それに、私だって過去にした事を考えれば間違いなく善などである筈がないのだから。



「お願いがあるんだけど。あの魔族は私が相手をしたい」


「別にいいわよ。私も丁度あの魔族王さんにいろいろと思い知らせなきゃいけないと思ってたところだから」


 魔族王相手にロザリアは大丈夫だろうか?

 そんな心配をしても仕方がないのは分かっているが、私が合成魔族と戦っている間は一人で相手をしてもらう事になる。


「……出来るだけ早くそっちに合流するから」


「それはどうぞご自由に。だけど……分ってるの? アレはただの魔族の合成体じゃないわ」


 ……それはなんとなくだけど感じていた。

 強力な魔族を無理矢理合成して一つの獣としたところでこんな圧は生まれないだろう。


 きっと、何か余計な物を混ぜてる。



「貴女達にもこれの異質さが分かるようね? ちゃんと楽しんでもらえるようにこの子たちにはアーティファクトを適当に七個くらい詰め込んであるから……きっと楽しいお遊戯ができるわよ……くくっ♪」


 邪悪に笑うその表情は、口元しか笑っていない。

 目が笑っていないのだ。


 その視線の先にはロザリアが……。

 当のロザリアも魔族王を射殺すような視線を送っている。


 きっと当人たちにしか分からない因縁でもあるのだろう。


「御託はいいからそろそろ始めましょう?」


 ロザリアの言葉を切っ掛けに、場の空気がピリっと張り詰めたような気がする。


 私も戦闘態勢に入り、今まさに合成魔族へ向かって飛ぼうとしたその時だった。


 魔族王が戦闘開始を告げ、私は混乱した。


「さぁ、始めましょう! この王国最後の日、魔物の終焉を……! この魔族王メアリー・ルーナが全てを滅ぼしてあげるわ!」


「……えっ?」


 それはもうパニックだった。

 一瞬で頭の中が真っ白になった。


 目の前にあの魔族が迫っている事さえ気付かない程に、私は狼狽していた。


「グルガギャァァァァッ!!」


 目の前いっぱいに幾つもの手が広がる。

 一つは私のお腹を思い切り殴り、また一つは私の頬を切り裂き、また一つは私の太ももを鋭い爪でくし刺しに。


 腕のついている場所がバラバラだった為に私が初撃で受けたのはその三発だけだったけれど、瞬時に元通りになっていく身体とはうらはらに心は乱れ切っていた。


「……どういう事なの? 貴女が、メアリー……」


 私の問いに答える者は居ない。

 あちらも既に戦いが始まっていた。


 あの魔族王が、以前魔物達を統べていた魔王メアリー・ルーナだとしたら。


 私は一体何者なのだ。


 私は、今までずっと魔王メアとして、この国をよりよくしようと、争いの無い平和な世界を作ろうと……必死に……。


 だというのに、私が魔王では無い?

 じゃあ誰?


 どこの誰かも分からない馬の骨が魔王を気取ってこんな勝手な事をしてきたというの……?


「誰か、教えてよ……」


 私の願いも空しく、合成魔族が鋭い牙で私の肩に噛みつき、腕をもぎ取っていった。


 あれはきっとギルガディアの頭部だろう。

 今にも泣き出しそうな声をあげながら、私の腕を咀嚼している。


「そうだね。自分が自分で無くなってしまうのは悲しいよね……」


 分るよ。すぐ、楽にしてあげるから。

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