ぼっち姫、交差する過去と今。


「……はぁ、怒ってるかな……怒ってるよなぁ……」


「当たり前」


 私の傍らにはむすっとした表情のショコラ。

 ちょっと訳アリでショコラだけ連れてその辺に転移させてもらった。


『我も居る事をお忘れなきよう』


 ……うわ、こいつ人の心まで読むのか。

 面倒だな……壊しちゃおうかな……。


『まずその物騒な思考回路をどうにかして頂きたい』


「うるさいなぁ。私だって困ってるんだよ。貴方は大体事情分かるでしょ?」


『……肯定。しかしこのような逃避行をしたところで……』


「分かってる分かってる分かってるっての。うるさいなぁ……」


 正直私は今どうしたらいいのか全く分からない。


 結果的に記憶の扉は開いた。

 完全では無いにせよ、ある程度は思い出した。

 サクラコさんと出会ってからの記憶も消えていない。


 以前の私と今の私、それが同時にここに存在している。


 それがどういう事か分かる?


 今までの自分を思い出してしまったら今の自分ではいられない。

 だけど今の自分も確かにここにあって、どちらが本当の自分なのか分からずにいる。


 ショコラは大体今の私の状況を把握してるみたいだからあの場に残して来る事が出来なかった。


 仕方がないから連れてきた。


 だけど今は連れて来てよかったと思ってる。

 だって私一人じゃきっと考えが良くない方向に向かうだけだし、話し相手が欲しかったから。


『だから我も居る事を忘れないで頂き』


「うるせぇなぁ」


 ほんとなんなんだこの剣は。

 アーティファクトなのもメディファスなのもメイディ・ファウストなのも分かったけど、正直厄介でしかない。

 まさかこの剣がこんなに厄介な代物だったなんて……。


 心まで読めるとなったら何を考えても筒抜けだし、どんなに秘密にしたい事だってすぐにこいつにはバレてしまう。


『一応状況はある程度理解しています。現状を把握したからと言ってこちらから何もしませんよ』


「そんなのは分かってるし何かしようとしたらまっさきにぶっ壊すから」


『……我は何もしません。約束しましょう。しかしこの状況で貴女は一体何をしようと言うのです?』


 わかんねぇよ。

 分かんない。


 分からないけれど今の私が皆の輪の中に居てはいけない事だけは分かった。


 だから逃げた。


 本当なら一人で逃げたかったしもう二度と誰とも会わずに過ごしたい。


 このまま死に絶えてしまいたいとすら思う。


 自分が何をなすべきなのかが分からない。

 神様を倒せばいい。

 それは分かる。


 私個人の感情としても倒したいと思う。

 倒したいと思うようになった。


 ふざけやがって……。

 いくらなんでも目に余る。

 自分が楽しみたいって理由でどこまでもふざけた事を繰り返す。

 我慢には限度と言う物があるのだ。


 だから、少し痛い目にあって貰わないと気が済まないのは確かだ。


 だけど……私はどの面下げてどの立場として戦えばいい?


 正直な感情としてはみんなの輪の中に入るのは本当に無理。

 だとしたら一人で戦う?

 それで勝ち目があるの?


 分からない。何も分からないよ。


 私の中ではいろんな事に対する感情が爆発しそうになっていて限界が近い。


 イライラしてむしゃくしゃして何でもいいから八つ当たりがしたい。


 何も考えずに感情の赴くまま暴れ回りたい。


 こんなに自分が悩みを抱える羽目になったのも全部あいつのせいだ。

 この世界のせいだ。


 何もかもを破壊しつくしてやりたい衝動にかられるけれど、私には守りたい人が出来た。


 それが仲間だったり、キャンディママだったりする。


 本当に私は弱くなってしまった。

 感情がコントロールできない。


 以前の私はどうやって強い意志を持ち続けていられたんだろう。

 分からなくなってしまった……。


 いろんな出来事があった。

 サクラコさんと出会っていろいろ面倒を見てもらったし、カエルさんにも助けてもらった。ロンシャンでは闘技場を半壊させちゃったのにリンシャオさんはなんだかんだと世話を焼いてくれた。


 ロンシャンで過ごした日々は確実に私の中に良い思い出として残っている。

 近所のおばさんも、セクハラおやじも、みんないい人ばっかりだった。

 キャンディママだってそう。こんな私にとっても優しくしてくれて、母親ってこういうものなんだなって初めて思えた。


 私には何よりもそれが一番嬉しかったんだ。

 私を愛してくれる人が居るんだって。

 その事がとても嬉しかった。


 抱きしめられた時のあの温もりを覚えている。

 私が求めていたのはこういう事だったんだなって心から思えた。



 だから、私は裏切りたくない。


 私がどんな状況になってしまったとしても、私が好きな皆の事を裏切りたくはないのだ。


「結局これからどうするつもり? 目的地はあるの?」


 ショコラが私を睨みながら言う。


「ええ。もう少しだけ付き合ってちょうだい。一緒に来てくれる?……ローゼリアへ」


 彼女は私を睨みつけたまま、無言で頷いた。

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