大賢者は怒りが治まらない。


「おいメディファスどうなってる!?」


『いや、確かに記憶の解放には成功した筈……いや、これは、まさか』


 姫がメディファスを手に取り、小声で何かを囁いたのが見えた。


「……ねがい。……しだけ……から」


「何をぶつぶつ言ってやがる。記憶は戻ったのか? 戻ってねぇのか?」


 なんか様子がおかしい。


「ううん。思い出しそうな感じはあるんだよ。だけどいろいろごっちゃになってて……ね、メディファス」


『……そ、そうですね。恐らく長い間封印されていた記憶が解き放たれた事によって、それ以降の記憶と混ざり混乱が生じている可能性が高いです』


 人の記憶の構造なんてさすがに分からないが、そういう物なのだろうか?


『おそらく……これに関しては時が解決するかと思われます』


「まぁ、それならいいけど……。とにかくここでやるべき事が終わったなら一度帰るか。もう転移も使えるようになってるみたいだしな」


 この遺跡に入った時から感じていた妙な違和感というか気持ち悪さが消えている。

 おそらく遺跡としてのメディファスが活動を止めたからだろう。


「……」


「おい姫、何ぼーっとしてやがる」


「えっ、……あ。う、うん……じゃあ戻ろうか」


 やっぱりまだ混乱してんのか?

 いろんな記憶が自分の中から沸き上がってきて、今女として生きてるこいつには衝撃が大きすぎるのかもしれないな。


 ショコラも姫の様子をじっと見つめている。

 そりゃもう怖いくらいに。

 自分の兄としての記憶が戻るかどうかの瀬戸際ならそれも仕方ないのかもしれないが、睨みすぎだろうが


「……ん、なんでもない。ちょっと気になる事が多くて」


 私の視線に気付いたのかショコラが気まずそうに目を逸らす。


「じゃあとりあえずあっちの連中と合流するぞ。メディファスあの扉開けてくれ」


 この部屋は相変わらずあの大きな扉で塞がれているのだが、メディファスならば……。


『困難。既にこの遺跡と完全に切り離されている為我の権限だけでは開ける事が不可能』


 なんなんだこいつマジで使えねぇな。


「だったらメイディ・ファウストに開けろって伝えろ」


『残念ながら今は休眠中のようです。我の力で開けるにはおそらく数十分を要するかと』


 そんなに待ってられるかアホ。持ち主がアホの子なら剣もアホだアホ。


「だったらもういい。お前には頼らん! せっかく復活させたっていうのに姫の記憶は曖昧だわ扉も開けねぇわどうしようもねぇな」


『貴女の暴言には主と違い愛が足りない』


 アーティファクトが愛とか言い出しやがった……。


 これだから意思のある道具なんて面倒なだけなんだよ。

 道具は道具らしく使い手に力を引き出される存在であればいいんだ。


 そうすれば使い手次第でどうにでもなるというのに……。


 嘆かわしい事にこのアーティファクトは意識を持ち、今やそれが自我と呼ぶに相応しい個性を出してやがる。

 尚且つその中にもう一人、しかも神を内包しているときやがった。


 規格外、計算外、ついでに論外。

 こいつの事を考える必要はあるが、なんだか不毛な気がするので思考を放棄したい衝動にかられる。



「しょうがねぇな。私が転移魔法使うからお前ら近くに来い」


 姫とショコラが私の両脇に来たので、転移魔法を発動し扉の向こうへ。



「姫っ!! 姫は何処ですか!?」


 私の目に飛び込んで来たのは、大声で叫び散らすナーリアだった。


 なんでこいつがここに居るんだよ……。

 転移アイテム使ってわざわざ追いかけてきたのか……?

 どうせ情報元はライゴスあたりだろう。

 後でお仕置きが必要だな。


「セスティはもうすぐ戻るから落ち着くのじゃっ!!」


 騒ぎ散らすナーリアをメリニャンが必死に抑えている。こいつも大変だなぁ。


「お、アシュリー、戻ったのじゃな! ではセスティの記憶の方は……?」


「ん? あぁ、とりあえずまだ完全じゃないが記憶の封印を解く事には成功したみたいだ」


「姫が、姫がすぐそこに居るんですね!?」


「……あの、お姉様は……まだ中ですの?」


 ……は?


 メリニャン、ナーリア、シリアの視線が私だけを捉えている。

 いや、それだけじゃない。変な蛙もサクラコとかいう変態も。


 私は間違いなくきちんと転移魔法を使った。

 既にジャミングは無い。

 失敗する筈がない。


 なのに……。


 なのに何故、扉のこちら側に転移してきたのが私だけなんだ?


「……クソがっ!」


 再び私は部屋の中へ転移するが、そこには既に誰も……。


「いったいどうなっておるんじゃ!? おいアシュリー! セスティは、セスティはどこへ行ったのじゃ!?」


「姫はどこに!?」


「お姉様……? 私を置いて……?」


 あぁもうめんどくせぇしうるせぇ!!


 私の後を追ってメリニャンが残り全員をこちらに転移させてきた。


 蛙は大人しい。一番まともじゃねぇか……サクラコって変態は黒焦げ状態から復帰したみたいだが、口数は少ない。

 何が起きてるのかをきちんと吟味してるんだろう。思ったよりは知的なのかもしれない。


 それに引き換えこっちはどうだ。

 姫信者とショコラ信者のどうしようもなさと言ったら目も当てられない。


 しかしあの二人はどこへ行った?


 何らかのトラブルの可能性は低い……と思う。

 この遺跡に干渉してくる奴がいるとは思えない。

 アルプトラウムについてもここで絡んでくる理由が分からない。


 姫の記憶を取り戻させたくないから、という可能性もあるが……。



 いや、ショコラに渡した通信アイテムの反応を辿れば居場所は分かる。

 もし神に拉致られたなら一瞬で接近し、すぐにかっさらって逃げる必要がある。


 ちゃんと計画を練った方がいいな……。


 そこで気が付く。


 部屋の片隅。

 私がショコラに持たせていた通信アイテムが無残な姿で転がっているのを。


 これは……確信犯だ。

 敢えて私の追跡を振り切る為に通信アイテムを破壊している。


 姫とショコラは何らかの理由でこの場から姿を消した……?


「あの野郎どもめふざけやがって!! 見つけ出してぶっ殺してやる!!」

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