絶望戦士は生き方を改めたい。


 結局のところ俺は愛に餓えているのかもしれない。


 別に劣悪な環境で生きてきた訳じゃない。

 だけど、恵まれていた訳でもない。


 いや、金銭的な面で言えば余程恵まれていたのだろうが……。


 俺の家はライデンという歓楽街から馬車で半日程海岸沿いに南下した場所にある。


 近くにライデンがある事から観光客などがこちらに来る事はほとんどなく、いろいろな意味で閉じられた町だった。


 ハーミット……そこは昔この大陸の防衛の要として機能していた場所らしい。

 昔は海の向こうにも敵国があって、海戦なども多かったのだとか。

 勿論俺の町に伝わる話だからどこまで本当か分からない。

 今では質の悪い安酒を作っては細々とした収入源により存続しているようなちっぽけな町だ。


 爺さんは事あるごとに俺に言って聞かせた。

 自分は誇り有るハーミットの領主なのだ。私が居なければこの国はとうに滅びていたのだ。と。


 俺は幼い頃こそその話をまるで英雄譚のように聞いていたが、ある程度大きくなるに連れ興味が無くなっていく。


 海の向こうに国などありはしない。

 そう教えられるようになったからだ。爺さんは国の教育方針に絶望していた。

 事実を捻じ曲げ嘘を歴史に刻むとはどういう了見だ! と。


 俺にとってはどちらが真実でもどうでもよかった。

 ただ町の人々はうちの爺さんを恐れ、爺さんは領主という肩書きにいつまでもしがみ付いた。


 既にそんな制度は存在していなかったのにだ。


 ハーミット領はその時点でただの寂れた町、ハーミットとなっていた。


 だがそういう閉じられた世界では昔ながらの地位というのが思いのほか大きな意味を持つ。


 俺は周りの子供たちから遠ざけられ、嫌われていた。


 仲良くしてくれる子供が現れても、それを知った相手の親が交流を辞めさせる。


 そしてまだガキだった俺に頭を下げに来るのだ。


 うちの子供が大変失礼な事を……どうかお許し下さい。


 馬鹿じゃなかろうか?

 尻の青いクソガキに対して大の大人が頭を地面に擦り付けながら謝る様子が馬鹿でなくてなんだというのか。


 俺は妙に冷めてしまって、自分の父親がどうしてこの町を捨てたのか理解した気がした。


 父だけじゃない。親類は多かったがそれぞれ皆その町を離れ、ただ一人の人間として一から頑張っているらしい。


 父は冒険者になってどこかで死んだそうだ。

 それを爺さんは笑った。

 病にかかり床に伏せ、血反吐を吐きながら笑ったのだ。


 あの馬鹿息子め。この町に居れば領主としていつまでも地位と裕福な暮らしが約束されたものを。


 そんな風に言ってた気がする。

 爺さんは俺に後を継がせるつもりだったらしい。


 お前だけが私の後を継ぐに相応しい。この地を統治するのだ。


 そんな時代錯誤な事を言っていた。

「小さな町の小さな爺が何を言っているのか」と、俺は笑ってしまった。


 死にかけの爺に向かって、そう言ってしまった。


 あの呆然とした顔は今でもたまに思い出す。


「何を言っているのだ、お前だけは私を裏切らないでくれ。頼む。お前だけが私の唯一の救いだったのだ。お前が居たから……」


 今思えば余命いくばくもない爺相手なのだから適当にいい思いをさせてやればよかったのだろう。

 死ぬまで本心を隠しておけばよかったのだろう。


 だけど俺は父親を馬鹿にされた事がどうしても許せなかった。


「馬鹿は貴方だ。俺は貴方の事を尊敬もしていないし後を継ぐ気もまったくない。おめでたい妄想は死後の世界でやってろ。俺は親父と同じ冒険者になる」


 ……死ぬ間際で生にしがみ付いていた爺にその言葉はあまりにもショックだったのだろう。

 俺がそう吐き捨ててから二日後に爺は死んだ。



 あまりにあっけなく。

 最後に、すまなかったと涙を流して。


 いい気味だ、と思った。


 だが、きっとあの爺はもう後戻りできないところまで行ってしまっていたんだ。


 自分でもきっと愚かさに気付きながらも、自分が正しい、間違っていないと言い聞かせて下民と自分は違うと思い続けた。


 俺という存在を糧に、自分を保とうとしていたんだ。

 だから何度も何度も自分が領主である。この地を守るのは自分の役目であり、また自分が居るからこの町がある。お前は私の後を継ぐのだ。……なんて事を言い続けていたんだろう。


 そうでないと自分がただの時代錯誤の糞爺であると認める事になってしまうから。


 自分の元から去った多くの家族が正解で、自分が間違っていると認めてしまうから。


 今までの人生の全てを否定してしまうから。


 だから気付いていても後には引けなかったんだろう。


 今の俺なら分かる。

 最後くらい、良い思いをさせてやるべきだったかもしれない。


 だけど……爺さん、俺はあんたみたいにはならないよ。


 後戻りできない所まで来てしまったと、俺も思い込んでいた。


 このまま死ぬ場所を探すしかないと本気で思っていた。


 だけど、それでもまだこんな俺を人の道に戻そうとしてくれる人が居たんだ。


 爺さんにとって俺がそうなってやれたらよかったんだけど、力不足でごめんな。


 あの世で今頃俺を見て笑ってるかい?


 せいぜい笑ってくれ。

 あの大馬鹿者は私の孫なんだ。と笑いながらせいぜい高級な美味い酒でも飲んでろよ。


 俺も今じゃ勇者なんて呼ばれてるんだぜ?

 俺がそっちに行く頃には面白い話を土産にしてやるからよ。

 その時は、……あの町で作られたまっずい安酒でも飲もうぜ。


 一杯くらいなら奢ってやらぁ。

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