絶望戦士は名を知りたい。


「これでもくらいなっ!」


 俺は腰に付けたホルダーからダガーを引き抜き思い切り奴に向けて投げつけた。


「ハハハっ! 愚か者がっ! どこへ投げている!」


 ゲラゲラと笑う奴を無視して俺は剣を構え走る。


 俺の投げたダガーは奴の頭よりかなり右にそれてしまったが、俺が思い切り奴に切りかかると、魔族はそれを両腕で防ぎながらほんの少し後ろへ下がる。


 そこへ。


 木の幹に当たって跳ね返ったダガーが奴の後頭部、俺が切り裂いた脂肪の隙間へと突き刺さった。


「ぎゃっ!? な、なんだ!? どこから攻撃が来た!?」


 俺はもう一本のダガーを引き抜き、投げつける。


「クソがっ!」


 奴は簡単にそれをかわし、俺に向かってそのヒレを振り回してきた。

 俺はその手についているヒレの、指の間みたいになっている薄い部分に切っ先を合わせて炎を撒く。


「チクチクチクチクうっぜぇなぁ!!」


 ほんの少しだけ切れたがダメージは無い。


 しかし、怒って奴が腕を思い切り振り上げ、俺へ振り下ろそうとしたタイミングでそれをギリギリでかわし、フルパワーで顔面へ剣を叩き込む。


 と同時に、背後から二本目のダガーがどこかに跳ね返って……既に刺さっているダガーに突き刺さった。


 つまり、切り裂かれた脂肪の隙間に刺さったダガーを、更に内側に押し込んだ。


「ガっ……。 ど、どこ、から……クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 その隙を逃さず俺は更に奴の脂肪の壁を削り取っていく。


 すると突然、奴の動きが激しくなり、俺は剣を弾き飛ばされてしまった。


「ちっ! なんだ!? こいつ動きが……っ!」


「ガガァァァッ!! グオォォォッ!!」


 完全に正気を失っている。

 そしてずるりと、


 奴が脂肪を脱ぎ捨てた。


 脱皮……?


 中から一回り小さい身体が現れた。

 肉と骨だけの生き物と化した奴が物凄い速さで俺の目の前を埋め尽くし、激しい衝撃が身体を走った。


「がはっ!!」


 地面に打ち付けられた。

 剣も手元に無い。


 やられる……!


 しかし、追撃は来ず、奴は身体を震わせながら喚き散らした。


 そして、奴は何かに気付いたように猛スピードで水に、湖に向かった。


「くっ、コーべニアッ!!」


「分かっています!! 強大無敵氷結消失陣ストロングゼロ!!」


 今まで必死に手を出さず耐えていてくれたコーべニアが、事前に頼んでおいた魔法を放つ。


 一瞬にして湖の半分ほどが凍り付いた。

 おそらくそこまで深いところまで凍ってはいないだろうから養殖魚については全滅はしないだろう。

 多少の被害はご容赦願いたい。


 湖に水を求めて飛び込もうとしていた奴は氷にぶち当たり転げまわる。


「グオァァァァッ! み、ミズゥ……!!」


 やはり水に入り、一度身を隠す事で回復を図ろうとしていたらしい。

 念の為に用意しておいて正解だった。


 しかし、身体が……思うように、動かない……。


 なんとか立ち上がり、剣を拾って奴の目の前まで歩く。


 奴は思いのほかダメージを受けているらしく、ほとんど虫の息だった。


 あの脂肪さえなければ本体は脆いのかもしれない。

 後頭部から出血が止まらず氷が血に染まっていく。


「お、俺様が……し、死ぬのか……? こんな所で……人間なんか、に……」


「はぁ……はぁ……いや、それは……少し、違うな」


「なん……だと……?」


 そう、お前を殺すのは……。


「俺じゃない、さ。なぁキュリオ」


 やはり骨が折れているらしく、よろよろとしながらだが、キュリオが起き上がり槍を手にこちらへ歩いてくる。


「勇者殿……感謝いたします……。我らリザードの里、全員から……感謝の言葉を……」


 里の全員? いや、どう考えても里からは歓迎されてなかっただろうが。


 そこでふと気付く。


 ……ははは。


「確かに、こいつを殺すのは俺の仕事じゃなさそうだ。俺はちょっとしんどいんで後は頼んでもいいか? 思う存分やってやれ。誇り高き戦士たちの、恨みを晴らせ!」


 いつの間にか湖の周りには、長率いるリザードが集まっていた。


 それぞれ斧や剣、槍……そして戦闘員ではないのだろう。鍬や熊手を握りしめている者まで居た。


「……勇者殿。先ほどは失礼いたしました……まさか、本当に数人でここまで追い詰めようとは……」


「ハーミット様! 大丈夫ですか? 今すぐ治します!」


 木陰から飛び出してきたヒールニントが俺の傷を治してくれた。


「ありがとう。だいぶ楽になった。あっちで転がってるロンザも回復してやってくれ」


「わ、わかりましたーっ!」


 慌てたようにバタバタとロンザの方へ走っていくヒールニントを見て、やっと終わったと安堵する事が出来た。


 しかし、主に単体で行動している魔族には強力な奴が多い気がする。


 今回はかなり危なかった。

 水に逃げ込まれていたら俺達に勝ち目は無かっただろう。


 それもキュリオが、誘い込んでいる事を気付かれないように本気で戦いながら戦略を練ってくれていたおかげだ。


 そういえば今頃相変わらず木陰でコーべニアは未だに痺れて転がっているのだろう。

 それさえなければかなりの魔法使いになれるはずなのだが。


 まぁいい。既に俺達がやるべき事は終わっている。


「グガァッ! り、リザードなんかに、殺されて……たまる、か……」


「どこへ行く? 我らの戦士を山程食い殺しておきながら生き延びられると思っているのか? お主が向かう先はただ一つ、地獄だけだ」


 長が目をギラつかせながら魔族に最後通告を言い渡す。

 そういえばこいつの名前を聞き忘れていた。

 なんという魔族だったのだろう。


 戦った相手の名前くらいは知りたかったがそれももう、聞く事はできそうになかった。



 リザード達の恨みの攻撃は、壮絶に……その魔族が四肢を砕かれ肉が飛び散り粉々になるまで続いた。


 魔族もここまでくると哀れな物だ。


 リザード達が怒り収まらず肉塊を蹂躙しながら口々に言う「自業自得、因果応報!」


 それは……俺の心にも突き刺さる言葉だった。

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