絶望戦士は目立ちたくない!


「おいおいそろそろ勘弁してくれよ。もう腹いっぱいで動けなくなっちまう」


「そうですか……? あの化け物を退治してくれたと村人に伝えたら沢山食材が集まったのですが……」


「だからそういうのはみんなで祭りでもやって盛り上がればいいだろうが。俺に食わせたってなんもでねぇぞ」


 すぐに出発する予定なんだからこれ以上何も返す事はできない。


「いえいえ。これはお礼、皆の気持ちですよ」


「おい爺さん。何か勘違いしてねぇか?」


 俺が言い返すと、村長は不安になったのか少したじろいだ。


「あのなぁ、俺等は目的があって魔族を狩ってるんだよ。だから勝手にやってる事なんだ。それに朝この村で寝る場所と、朝飯を分けてもらった礼に奴を倒してきたんだよ。それに対してまた礼なんておかしな話だろうが」


 一気にまくし立てた俺の言葉を聞いて村長は

 何故か笑い出した。


「何がおかしい」


「いや、申し訳ない。しかし貴方様は……」


「おじいさん、この人はこういう人なんです♪ 勇者に相応しいでしょう?」


「おいヒールニント!」


「確かにお嬢さんの言う通りですな。きっと世界にはあのような化け物が沢山溢れているのでしょう。貴方様をいつまでもここに縛り付けてはいけませんな」


 そう言って村長は再び笑った。


 なんなんだ畜生。

 俺を勝手に聖人君子に祭り上げるんじゃねぇよ。


「おいお前ら、もう行くぞ」


 まだガツガツ飯を食ってるロンザを放置して村長の家を出ようとすると、ヒールニントとコーべニアはすぐについてきたがロンザは「うぐっ、ちょっ! まっ!」とか言いながら慌てて食事を切り上げ、村長にお辞儀してるのが視界の隅に映った。


 意外と律儀なんだなこいつ。


 そして村長の家を出ると……。


「おいおい何の冗談だよ……」


「さぁハーミット様、手を振って差し上げては?」


 勘弁してくれよ……俺は初めて姫と同じ言葉を口にしていた。


「俺は目立ちたくないんだよ」


「勇者ハーミット万歳!」

「ハーミット様!」

「新しい勇者万歳!!」

「きゃーハーミット様こっち向いてー!」

「抱いて下さい!!」


「おい今抱いてくれって言ったやつ出てこい!」


 外には村人が全員集まってきていて、口々に俺を称える言葉を投げてくる。


 そして、一部の声にヒールニントが突如激昂。


 ……もういいよ、勝手にやってくれ。



 俺はいろんな事が面倒になって全てを諦めた。


 ここで否定する事を諦めてしまったが為に俺は本格的に勇者ハーミットとやらにされてしまう事になる。



 しかし民衆心理というのは恐ろしい物だ。

 ただ困っているところにそれを解決してくれた人が現れただけで一瞬にして勇者扱いとは……。


「もしかしてハーミット様怒ってます……?」


 村を出て歩きながら、またヒールニントが俺の顔を覗き込んでくる。


「別に。……もう諦めたよ。でもどうしてそんなに俺を勇者にしたいんだ?」


「勇者にしたいんじゃないですよ。俺達はハーミットさんが勇者に相応しいと本気で思っているだけです」


 俺の背後からロンザが会話に割り込んできて、一瞬だけヒールニントは彼をキッと睨む。


「ロンザが言うように、私達は本当にそう思っています。ハーミット様が認めたがらないのは分かりますけれど、今の人々には希望の光が必要だと思います」


「それで俺に白羽の矢って事か? はぁめんどくせぇ……」


「でも勇者ともなればいい事も沢山ありますよ?」


 と今度はコーべニア。


「どういう事だ?」


 俺は純粋に、勇者になるという事に意味があるとは思っていなかったのだが、メリットあるという事だろうか?


「例えば、勇者一行ともなれば各地で情報を集めるのも楽になります。待遇も良くなりますし、皆の顔も明るくなるしいい事だらけですよ」


 ……皆の希望だとかそんな事は俺にはどうでもいいのだが、情報を集めやすくなるというのは確かに最大のメリットだ。


 勇者という認知が広まれば、自然と魔族の情報が俺の所に入ってくるという事か。


「……確かに、俺には情報が必要だ」


「だったらハーミット様も認めて下さりますか?」


 目をキラキラしてヒールニントがやたらと喜んでいるが、そういう事ではない。


「勘違いするなよ。俺は勇者になりたいわけじゃない。お前らが勝手にそう言い張るのはもう止めはしないけどな」


 そう。自分から勇者なんて名乗れるほど大した人間ではない。


 だから、勝手に俺を祭り上げようとするこいつらを最大限利用してやろう。



 そう考えている方が、気持ち的に楽だから。


 卑怯なのかもしれない。

 勇者という称号から逃げているだけかもしれない。


 でも、俺はやっぱり……自分の存在をそんな崇高なもんだとは思えないんだよ。

 こいつらを利用しているクズ野郎という自覚を持って動いている方が心が安定する。


 そういう卑屈な人間なのだ。

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