変態弓士は少女を守りたい。


 私とメア、そして幹部であろう魔物数人で食堂から飛び出すと、そこには既にかなりの数の魔族が居た。


 空からやってくる姿もさらに数人。

 ……人と数えていい物かどうか分からないが。



 合計十五程度は居るだろう。


「数が多いですね……」


 私は直接魔族を見るのは初めてだったが、思っていた以上に一人一人が大きい。


「報告通りだな……おいてめぇら、構うこたぁねぇ殺し尽くせ!」


「あんたに命令される筋合いはないわ! 私は私の意思で殺したいから殺す!」


 あちこちでそんなやり取りが聞こえてくる。

 幸運な事に連携は全く取れておらず、個人がそれぞれ好き勝手に暴れていた。


 あちこちに魔物の死体が転がっている。

 おそらく不意の襲撃になすすべなくやられてしまったのだろう。


 魔物と言えど今となっては味方のようなもので、少しだけ心が痛む。


 というか思いのほか苛立っている自分に驚くほどだった。


「お前ら人の王国で好き勝手暴れてくれちゃって……絶対許さないからな!」


 メアが凄い剣幕で魔族の一人に近付いた。


「あん? なんだてめ……」


 ぶよぶよとした紫色の巨体に目玉が五つついているかなりグロテスクな外見の魔族は、その先の言葉を紡ぐことが出来なかった。


「次は誰だ……?」


 激怒したメアが一撃のもとに粉砕したのだ。

 味方に回るとこんなにも心強いとは……。


 その圧倒的な力は、姫と一緒に戦っていた時のような安心感さえある。


「ナーリアさん! 我々も行きましょう!」


「言われずとも! 遠距離は任せて下さい。近寄った相手は任せてもいいですか!?」


 私の後ろから走ってきたテロアと連携して私達も戦い始める。


 正直言って魔族はかなり強力で、その一人一人が私単体で相手するには厳しい。


 だが、私が遠くから牽制する事で相手の感情を逆なでし、突進してきた所をテロアの障壁魔法で弾き飛ばし、怯んだ所に確実に私が魔法矢をぶち込む。


 この流れで比較的体格の小さ目な魔族二人を撃破する事に成功した。


 二人がかりなら何とか戦えそうだ。


 そんな事をしている間にもメアはさらに三人ほど始末していて、幹部達も数人で連携を取りながら一匹撃破していた。


 数は残り八。

 これならいける!


 ただ、どうやら私達が倒した二人はかなり戦力としては低い連中だったようで、新たに私達が相手をする事になった魔族には苦戦を強いられる事となった。


 先ほどまでの相手とは全く違い、身体は二回りくらい大きい。

 見た目は人型だが、その全身から金色の毛が生えており、顔面には目が六つある。


 攻撃自体は単純で、力押しの殴る蹴るだしスピードもそこまで早くは無いのだが、私達は相手に攻撃を届かせる事が出来ず、こちらばかりが傷を増やしていく。


 隙を見てテロアが回復魔法をかけてくれているが相手がかなり頑丈な為長期戦になると厳しい。

 特に攻撃の一撃が重く、テロアの障壁にヒビを入れる程だった。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 そんな時だ。

 悲鳴が私の耳と心臓を貫く。


 この声は……!!


「ステラ!? 何故出て来た!!」


 言葉を失う私とは対照的に、テロアは相手の攻撃を防ぎながらも妹を心配し叫ぶ。


 ステラはきっと、私達を心配して様子を見に出てきてしまったのだろう。


 いや、そんな事を考えている場合ではない。

 今私達は目の前の魔族で手一杯で、そちらに助けに行く事が出来ない。


 さらに言うならば、ステラの前に立ちふさがる魔族はかなり大型で、今すぐに助けに行かなければ最悪の状況が待ち受けているのは明白だった。


「て、テロアさん! 申し訳ありませんが少しだけ耐えて下さい!」


「……! 分かりました。なんとかしますから早めに帰って来てください! そして、ステラを、ステラをお願いします!!」


 一度テロアがステラの事を語った事があった。

 自分とは腹違いの子で、年齢がかなり離れている為かあまり自分には懐いてくれなかった事。

 そして、歳が離れているからこそ、妹というだけではなくまるで我が子のような気持ちで大切にしたいのだという事。


 そんな彼女を任されたのだ。

 なんとか、ステラだけは守らなければ。


 ステラの元へ走りながら一撃、魔法矢を魔族の背中目掛けて放つ。


 牛の頭と熊のような爪、馬のような身体を持つ奇妙な姿の魔族は、腕を一度ぐるりと振り回し、私の攻撃を振り向く事なく弾き飛ばした。


 強い……!


 もう一度、私が弓を放とうとした時、その魔族は腕を高々と上げ、まさにステラへと振り下ろそうとしていた。


 だめっ! 間に合わない!!


 腰を抜かして地面に座り込んでしまったステラに、その巨大な鈎爪が襲い掛かる。


「やめてぇぇぇっ!!」


 私は、たまらず大声で無意味な叫びをあげた。


 ぐしゃりと、何かが潰れる音。

 どさりという、何かが倒れる音。


 私は絶望し、とてもその光景を見る事が出来ず目を背けてその場に蹲ってしまった。


「ステラ……私は、私は……貴女を守る事が出来なかった。また私の大切な人が……」


「大切って、私の事ですか!? 嬉しい……。迷惑かけちゃってごめんなさい……私、ナーリア様が心配で……」


 とうとう私の頭は現実を受け止めるどころか逃避して幻聴を生み出している。


「ナーリア様! 私は大丈夫だから戦って!」


 ……幻聴じゃ、ない?


 おそるおそるステラの方を見ると、ぐちゃぐちゃになっていたのは魔族の方だった。


「あ、貴方は……?」


 ステラの傍らに、とても大きな、逞しい男性が一人、拳から返り血を滴らせていた。

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