変態弓士は頭が追い付かない。
「さぁ、商談を始めましょうか」
何を言ってるの?
今目の前に居るのは間違いなくあの魔王メアリー。
その魔王が、私達と商談? ふざけるな。
今、ここで、殺してやる。
私の力で敵わないとしても、せめて一矢報いてやる。
そう決意した瞬間、私は王都の門前に居た。
「……え?」
頭が追い付かない。いったい何が起きた?
メアが私を無理矢理転移させたのだろうか?
急いで戻らないと王が危ない。
あの魔王は殺してしまわなければ……。
門の中へ戻ろうとすると、見えない壁にぶつかって弾き飛ばされる。
……何? どういう事?
もしかしてメアが私を入れないように障壁を張ったのだろうか?
いや、そうに違いない。
私はなんとか戻ろうと何度も試したが、その都度はじき返され一向に入れない。
「……どう、したら……」
「あーいたいた。急にどっか行っちゃうから焦ったよー。王様の言う通り王都の外まで飛ばされちゃったんだね」
声のする方を見ると、そこにはメアが立っていた。
「……そっちから来てくれるとは有り難いです。私と戦いなさい!」
「やだよめんどくさい」
この期に及んで……。私なんかじゃ戦う価値もないと言うつもりなの?
「ちょっと待って下さい! ナーリアさん。私の話を聞いて下さい!」
メアの後ろからテロアが顔を出す。
「テロアさん離れて下さい! そいつは……」
「違うんです。いや、この人は魔王なんですがその……ちょっと今特殊な状況でして。とにかく一度殺意を抑えて一緒に来てくれませんか?」
……どういう事? テロアさんまで……。
「これは王の命でもあるんです。ナーリアさんを連れてきてほしいと。その為には……その、ナーリアさんにその殺意を抑えて頂かない事には……」
「どういう事ですか? 詳しく話を聞かせて下さい。考えるのはそれからです」
テロアが言うには、この国には絶対防御というアーティファクトが存在している。
決定的な悪意、殺意を持った人間はどうあってもこの境界を越える事が出来ない。
今の私のように、たとえ魔物や魔王が対象だったとしてもそれは変わらない。
「……ではこの魔王は、一切の悪意が無いとでも言うのですか?」
「悪意なんて無いってば。とりあえず一緒に王様の所いってくれない? 話進まないよ」
この……っ!
「ナーリアさん! お願いします。今は抑えて下さい」
……テロアが必死に私をなだめようとしてくる。
悪意、殺意を持ったものが入れない上に、内部でその感情を発露させたとしてもそれが収まるまで中には入れない。
そういう事なら王に危害が加わる事も無いのかもしれない。
「私は、簡単に納得などできませんが……いいでしょう。今だけは……とにかくその魔王の話を聞きます」
「おっけー♪ じゃあとりあえず王様のところもどろ?」
次の瞬間、私とテロア、そして魔王メアは元居た王の間へと移動していた。
「そなたはナーリアと言ったな。鬼神セスティ殿の件、思う所も多々あると思うが今は抑えてくれ。現状この魔王に悪意が無い事だけは確かなのだ」
私なんかに向かって、王が直接声をかけて下さっている。
その言葉に逆らう事は……いくら私にもできなかった。
「分りました。この魔王がいったいどういうつもりかは分かりませんが、ひとまず話だけは聞くつもりです。ここのアーティファクトの力も先ほど体験いたしましたし、危害はお及ばない物と思っていいのですね?」
「うむ。無論である。そなたには辛い思いをさせるであろうがどうか理解してほしい」
王直々にそんな言葉を……。
「はっ。少なくとも今は、そのお言葉に従います」
ただ、私はメアに対して矢を放っている。
それが出来るという事だ。
悪意、殺意を発現させたとしても一瞬のタイムラグが生じる。
その隙をついてくる可能性も考えておかないと。
何かがあったとしても、王だけは守らなければこの国が破綻してしまう。
「えー、では魔王メアリー殿、でしたね。貴女のご用件を伺いましょう」
テロアもどう反応していいか困りながら、メアに話をするよう促す。
「ふぅ。やっと進められるわ。一応言っておくけれど、私今全く記憶がないの。だから以前どんな酷い事をしてきたか分からない」
……そんな。
私達と戦った事も覚えてないというの?
姫を、その身に取り込んだ事も忘れてしまったと……?
いや、我慢だ。今は、今だけは……。
「だからね、もし以前私が酷い事をしたのなら心から謝りたい。信じてくれなくていい。許してくれなくてもいい。だけどこれは私の本心だから、言葉として伝えておかないといけない。ごめんなさい」
私は必死に、殺意を押し殺した。
ぬけぬけと、忘れちゃったごめんなさいなんて言うこの女を許せるはずが無い。
だが今はこの場で話を聞く義務がある。
「それでね、それを大前提に話を聞いてほしいの。特に王様にね」
「……ふむ。少なくとも嘘ではないのだろうな。仮に嘘だとしてもそこに悪意は無い。……話を続けてくれ」
眉間に皺は寄せているものの、王様は顎に手を当てつつメアを見据える。
まるで突然魔王ともあろう者が自分になんの用なのかを吟味しているように。
それを、少し楽しんでいるようにも見える。
「今ね、世間じゃ魔族が溢れてきてるの。それはあんた達人間も気付いているんでしょう?」
魔族。
確かに、既にかなりの被害も出ているようだ。
「だからね、単刀直入に目的を先に言わせてもらうと、私達魔物フレンズ王国は、人間と、まずはこの王都ディレクシアと同盟を結びにきたのよ」
頭が真っ白になる。
ふざけた王国の名前もそうだが、人間と同盟? 今更? 冗談にしか聞こえない。
「私は貴女とも友達になりたいと思ってるわ」
メアがそう言って私に握手を求めてきた。
そして、私は再び門の前に立っていた。
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