ある魔法使いの苦悩69 ひとつの仕事が終わって
白虎の救助を果たした私たちは一度エルフの森に戻り、エルフの長に無事に白虎の救助を終えたことを伝えた。
守護獣である白虎がいなくなることでこの地域の安定が失われてしまう可能性に関しては、エルフが大森林を含めて警護のエリアを広げる形で影響を少なくするということになった。エルフが人の前に姿を見せることで、珍しい存在じゃなくなる日もそう遠くない未来の話になるかもしれない。
シンクは結局私たちと行動を共にすることになった。どうせなら世界を見て来なさい、というのエルフの長がシンクに与えた新たなミッションだ。終わりがないミッションだが、シンクは静かにやる気を見せていた。
メルティはどこかへ行く途中でどうしてもサラにちょっかいを出したくなって行動を共にしていただけだったので、そちらの目的を果たしてくるということで大森林を出たところで別れた。かなり名残惜しそうに最後までサラに絡みたがっていたが、そこは私が徹底的な防衛をしてそれをさせなかった。
森の近くの町に戻り、宿で一泊してからまた馬車に乗って王都へと向かった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「エルフってもっと珍しがるかと思ったけど、案外そうでもなかったな」
「あの町は大森林に近い。それはつまりエルフの森の境界にも近いということだ。私たちエルフは大森林にも普通に食材を採りに出ることもある。私がエルフの森を出たことがなかっただけで、人とエルフの交流はまったくのゼロではないだけだ」
「私はほとんどそんな話は聞いたことなかったけどな。シンクや長に会うまでは伝承の中の人だったよ、エルフは」
「エルフは森の中であれば気配を完全に絶つことができる。仮に出会っていても気付かなかったのかもしれないな」
「完全に絶たれたら気付けるほうがおかしいだろ!?」
「そうかもな」
シンクは相変わらず淡々としている。見た目はサラの年の離れたお姉さんくらいだけど、中身にそんな年若さはない。しゃべり方も私に似ているから、なんだか同僚と話をしているようだ。しかも、シンクのほうがちょっと偉そうなのがポイントが高い。
「ところで、私はファーレンたちに付いていくことにしたが、王都ではやはりエルフは珍しい部類になるのか?」
「聞いてた? 珍しいとかじゃなくて伝説級だよ。さぞ驚くだろうな。誘拐とかには気を付けてくれよ?」
「誰に言っている? 自分の身くらいは自分で守れる。ふふっ、もし私に危害を加えるような輩が現れたら返り討ちにしてやろう」
「シンク、目が怖い!」
何を想像しているのか、シンクの不気味な笑い方が止まらない。邪悪な笑みみたいで可愛らしい顔に似合わない。
「シンクお姉ちゃんも一緒に住むの?」
サラが、悪そうな笑いがハマりつつあるシンクを見上げながら声をかける。シンクは笑みを消し真顔になる。
「私がひとりで人間の町、しかも王都などという人で溢れる場所で暮らせると思うか?」
「うーん…………わからない」
「無理に決まっている。だから、私はもちろんファーレンやサラと一緒に暮らさせてもらう。よろしく頼むぞ」
シンクはサラの頬を手の甲で撫でた。サラはくすぐったそうに片目をつぶったものの、シンクの手の甲に自ら頬をもっと寄せた。
「よくそこまでダメな発言を偉そうに言えるな」
「そうか? ファーレンだって森でひとりで暮らせと言われたらできるか? できまい」
「……比較対象がそれでいいのなら、シンクの言うことはもっともだよ」
「だろう? というわけで、ファーレンもよろしく頼むぞ」
「こちらこそ。たいしたもてなしもできないし、そもそももてなす気もないけどよろしくな」
私とシンクはガッシと握手を交わす。実に親友や相棒という感じがしてならない。なんだろう、シンクとは性別を気にしないほうがうまくやっていけそうだ。
「私はもてなしてもらって構わないぞ。森での暮らし以外の方法はほとんどわからない。長から知識を伝授してもらったはもらったがすぐに奴に立つとは思えない」
「だから、マイナスなことをどうしてそこまで堂々と言えるんだ?」
「自分の至らぬところはしっかりと自覚している。だからこそそれに対して支援を求めることの何がおかしい? 森ではそうやって得手不得手を共有してお互いを支え合っていくのは当然のことだぞ」
「……弱点の共有か。エルフはそうやって少ない人数でもうまくやっていけているんだな」
「適材適所というやつだな。私はもっぱら警備と戦闘担当だからほとんど何もできないけどな」
シンクはニヤッと自慢気に笑う。苦手なこと、不得意なことはあって当然。それは周りが許容するというのがスタンダードの考え方だ。つまりシンクの身の回りの世話は私とサラの仕事ということだ。代わりに戦闘になればシンクが率先してくれるというのが事実上の交換条件になるわけだ。
非戦闘員の私としては助かる話でもある。シンクの考え方は妙にしっくりと私の中に落ち着いた。
「わかった。シンクの言うことはもっともだ」
「わかってくれたか。ファーレンはエルフとしてもやっていけるんじゃないか?」
「いや、それは無理だろ……」
美麗で有名なエルフの中にずっと居座るのは勘弁してもらいたい。私は魔法が使えることを除けば並の人間だ。毎日劣等感に苛まれるのはさすがに嫌だな。
「ちなみに、シンクは家事全般を覚えてみたいという気はないのか?」
「長からは何でも学んでこいと言われている。望むのであればやってもいいが、うまくやれる保証はまったくないぞ?」
「……まぁ、ちょっとずつ覚えていってもらえればいいよ」
もしシンクが家事を覚えることができれば、その次は私が戦闘の訓練をしてもらう必要があるかもな。お互いに弱みや苦手を共有して、強みや得意を提供するのだから、家事をやってもらうなら私も戦闘に参加しないとフェアじゃない。
それに、いつまでも非戦闘員だからと言い続けるわけにもいかない。サラを護る以上、私自身がもっと力をつけないといけないのだ。
物理的な戦闘以外にも、魔法をもっともっと学ばないとな。
いきなり力が降って湧いてくるような奇跡的なことは起きなくても、日々の積み重ねが無駄になることはないのだから。
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