ある魔法使いの苦悩35 ドラゴンの救助

 アメリア君の硬化魔法は効果てきめんだった。


 ドラゴンは恐る恐るといった様子で鉤爪に力を入れる。硬化魔法の発動前はそれで床がボロボロと壊れてしまったが、今度はビクともしない。物理的に崩れないのはおかしいが、これが魔法の持つ力だ。同じ効果を転用すれば、薄氷の上に家を建てることすらも可能だろう。


「ストーク君、左側も頼む! きっとそれでドラゴンは出て来ることができる」


「わかりました。それでは一気に仕上げます!」


 ドラゴンが右前足に集中している間に、ストーク君は左側の穴を一気に拡張する。剣を叩き込んだ床が四散する。ある意味で遠慮のなくなった攻撃で、ドラゴンの両肩がついに見えた。


 アメリア君の硬化魔法が影響している床との境界で、見事に床の崩壊が途絶える。ここまでハッキリと可視化できるのもめずらしいことだろう。


 これでドラゴンの正面は硬い床、背後は脆い床という状況となった。空間的に若干狭いが、それでもドラゴンが地上に出て来るには充分な広さは残されている。


「サラ、ゆっくりだ。ゆっくりと出て来るんだ」


 身体の自由を取り戻せたからなのか、ドラゴンの目に光が戻って来たように見えた。もしかしたら気のせいかもしれないが、少なくとも私にはそう見えた。


 ドラゴンは右足にかなりの力を入れていた。ググッと大きく身体が持ち上がった。背中側の床が大きく崩れる。


「ストーク君、もう充分だ。そっちは崩れてしまうから、こっちに戻って来るんだ」


「はい。すぐに戻ります」


 と言いながら、ストーク君は崩れつつある足場を上手く立ち回り、ドラゴンが出て来やすいようにあちこちの床に攻撃を繰り返した。脆くなるがどうせドラゴンが出て来るときに崩れてしまう。同じ結果なら、少しでもドラゴンの負担を軽減させようという彼なりの配慮だろう。


 ストーク君が私たちのところに戻って来た。私とストーク君、そしてアメリア君の三人はドラゴンの動きを見守る。


 それからかなりの時間を要したが、ついにドラゴンの全身が私たちの眼前に晒された。


「大きいわね……」


 その大きさにアメリア君が圧倒されていた。それは私だってストーク君だって同じだ。頭の大きさでなんとなくわかっていたが、やはり全長が見えると別格だ。


「サラ、これからキミはどうしたいんだ?」


「……」


 ドラゴンの目に理知的な色が生じたように感じた。先ほどまでの動物的な動きとは打って変わり、地上に出てからのドラゴンはとてもおとなしく、特に何をするでもなく鎮座している。


 私がじーっとドラゴンの目を見ていると、それまで薄灰色の瞳だったそれが、まるで炎が灯ったように赤く染まった。この色はサラの瞳の色と同じだ。


「サラ……サラなのか?」


「……」


 ドラゴンは私の目をじーっと見返してくる。何が言いたいんだ?


「ファーレンさん! ドラゴンの身体が!」


 アメリア君に言われて気が付いた。目ばかり見ていたのでわからなかったが、ドラゴンの身体の色が――透けている。


「これは、いったい……」


 ドラゴンの身体はどんどんと薄くなっていく。それに併せて大きさもどんどんと小さくなっているようだ。どういうことだ!?


 見る間に小さくなったドラゴンは、私たちをここに誘った精神体と同じくらいの大きさになった。ただ、全身はサラの瞳のように赤く染まっている。薄赤いドラゴンは半透明のその姿でフワリと浮かび上がった。


「これは……精神体ですね」


 さっきまであったドラゴンの実体は影も形もなくなっていた。ただポッカリととてつもなく大きな穴が広がっているばかりだ。


 ドラゴンの精神体は、私の正面に浮かんでいる。なぜだろう、あきらかに姿が異なるのにまるでサラと相対しているようだ。……そうか、やはりサラとドラゴンのこどもの精神体が同化していたのだ。


「サラ」


 私の声に応じ、ドラゴンの精神体がまるでうなずくように一度身体を沈めて、すぐに元の位置に戻った。

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