ある魔法使いの苦悩22 ドラゴンショー

「――こうして、勇者は悪いドラゴンを倒し、街には平和がおとずれたのでした」


 勇者の紛争をしたイケメンが大きな剣を振り降ろすと、ドラゴン役は大袈裟なリアクションと大きな断末魔のような悲鳴をあげながら崩れ落ちた。


 このショーでは、街にいきなりやってきて傍若無人の限りを尽くした悪いドラゴンを、これまたたまたま街にやってきた勇者一行が倒す、という単純明快な勧善懲悪の物語だった。


 ひとつ気になったのは、元々このあたりにいた四獣はいい存在のはず。それで慰霊祭として四獣祭り――今回はドラゴン祭りだが――を行っている。ストーク君から聞いた限りでは、ドラゴンを悪役にする理由はなさそうだが。


「本当に由来はどうでもいい感じなんですね」


 アメリア君も同じ感想を持ったのか、ドラゴンを征伐した後の勇者たちの盛り上がりをなんとなくといった感じで見ながら私にコソッと囁いた。


「祭りも長く続くとそうなってしまうのかもしれないね。元々はきっと四獣を崇めていたんだと思うけど、いつのまにか形だけが受け継がれて本質は気にしないっていうのは、これに限った話じゃないし」


「あたしも過去のしがらみとかは好きじゃないんであまり人のことは言えないんですけど、さすがに真逆にしちゃうのはいくら大衆向けのショーと言ってもちょっと違うような気がしますね」


「同感だね」


 私たちは大人だからこんな感想になるけど、サラはいったいどう思ったのだろう?


「サラはこのショーどうだった?」


 サラは真紅の瞳で私を見上げると、困ったような情けないような絶妙に微妙な表情を浮かべた。


「……ドラゴンが、かわいそう、かも」


 ボソッとつぶやいた。


 ああ、そういう受け取り方か。サラはドラゴンが好きで、本物のドラゴンに会えるかもしれないという期待を持っている。そこでたのしそうなドラゴン祭りに参加してみれば、その好きなドラゴンが悪さをしているし、しかも勇者に倒されてしまった。


 いくら悪いドラゴンとはいえ、さすがにドラゴンが倒されるシナリオにいい気はしないか。


「そうだね。本物のドラゴンのこどもは悪いドラゴンじゃないといいな」


「うん」


 サラはパッと笑顔になった。


「ここでは受け入れられているんですね、このお話」


 アメリア君の言う通り、ショーを見ていたこどもたちやその親は物語が終わるや盛大な拍手を送っていた。ショーを演じていた演者たちが引き上げると、勇者役のイケメンだけが再び舞台に戻ってきた。


「みんなー、たのしかったかーい!?」


「たのしかったー!!」


「つぎもまたみてくれるかなー!?」


「みるー!!」


 完璧な統率だ。


 ん? ということはこのショーはすでに何回もやっているのかな? ドラゴン祭りは今年は初だから、いつどこでやっているのだろうか。さっぱりわからない。


「……サクラかもしれないですね」


「サクラ?」


「ええ。ショーを盛り上げるためにあらかじめ仕込んでいた”盛り上げ役”のことです。こどもか親か、その両方か。一部は関係者って場合もあるんですよ」


「へぇー、考えるもんだね」


「この規模のショーだからいいですけど、サクラって場合によっては危ないんですよ?」


「そうなの?」


 アメリア君は私の反応が気になったのか、はぁ、と結構いい深さのため息をついた。そんなにか!?


「ファーレンさんは意外と物を知らないところありますよね」


「いきなり辛辣だな」


「サラちゃんを育てていくなら、ファーレンさんももっと世間を見たほうがいいと思いますよ」


「そう言われてしまうと、そうしないとって思えるね」


 苦笑を返される。


「……まぁ、いいんですけど。たとえば国政とかにサクラが混じると、演説とかで印象を操作することもできるんですよ。たいしたことない演説でも、妙に大きなリアクションでうなずいていたり相槌されていたら気になりません?」


「気になるだろうね。……そういうことか」


「そうです。まっとうな評価じゃなくなっちゃうんですよ」


 なるほどね。


 もしこのショーに本当にサクラがいたとしたら、盛り上がりは扇動されてのものかもしれない。実際はドラゴン祭りの由来的におかしいと思っていても、周りが盛り上がっているとそれを指摘をするのは難しくなる。


 外からやってきた劇団であれば、そのくらいの仕込みはあるのかもしれないな。


「アメリア君もいろいろと知っていてスゴイね。さすがだよ」


「それは、まぁ……ええ」


 しどろもどろなのはなんで?


 アメリア君は落ち着きなく視線を泳がせて、サラのところに行き着いた。唐突にその頭をぎゅーっと胸に抱き寄せる。サラが怪訝そうな顔でこちらを見る。私は何もしていないぞ。


「お姉ちゃん……?」


「ちょっとこのままでいさせて!」


 こちらからだとサラの頭の裏側に回ってしまったアメリア君の表情は見えない。サラがどうしていいかわからずに所在なげに固まっているのがシュールだ。


 しかし、ちょっと今のやり取りの声が大きかったかもしれない。


 ショーの観客たちはみんな舞台の方を見ているし、歓声も大きいからわからなかったかもしれないけど、舞台の上のイケメンがこちらを見ている。サクラだとか言っていたのが聞こえてしまったのかもしれないな。


 しばらくこちらに視線をチラチラと向けながらこどもとその親の相手をしていたが、やがて興味を失ったのか私たちの方は見向きもしなくなった。


 単純に私たちがショーの終わりに舞台に近づいてこないことを不思議に思っていただけなのかも。


「さて、ショーも終わったし、何か食べる?」


「食べる!」


 サラは食欲は旺盛だな。こういうときに財布に余裕があるのはありがたい。気にせずにサラの食べたいものを買ってあげることができるから。


「……あたしもお腹空きました」


 まだ顔が見えないが、アメリア君もごはんを食べることには賛同のようだ。


「ストーク君を探そうか。合流したら何を食べようかね」



 こういうときにストーク君はすぐに見つかる。


 身長も高いし、立ち居振る舞いもピッシリとしている。何より、空間把握能力で私たちの状況すらも見えているんじゃないかと思うくらい、いいタイミングで近くにいるんだよな。


「ファーレン先輩、そろそろお腹空いていませんか?」


 これはもはや見えているというより、わかっているという状態だな。

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