ある勇者の冒険譚⑧
僕たちはついに魔王の根城にたどり着いた。
ただ、ここまで決して順調ではなかった。
ネーメウスが精霊王とドンパチやって、まさか召喚魔法が使えなくなるとは思わなかったし、ギウスが腰をやられるとも思わなかった。
幸い、ギウスの腰はとってもお高い治療薬を買うことができて無事に治ったから良かったけど、それ以降戦闘に対しての積極性がなくなっちゃって、最前線はいつも僕。
勇者の特性ですぐに治るとはいってもいつも生傷は耐えないし、さすがに肉弾戦が勇者だけってのもバランスが悪い。
とはいえ、僕はパーティーの解散なんて考えず、中衛で戦う戦士ギウス、ストイックに高位の魔法ばかり極める魔法使いリリア、そして召喚魔法が使えなくなったかわりに神聖魔法を必死に覚えて神官にクラスチェンジしたネーメウスという、ある意味バランスの良くなったパーティーでがんばってきた。
ブラックドラゴンが五十年の眠りから覚めて暴れだしたのも退治したし、海を渡ってリザードマンとその上位のハイリザードが来襲してきたときには、タワーダンジョンをちょうど踏破したばかりだったのに救援要請が入って、登るのよりも降りるほうが大変だったのは忘れられない。
ゴーレムが十五体同時に出現して、五分以内に全部倒さないと全部復活するとかアホみたいな設定の罠に引っかかったときは、作ったヤツをほんと恨んだよ。
ギウスの絶好のエサなのに、中衛だったからね! 結局八回くらいチャレンジしてやっと倒したよ。
魔王の根城に来たら来たで、魔族の長、竜族の長、海神族の長の三連戦を強いられ、中でも竜族の長がブラックドラゴンの祖父とかで、いきなりガチギレで挑まれて先制攻撃で全滅仕掛けたのはかなり危なかった。
ちょうどネーメウスが神官になったあとだったから、事前に使っておいたブレス系シャットアウトの範囲魔法のおかげでダメージを抑えることができて助かったけど、その後にもブレス、爪や牙による攻撃、巨大な尻尾による攻撃と多彩すぎてさばくだけでも精一杯だった。
ギウスがなんとか中衛から前衛に上がってきてくれたから、僕と必死で竜族の長の攻撃をしのぎ、いつも通りにリリアの特大攻撃魔法でドカンって感じで倒せたのは運が良かったとしか言えない。
「なんとかここまで来れたね」
「ああ……」
ギウスは渋い顔でうなずいた。魔王を前にして、ようやく戦士としての本能が戦いを求めてくれたのかもしれない。つい今さっきまでと比べてとても頼れる感じになっている。
「残すは魔王だけね。でも、私の魔力はかなり危ないわよ」
「……ぼくも」
リリアとネーメウスが不安なことを言う。
僕も魔法を使えるは使えるけど、勇者の使える魔法は中途半端というのが相場だ。器用貧乏とも言う。
ギウスが前線に立たなくなってからは、僕は回復魔法と強化魔法を細かく使いながら戦っている。いつの間にか会得したエコ魔法技術のおかげて、ほとんど魔力の消費はないので連発できるようになったのは大きい。
「魔力の回復薬が最後に立ち寄った町で売り切れだったのは痛かったわ」
本当にそう思う。
もうすぐ魔王に挑むという、これが最後の戦いだからと立ち寄った町ではなぜか道具屋に商品がさっぱりなくて、回復薬をまったく補充できなかった。
武器は聖なる祈りがかけられているので刃こぼれとかもせずにまるで消耗しないけど、防具はそうじゃないから耐久力が下がってきている。
僕らも順調に進んできたように見えて、運が悪いとしか思えない展開も実に多かった。
「かといって、ここで引き返すわけにもいかないよな」
「……そうだと思う」
「だよねぇ」
ネーメウスが返事してくれたのは意外だったが、僕は弱気になりそうな気持ちに活を入れて、残る魔王との戦いに向けて気合いを入れ直す。
「ここまで来たらやるしかない。みんな、行くよ!」
「おう!」
かくして、僕ら勇者パーティーは満身創痍――とは言いすぎだけど、準備万端とはとてもいえない状況で魔王との戦いに挑むことになった。
そして、これが僕らの決定的な敗因だったのだろう。
「よく来たな。ここまで大変だったろう。褒めてやるぞ」
「そりゃ、どうも」
「しかし、おまえたちは随分とボロボロだな。何なら一度帰ってもいいのだぞ?」
「帰っていいのか?」
「……ダメだな」
もちろんダメだ。
魔王がその気になれば、僕らが町に戻って体力や魔力を回復しながら装備を整えている間に、他の町や村をいくつも滅ぼしてしまえる。
さすがにそのリスクを負って一度引き返すことは今の僕たちには選択できるわけがない。
「勇者という者がとても強いと聞き、戦えるのをたのしみにしていたぞ」
「こっちはたのしみじゃないけどね」
「そう言うな。わたしも退屈なのだ。せいぜい遊んでいってくれたまえ」
「戦いを遊びとは、ね。こっちは命がけだよ!」
魔王が両手を大きく広げて、まるで母親が子供を抱っこして迎えるような、場所が場所なら思わず飛び込んでいってしまいそうな謎の包容力を見せている。
ダメだ、あれは魔王だぞ!
「さぁ、来い!」
あちらから攻めてくる気はないらしい。あくまで王者の貫禄で迎え撃つ姿勢だ。
「じゃあ、遠慮なく!」
ギウスは飛び出さない。また中衛に戻ってる!
僕は足元を蹴りつけて反動で魔王に一気に接近する。白い光を帯びた長剣を構えると、魔王の目の前に着地すると直進の勢いを軸足を中心とした回転に変え、遠心力を乗せた一閃を繰り出した。
光の軌跡は――しかし、魔王の魔法障壁にあっさりと受け止められる。
「丸腰じゃなかったのかよ」
「勇者とはその程度のものか?」
魔王は僕が魔法障壁を破れないでいるのをつまらなさそうにただ見ている。相変わらず抱っこ抱っこのポーズのままだ。
「勇者を舐めるなよっ!」
僕は魔法障壁に阻まれている長剣に強化魔法を上乗せした。単純な攻撃力が二倍になる筋力が大幅に上がる魔法だ。
ビキビキっと魔法障壁に亀裂が入る。魔王が「おっ」とうれしそうにする。
僕がさらに力を込めると、バキンッ! 魔法障壁の亀裂は一気に全体に及び、すぐに粉々に砕け散った。
「やるではないか!」
「だから、勇者を舐めるなって!」
再度魔法障壁を張られないよう、僕は距離を開けずに近接した魔王に向かって蹴りをお見舞いした。
魔王は僕の攻撃を片手でいなすと、空いていたほうの手に魔力を集中させた。一瞬で黒球が完成する。
「これならどうだ?」
近すぎて避けられない。僕は聖なる祈りを帯びている長剣に意識を集中し、魔王が放った黒球を長剣の腹で受け止めた。
お、重い……!
魔王の黒球は重力の力を帯びているようで、見た目の大きさのわりにとてつもなく重い。この長剣じゃなかったらあっという間に武器を壊されて直撃していたことだろう。
「今……助ける」
ネーメウスが無詠唱の神聖魔法を使ってくれたようだ。僕の魔法抵抗力が大幅に上昇し、魔王の黒球の重さを軽く感じるようになった。そのまま長剣を一気に振るい、黒球を魔王にお返しした。
「連携もいいではないか」
やはり魔王はとてもうれしそうだ。純粋に戦闘がたのしいらしい。
「ギウス、前に出てくれ!」
「あぁ、わかった!」
中衛で様子を見ていたギウスがやや前進する。ハンマーから槍へと武器を変えていたので、近づきすぎたらうまく振るえないのと僕が邪魔になるので、最前線はあいかわらず僕のままだ。
「いくよ!」
僕の合図でギウスとの連携攻撃を開始する。今回はネーメウスが素早さを高めてくれる魔法を使ってくれている。見事なタイミングだ。
魔王はいよいよ牙をむき出しにして、調子もどんどんと上がってきているようだ。
「いいぞいいぞ。勇者はやはり戦いがうまいな」
「褒めてもなんにもないよ!」
「次は何をやってくれるのだ? さぁさぁ、どんどん攻撃してくるがいい」
……なんだろう、完全に優勢に攻撃を進めているのに、まったく通用していない気がする。
魔王はすべての攻撃をいなし、ささやかな反撃を繰り出してはそれを僕たちがどうさばくか、どうかわすかを見ている。まるで本気を出していない。
「たのしいなぁ。たのしいぞぉ」
ギウスの高速三段突きを紙一重でかわし、背後に回り込んで切り込む僕の攻撃は見もせずに片手で防がれる。
タイミングを読んで放つリリアの魔法も、魔王の無詠唱魔法ですぐに相殺されてしまう。
「強すぎる……」
それが僕たちの置かれている状況だった。まるで歯が立たないとはこういうことを言うのだ。
それまでたのしそうに僕たちとの戦いに興じていた魔王が、ふと笑顔を消して真顔になった。
すぐに動きを止めてしまい、ギウスの放った槍が魔王の頬をかすめた。スーッと僕たちと同じ赤い血が流れ落ちる。
「……」
魔王はじーっと自分の手のひらをただ見つめている。
僕たちもいつの間にか魔王への攻撃をやめ、急変した魔王を警戒して少し距離を取った。
「……惜しいな」
ポツリ、魔王がそう言ったのを聞き逃さなかった。
「……実に惜しいな」
今度の声はハッキリと聞こえた。
魔王は顔を上げると、さっきまでとはまるで別人のような表情をしていた。
寂しさ――そう、とても寂しそうな顔をしている。
!!
「きゃあーー!」
魔王が手のひらを向けると、リリアの足元から黒い影が一気に膨らみ、彼女を包み込むとそのまますぐに霧散した。
バタッとリリアが倒れる。
「……なっ」
次にネーメウスがいきなりその場から消えた。気配も感じない。
「魔王、僕の仲間に何をした!」
僕の問いに魔王は答えない。
リリアは生きてはいるようだけど状況が掴めない。ネーメウスも無事かどうか確認することもできない。
魔王はもうほとんど無表情だ。僕は攻めることも引くこともできずにただ立ち尽くすしかなかった。
そして、魔王がふっと視線を左にずらした。その先にいるのはギウスだ。
ギウスもまったく身動きが取れなかった。その真正面に魔王が瞬間移動――に見えるくらい淀みない高速で移動した。
手のひらをギウスの鎧の中心に当てると、ドゴッ! という打撃音とともにギウスがその場に崩れ落ちた。
何がなんだかわからない。あっという間に仲間が全員やられてしまった。
無表情の魔王はこちらをじーっとただ見ている。たのしそうだった魔王は面影もない。
「勇者よ」
それまで無表情だった魔王がまた寂しそうな顔をした。
「最後にわたしと一対一で勝負してくれないか?」
寂しそうな顔のまま、魔王は笑顔を浮かべた。
「とてもたのしかった。だが、まだ早かったようだ」
「何を……」
「最後にひと暴れする。勇者よ、魔王のわがままに付き合ってくれ」
そうして、魔王はまた笑った。
僕たちの負けは確定していた。
ただ、魔王は純粋に戦いをたのしみたかっただけなのだ。
結局僕たちの力が及ばなかったため、魔王は全力を出すことができなかった。
きっと、全力で僕らと戦い、勝つも負けるもよしという気持ちだったのだろう。
――ただの戦闘狂、それが魔王の正体だった。
「勇者を、舐めるなよっ!」
「魔王を甘く見るなよ」
このあと僕の記憶は途絶えることになる。
僕は無我夢中だったし、ダメージが深刻でそれどころじゃなかったけど、魔王がまたたのしそうに笑いながら戦っていたような気がしていた。
完敗でどうしようもないのに――不思議と僕自身もどこか満足してしまっていたのかもしれない。
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