#34 握手会

 


 握手会会場には何処から集まったのか、凄い数のファンが押し寄せている。

 各メンバーごとに小さな簡易ブースが設けられておりそこにファン達が手に汗にぎり並んでいる。

 地域密着のローカルアイドルとしては異例の人気だ。


 握手会の間、紺は車内で昼寝と洒落込んでいた。

 すると、車の窓をコンコンと叩く音がする。紺が目を覚まし窓の外を見るとそこには巡回中の警察官が。


「あ、すみません。すぐにどかしますんで。」


 紺は駐車違反と勘違いして車を出そうとした。しかし警察官はそれを止めて言った。


「いえ、駐車違反の件ではなくてですね。少しお尋ねしたいことがあるのですが…」


「はぁ、何か?」



 ……


 握手会は終了まで後数分。環奈のブース前にはそれでもファンの姿が絶えない。人気があるというのは強ち間違いではないようだ。


「ありがとうございます!こんなにCD買ってくれたんですね!」


 環奈は満面の笑みでファンにサービスする。汗ばんだファンも興奮を隠しきれないといった表情だ。

 紺に対する態度はこれの反動なのかも知れない。

 そんな環奈の目の前に現れたのは…


「…え…」


「…いいから合わせろ。」


 そこに現れたのは紺だ。環奈は何事かと首を傾げたがたちまち営業モードに移行する。にっこり笑ってファンにサービスするような素振りを見せた。

 そして小声で、


「何しにきたのよ、下僕ロリコン…」


 紺は小声で返す。


「…俺はブースの外で待つ。…イベント終わったら寄り道せずにすぐに出てこいよ。」


「な、なんで…」


「…今日、そのファンは来たのか?」


「今日は来てない…だから安心…」


「…そうか。とにかく言った通りだ。」


 紺はそれだけ言い残し去っていく。


 やがて握手会は終了。メンバー達は楽屋でそれぞれ話に花を咲かせる。環奈は着替えを済ませて紺の言う通り早めに楽屋を後にしようと立ち上がる。するとメンバーの一人が、


「あれ、環奈もう帰るの?」


「あ、うん!今日は友達のお兄さんが迎えに来てくれてるから、待たせると悪いしさ。」


「あー、ロリコンの人ね。襲われないように気をつけてね。また来週ね!」


「うん、また。」




 環奈は紺との待ち合わせ場所へ向かう。しかしそこに紺の姿はなかった。


「…なんだいないじゃん…あの下僕…」


 ………



 その頃、紺はコーヒーの飲み過ぎで腹を下していた。ライブハウスのトイレ個室で用を足した紺はスッキリした表情で手を洗う。

 そして濡れた手を乾燥させながら警察官の言葉を思い出す。


「最近この辺りで不審な人物の目撃が増えていてね。その人物は小学生、それも女の子に悪質な嫌がらせを行なっているようなんだ。

 ちょくちょく被害届も出ていてね。その人物はよくこの握手会に来ると聞いて来たんだけど、それ、君じゃないよね?」


 …紺は思い出して再びイラついた。


「おっと、早く戻らないとな。」


 紺は急いで待ち合わせ場所に向かった。

 しかしそこにいたのは環奈のグループのメンバーだった。メンバーの一人は紺を見るなり言った。


「あ、もしかして環奈ちゃんの?環奈ちゃんならだいぶ前に楽屋を出たよ?あ、ねー、ロリコンって何?

 環奈ちゃんが言っ…」


 紺は話を最後まで聞くことなく表へ出た。環奈の姿はない。車に戻るが、そこにもいない。

 不審な男の容姿は知らない。紺は周囲を見回す。

 まだ昼過ぎで明るい分、焦りはない。


「…何処に?まさか環奈ちゃんもトイレ?」


 紺はもう暫くそこで待つことにした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る