第231話 進もう

 翌朝――。

 ジャージ姿で朝食を摂っていたら、にこにこしたタイタニアが例の装束を持ってきてその場でお披露目になってしまうハプニングがあった。

 ジャージ姿に戻ろうとしたが、もうすぐ来るかもしれないからと引っ張られ……あの派手派手な姿のままになってしまう。

 それ以外は特に何事もなく、サマルカンドにいた時と同じようにゆったりとした朝のひと時を過ごす。

 マントって結構邪魔だなあ……というのが朝の感想だ。


 その後、屋上でクリスタルパレスの様子を眺めていたら、ピクリとワギャンの耳が動く。


「動き出したぞ」

「いよいよだね、ヨッシー」


 ワギャンの声に続き、隣にいたマルーブルクからポンと肩を叩かれる。

 思ったより早い到着だな。フレイの方は間に合ったのかな。

 ソファーで一人座り目をつぶって集中していたフレイへ目を向ける。

 彼女は俺が声をかけるより早く、その場で立ち上がりこちらに体を向けた。


「こちらも粗方準備が整っております。幸い国も私の報告を待っていたようでしたし」

「わかった」


 最終チェックをしておこう。

 モニター横に設置したスピーカーの電源を確認。

 フレイとマルーブルクに操作方法の再確認……まあ、この二人に限って漏れは無かったんだけどね。俺が間違えて教えていないか心配だったからってのが大きい。


「ワギャン、フェス、行こうか。タイタニアはフレイの補佐を頼む。マルーブルク、ここを頼んだよ。フレイはモニター前で待機な」


 それぞれに指示を出し、いよいよ状況開始と相成った。


 ワギャンと一階で別れ、フェリックスと共に外に出る。

 彼には獣人の戦士たちと連携をとってもらうつもりだからな。状況に応じてハトと共に空へ出てもらうことも想定している。

 さあて、来るのはどいつだ。


 ◇◇◇


 蹄が地面を蹴る軽快な音がこちらに近づいてくる。

 今回は騎竜じゃあなく、騎馬らしい。使い勝手を考えると騎竜の方が良いような気がするんだけど。

 騎竜と騎馬のどちらが希少であるとか、身分や格式によって使い分けるとかがあるのかもしれないな。

 てことは、今回来る兵は前回と様子が違うってことだ。


 緊張してガチガチになっているフェリックスの手を握る。

 対する彼はチラリとこちらを見て強張った笑みを浮かべ、俺の手を握り返してきた。


「騎馬の数は三。顔はまだ俺の目だと確認できない。距離はおよそ二百メートル、いやもう少しか。馬ならすぐの距離だ」


 んじゃま、一丁驚かしてやりますか。

 タブレットを出し、馬を含めた風景を映し込み土地購入エリアを選択。

 設定をパブリックにして……購入をタップ。


 すると、一瞬にして石畳の道が俺と騎馬たちを繋ぐ。

 馬だけでなく人間もビックリして立ち止まってしまうが、すぐにまた動き出した。


『エルンスト・ヴァン・クリスタルパレス』

『ルーブック・アレン』

『アレクセイ・クアドラ』


 三人の名前確認完了。

 わざわざ道を作ったのはこのためだ。

 おー、エルンストご本人がお出ましか。

 彼はピカピカの銀色に光る鎧に赤いマントととでも派手な軍装を纏っていた。

 マルーブルクの兄だから公爵家の息子なんだろうけど、なんだか騎士みたいだ。

 

 しっかし、エルンスト本人が来るってのはマルーブルクの予想通りだな。

 何やらマルーブルクはいろいろとエルンストをこき下ろしていたけど、サラサラの金髪ヘアに涼やかな顔は貴公子と言ったところ。

 公爵家ってみんなイケメンなのかよ。


 前回の騎竜と同じくらい離れたところで馬から降りる三人。

 前に出た優男かエルンストで、後ろに控える兵士は彼の護衛かな。いや、全身鎧を纏っていることから彼らは騎士様なのかもしれない。


 先に挨拶をしようとしたフェリックスを右手で制止し、表情を変えぬままエルンストを鷹揚に見やる。

 ここで彼がどう出るのか見極めないとな。

 

 俺との距離が一メートルほどまで来たところでエルンストが止まり、左右の後ろに控える騎士が敬礼を行った。


「導師様とお見受けいたします。我が呼びかけにお応えいただき感謝いたします」


 エルンストが大仰に右腕を振り上げ、手のひらを開いた状態で胸の前で右手をとめる。

 動作が終わると、気障に会釈を行う。

 なんだ、こいつ……。なんかこうゾワゾワするよおお。

 こういうのは芝居の中だけにしていただきたい。

 まずは様子見だな。


「我が何者であるかは、一旦置いておこう。貴君は我に何か望むことがあり来たのだろう?」


 やべえ。こっちも随分と芝居がかってしまった。


「まずはご挨拶を」

「いや。良い。貴君はエルンスト・ヴァン・クリスタルパレスだろう?」

「フェリックスから聞いておりましたか。名前を覚えていてくださり恐縮です」

「フェリックスから? そんなもの我には必要ない。右がルーブック・アレン。左がアレクセイ・クアドラだろう?」


 表情一つ変えずに当たり前だろうとばかりに言い放つ。

 名前を言い当てられたことで、三人が息をのむ。特に後ろの二人は目を見開き、指先が震えているほどだった。

 

「導師様は全てを知る者……感服いたしました。自己紹介など不要と気が付かず、不徳をお許しください」

「望みは何だ?」


 エルンストの謝罪を無視して、ぶっきらぼうに言いたいことだけを告げる。


「導師様のお力添えを頂きたく」

「武器か、それとも、金貨が欲しいのか? 魔道具がいいのか?」

「いえ、『物』は必要ありません。ただ『威』をお借りしたく存じます」


 虎の威を借りたいってことか。

 導師が絶対的な存在であれば、その友人だと吹聴すればエルンストになびく者も多数出て来るだろう。

 こいつの望みは分かった。

 マルーブルクの言う通り、分かりやすいお馬鹿さんだな。

 長男のフィンを後継者争いから追い落とし、自分が次期公爵になる。そのことしか考えていない。

 クリスタルパレス公国を立て直さねば、次期もくそもないんだぞ。

 こいつには「今」と「幸せな未来」しか想像できないんだ。都合のいい未来なんて、残念ながら訪れることはない。

 クリスタルパレス公国は死に体だ。

 彼が何を考えているのかはハッキリした。

 魔族どもを滅ぼす力を、なんて言い出さなくてよかったよ。

 ならば、始めようか。祭りを。

 

「フェス。彼らの案内を頼む」

「承知いたしましたわ」


 じっと様子を見守っていたフェリックスへエルンスト達のことを任す。

 これから移動するから、後ろをついて来るようにフェリックスに先導してもらうつもりだ。

 

 タブレットを右手に出し、風景を映しこむ。

 

「フェリックス。導師様は何を?」

「集中状態に入られております。これより大魔法をお使いになられます」

「お、おお。更なる『威』を我らにお見せしていただけるのか」


 エルンストは感動した様子だが、それはどうかな。

 

『フレイ。ここからはしっかりと頼むぞ』


 手元に仕込んだピンマイクに向け小声で囁く。

 

 床材を選択し、タブレットの映像の中で地形を作り上げていく。

 決定をタップ。

 

 一瞬にして音も立てず、前方に幅五メートルの道が出現した。

 その道はクリスタルで出来ていて、無色透明だ。

 道は小高い丘から真っ直ぐにクリスタルパレスへ向かって伸びている。

 

「う、浮いている」


 エルンストが驚愕の声をあげた。

 

 丘からクリスタルパレスに向かうにはなだらかな傾斜を降りて行かねばならない。

 しかし、我が道は文字通り真っ直ぐに伸びている。

 

 透明なクリスタルでできた道は、空中に浮かんだまま道を形成していた。

 

「このまま道を造られます。わたくしの後をついて来てください」


 俺が進み始めると、フェリックスがエルンスト達を導く。

 

 進もう。

 クリスタルパレスまで。

 クリスタルの道を伸ばし。空を進むんだ。

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