第217話 さすマル
大歓声にいたたまらなくなった俺は、フレイの手を引き入り口の扉の前に立つ。
扉はステンドグラスでできいて高さ二メートル半、横幅四メートルとなかなかのサイズなのだ。しかし、ドアノブも扉を開くためのくぼみもない。
だってこの扉は――。
「魔法の扉なのですね!」
そう、フレイの言葉通りただの扉ではない。
この扉は「自動ドア」だったのだ。
ひとりでに動くドアに観衆いや大観衆は大盛り上がりしている。彼らが自動ドアを見るのは二度目なはずなんだけど……プラネタリウムで見ているよね?
「聞こえない聞こえないー」と念じながら中へ。
「大聖堂なのですか? ここは」
天井を見上げたフレイが感想を漏らす。
天井の高さは一階部分と最上階だけ十五メートル。他の階層は四メートルにしておいた。
天井には星空をイメージした壁紙のようなものが貼られている。壁はレンガそのままにしておいた。
デザインが面倒というわけじゃなく、そのままの方がよいかなと思ったんだよ。
中央には柱があり、ここにエレベーターの入り口があるんだ。
上行きの三角ボタンをポチッと。
エレベーターは一階に停車していたので、すぐに扉が開く。
「上に行こう」
「この部屋は?」
「この部屋は魔法がかけられていて、ボタンを押すと上に登ることができる」
「そのようなものをあの一瞬のうちに……ただただ驚きと感動だけが」
フレイがその場で片膝をつきそうになったので、彼女の手を引きエレベーターの中に入る。
「耳が変な感じになるかもしれない。その時はごくんと生唾を飲み込むなりすれば戻る」
「飛行した際と同じでしょうか。それなら心配ございません」
「魔族って飛べたのだっけ?」
「いえ、我々にはハーピーのような翼はございません」
そうだよな。角に尻尾だもの。
俺の中の魔族イメージだと翼もあってばさばさと飛ぶ。ガーゴイルのようにさ。
「魔法で飛ぶことができるの?」
「はい。私は魔法で飛行することができます」
「すげえ。俺も飛んでみたいな」
「聖者様には大魔術があるではないですか」
熱っぽく拳を力一杯握り始めたフレイに、この話はこれ以上続けるとまた暴走するなと察した。
空を飛ぶ手段か。
ハウジングアプリのメニューに気球とか無かったかな。そういや、これまで空には目を向けていなかった。
というのはだな。
上空はどこまで安全なのかわからないし、空からだと自分の土地が見えずに土地からはみ出てしまう可能性もあると思っててさ。
うーん、そう考えるとやっぱり空を飛ぶことは我慢かなあ。絶対安全な我が土地から出るわけにゃあいかねえ。
とかなんとか考えていたら、俺の耳がうおーんとなってきた。
まあ上につけば耳の状態も元に戻るだろ。
チーン――。
聞き慣れた甲高い音がしてエレベーターが最上階で停車する。
止まった反動で逆方向に体が揺れるのも懐かしい。
「お、おおおー!」
「素晴らしい景色です!」
エレベーターから外に出た瞬間、二人揃って感嘆の声をあげる。
最上階はステンドガラスやレンガの壁じゃあなく全面クリアガラスのパノラマビューにしたんだよ。
ガラスの手前には手すりがあり、それ以上前に出ないよう配慮した。
「街どころか遠くまで見渡せるな」
地平線まで見事な緑の大草原だ。
モンゴルやアメリカの草原に行ったことないけど、きっとこれと似た風景なんだろうな。
獣人側の住居にゲルみたいな建物が多数あり、モンゴルを彷彿させる。
もっとも、飼育しているのは馬じゃあなくクーシーら地球にはいない生物なんだけどね。
牧場を走るクーシーの群れ、のんびりと草をはむアルシノにパイア。
一方で公国側には収穫時期が近づいてきた農作物が多数見える。あの感じだと今年は豊作かのかもしれない。
「僅かな期間でこれほどの街を築き上げるとは、さすが聖者様です」
フレイからお褒めの言葉をいただくが、首を大きく左右に振る。
「俺はほんの少し力をかしただけだよ。マルーブルクやリュティエ、住民一人一人が頑張った結果なんだ」
「朴訥で争いの空気を感じません。聖者様のお優しさが街を包み込んでいるようです」
「平和でみんなが笑顔で暮らしていけること。それが俺の望みだよ」
何を思ったのかフレイが、その場で片膝をつきこうべを下げた。
「慈悲深き聖者様の御心、拝見させていただき、このフレイ、この上なく感激しております」
「お、おう。喜んでくれてこっちも嬉しいよ」
俺たちの街が褒められて悪い気なんてするわけがない。ちょっと大げさ過ぎる気がするけど……。
手すりに手をつき大きく身を乗り出す。
「んー、見えないなあ。ここからじゃ」
「何を探しておいでですか?」
立ち上がり俺の横に並んだフレイがこちらを覗き込んでくる。
「グバア大湿原と大海岸だったっけ?」
「ここからでは確認が困難です。小指の先ほどには見えなくはないですが」
「それだけ遠いってことだな。いずれ遊びに行ってもいいか」
「聖者様、南側ですと山脈なら確認できるかと」
お、南側を進むと山脈があるのか。
確か、「山脈はとても範囲が広い」とかリュティエあたりが言っていた気がする。
竜人の住む地域も含む大山脈だとかそんな感じ?
南側のパノラマビューからは確かに高くそそり立つ山脈が確認できた。
あまり山脈を眺めていると呼んでもない「アレ」が来そうなので、すぐに景色を眺めるのをやめる。
リーメイとロンに会った川はどの辺りかなあ、なんてゆっくり眺めたかったんだけど仕方ない。
誰がとは言わないが、ハシビロコウといいモフトカゲといい何気に暇を持て余してるんじゃねえか?
やることなさそうだし。食事くらいしかやることが無いんじゃないの?
いかんいかん。
考えていたらまた来るぞ、あいつら。
地面をめくられたらかなわんと、フレイの手を引き中央に戻る。
◇◇◇
「それでタンテイ・タワーは全住民に解放する、と致しましてどのように管理するかですな」
「タンテイ・タワーには階段が無いのかな。自由に使ってもらうにはいくつか問題があるね」
えー、集会所にみなさん集まってます。
今日は魔族問題について方針決定をする予定だったんだが、ザ・タワーについて先に議論が行われている。
ザ・タワーの高さ150メートルは、この世界だと伝説の天空の塔に次ぐ高さを誇るとのこと。
最上階に登ってサマルカンドの街を一望できる以外に施設はないけど、それでも最上階から見える景色は一見の価値があると自負している。
今後も街の様子が変わっていく様を見ることだってできるしさ。
ん? リュティエとマルーブルクがなんやかんや議論しているのに、うだうだコーヒーを飲んで黙って見てて良いのかって?
良いのだよ。
彼らが一番いい方法を考えてくれる。
「ヨッシー、タンテイ・タワーには階段が存在するのかい?」
「階段は考慮してなかった。緊急時にいるよなあ。増築するよ」
ハウジングアプリは絶対無敵の壊れ知らず。エレベーターが動作しなくなることは無い。
なので緊急退避に必要な階段は準備していなかった。
「君の建物は倒壊したり火災が起こることはないだろうし、万が一の災害は想定しなくていい。だけど、ほら、エレベーターは行って帰ってくるまで時間がかかるよね」
「うん、まあ、そうね」
「エレベーターの動かし方に慣れるまで、エレベーターの中に誰か一人いてもらって、最上階と一階を行き来してもらう」
「うん」
「飲食は最上階と一階で行うのを禁止して、他の階を使ってもらえばどうかな。混雑も緩和されるはずさ」
「なるほど。そのためにも階段か」
さすマル。視野が広い。
腕を組み、うむうむと頷く。
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