第210話 グレートコースト
「大草原だと魔族は住むことができないのか……」
領土問題が解決したら、大使として数人の魔族にサマルカンドへいてもらいたいと思っていた。だけど、ちょっと厳しそうだな……。
病魔にもポーションて効果あるのかなあ。
さすがに病気に犯されてから、試しまーすは無い。
首を捻る俺とは裏腹に、フレイは少女のように目をキラキラさせて返事をする。
「聖者様がいらっしゃる土地ならば、大草原であっても何も憂いはございません」
「え? 魔族だけに影響がある何かでは無いのか?」
「それは……あるかもしれません」
目を伏せるフレイであったが、すぐに顔を上げ両拳を握りしめた。でも、彼女の拳は僅かに震えている。
これが、緊張感なのか恐怖心からきたものなのかは分からない。
「大草原とその北北西にある大湿原は、
「いい土地に思えるけど……」
「はい。大河と小川も流れ、水資源も豊富。北北東に進めば
「おお、海もあるのか」
ここのようにだだっ広い草原が広がる地域が多数。井戸も掘れば水が出る。
住居を構えるになんら問題がないじゃ無いか。
「ヨッシー。キミに一つ伝えておこう」
「ん?」
じっと話を聞いていたマルーブルクが不意に口を挟む。
「この地に人間が定住したことはない。古い時代は分からないけど、ここ50年は大草原の調査さえ碌に行われていないのさ」
「こんなにいい土地なのに……」
「詳しいことをボクは知らない。ここで住んだことで、だいたいの想像はつくけどね」
「やっぱり疫病?」
「それは、今後あるかもしれないね」
話はそれだけだとばかりに、マルーブルクは紅茶へ口をつける。
「大草原と大湿原は『神域』。グレートコーストもまた同じく『神域』です」
「あ、ああ。そういう事か。アイツらが原因かよ」
グバアとグウェイン、その他残りの二体も加わっているのかもしれないけど、グバアの領域? 縄張り? は奴らの「大運動会」の場所だ。
笑うだけで丘が吹き飛ぶ生物が暴れるためにここに来るんだもの。
奴らに小さきモノを抹殺する気なんてサラサラないが、巻き込まれたら一たまりもない。
地形が変わりまくりで、その場の農作物も家畜も狩猟対象の生物も……全滅するわな。
「はい。神域はいつ何時、大地が焼かれるのか分かりません。始まる時は忽然と、そして既に手遅れです」
「アイツら、俺の目じゃ認識できない速度で移動するからな……」
「天空の王『神鳥』、龍の頂点に君臨する『龍神』と対等に会話できるのは、この世界広しと言えども聖者様くらいのものです」
「全く、傍迷惑な奴らだよ」
「聖者様の魔術障壁が神鳥の息を弾き、す、素敵過ぎて、熱く……」
「フレイ、お仕事モード!」
「は、はい!」
少し気を抜くとこれだ。
しゃきっとしてりゃあ、神秘的な美しさも相まってずっと見ていたいと思えるのに……。
もう、そんな目で見れないけど、な。
「あれ? グレートコーストってのも『神域』と言っていたよな」
ふと思い出した。
グバアは海岸線も領域なのかな?
魚も食べてたような気もするし。
「グレートコースト……か、かの地は……」
急に頭から血の気が引いたフレイが、頭を抱え机に突っ伏す。
ガタガタと彼女の肩が大きく揺れていた。
こいつはただ事じゃあないぞ。
「無理して思い出さなくてもいい。神域だってんだから、グバアかそれに似た生き物がいるってことだろ」
「かの地で、目撃したのです」
「グバアをか?」
「あの方々にとってはただのお遊びだったのかもしれません。しかし、私のガーゴイルは軽く吐いた息の余波の余波の余波で粉々になりました」
「あ、うん……」
グバアと誰だ……グウェインとは大草原でやり合うんだったよな。てことは、シーシアスは魔族の土地方向なので違うとして、タコーンってふざけた名前の超生物だな。
「悟りました。この世には触れてはいけない、認識してはいけないモノがあるのだと。神域に踏み込むべきではなかったのです。ただの好奇心で行くものでは……」
「ま、まあ。知識欲を満たしたいって気持ちは分かる。フレイはきっと知識欲が旺盛なのだと思うからな」
「書物とあれば、読みたい。読みに行きたい。知らない土地を見たい。その気持ちは今も私の中にあがらう事ができない欲望として確かに存在します」
「ははは。俺も知らないことを知りたいってのは同じ気持ちだよ。この世界、まだまだ知らないことだらけだ」
この世界は、人間以外の知的生命体が複数いて、それぞれが特徴ある身体的特徴や考え方を持っていて興味を惹かれる。
人間以外と言ったが、人間だってそうだ。
いろんな人がいて、いろんなところで暮らしていて、思いもよらない大災害なんかもあったりして……未知とは怖いと同時に、何だかこう何ともいえないワクワク感が刺激されるよな。
昔の探検家なんてのは、きっと未知に惹かれて旅に出ていったんだと思う。
……俺にはそこまでの気概は無いけどな……。
「ヨッシー。グレートコーストに行くのかい?」
出し抜けにマルーブルクが思ってもいないことを呟く。
いや、行くわけねえだろ。何で俺がわざわざ超生物に会いに行かなきゃならねえんだよ。
「行かれるのですか……しかし、聖者様ならばきっと」
「行かん。行かねえぞ。タコーンとやらになんて会いに行くものか」
「タコーンって言うのかい。そこにいる超生物は」
「たぶん、な。どうしても会いに行かなきゃならない限り、行くつもりはない。海は楽しそうだけど……他にも海岸線くらいあるだろ」
マルーブルクもフレイも興味を示し過ぎだろ。
フレイなんてさっきまで震えていたのに、コロコロと変わりやがって。
超生物に会っても碌な事にならないから、お断りなのだ。
そうじゃなくても、勝手に向こうからやって来るんだしさ。
「何を話していたのか分からなくなってきた……」
「魔族の心証と妄執をどうするかってことだよ」
「そうだった。どうしよう」
「そうだね。まずは、公国からやってみるかい?」
「それも一つの手か。公国と話をつけ、これをきっかけに魔族と対話する」
「分かったよ。じゃあ、導師様降臨の案を練るから二日ほど待っててね」
不穏なキーワードを使わないでくれるか……。嫌な予感しかしねえ。
俺はとにかく平和的に事を解決したいだけなんだけどなあ……。
「聖者様の御威光をこの目で見させていただきます」
フレイに否はないようだ。
となれば、マルーブルクが最も知識を活かせる公国から行ってみるとしよう。
彼らを説得できないのなら、魔族なんてとてもじゃないけど抑えることなんてできないだろう。
「やるか!」
「任せてよ」
「俺たちは一人じゃあない。みんなの力を合わせればきっとうまく行く」
「あはは。キミらしいね」
年相応の少年のような顔で、マルーブルクは朗らかに笑う。
彼は心から楽しんでいるように見えた。
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