第195話 家庭の事情

 二、三言葉を交わしただけで、マルーブルクがフェリックスに尋ねることを打ち切った。

 これだけで把握しきれるとは……やはりこの少年……できる。

 俺? 俺は自慢じゃあないが、鈍い方だ。ははは。


「ん?」


 四つの青い瞳がじーっと俺を見つめているじゃあないか。

 どうしたんだろ?

 首を傾けると、マルーブルクが呆れたように大きくため息をついた。

 

「キミがフェリックスを心配してここに来たんじゃあないのかい?」

「そ、そうだけど。話が終わってから聞いちゃおうかなって」

「……まあ、それでこそキミらしい。どこから説明して欲しいんだい?」

「えっと、できれば兄弟の関係とかから」

「うん。その為にボクを呼んだのだろうし。順を追って説明しよう」

「ちょっと待ってて」


 長い話になりそうだから、ちょっとでも快適になれるように。

 タブレットを出し、ちょいちょいっと注文を行う。

 ――ゴトリ。

 キッチン奥に設置した宝箱からお届け物が届いた聞きなれた音がした。

 

 宝箱からクッキー缶とナッツ入り一口チョコレートの入った袋(パーティサイズ)を取り出し、机の上に置く。

 缶を開いて、クッキーを皿に置いているとマルーブルクの呟きが。

 

「ほんとキミは気遣いばかりだね」

「口が悪くて申し訳ありませんわ。マルーブルクはこれでも良辰様に感謝しているのですよ」

 

 うん、それくらい俺だって分かっているさ。

 マルーブルクの表情や声色でだいたい察することができる。この反応は悪くないと思っているってことくらい。

 だけど、フェリックスよ。

 その突っ込みはダメだ……猛反撃を喰らうぞ。


「……姉様」

「違いましたか?」

「……まあいいよ」


 内心ドキドキしていたけど、マルーブルクがあっさりと引いた。あのマルーブルクが!

 フェリックスには甘い? ってわけじゃあないだろうなあ。

 彼だとからかいがいが無いから? よく分からん。

 

「た、食べながら話をしてくれ。おかわりのオレンジジュースと紅茶も用意した」

「ありがとうございます。良辰様!」

「いただくよ」


 さっそくクッキーを手に取り、幸せそうに目を細めるフェリックス。

 一方でマルーブルクは俺に彼の兄弟について語り始める。

 

 公国のトップはマルーブルクの生家であるクリスタルパレス公爵家だ。

 完全に頭から飛んでいたけど、マルーブルクの名前は「マルーブルク・バン・クリスタルパレス」だったよな、確か。

 クリスタルパレス公爵家は、現当主マキシミリアンと彼と妻の間に生まれた五人の息子がいる。

 上から順にフィン、エルンスト、ヘルマン、フェリックス、マルーブルクの順だ。


「ま、待って、名前を整理させて……」

「別に覚える必要はないよ。ボクとフェリックスは三つしか違わないけど、三男のヘルマンは少し離れているんだ」

「ちょ、ちょっと、追いつかねえってば。分かりやすく年齢を」

「乙女の年齢って聞くもんじゃあなかったんじゃないの? ね、姉様」

「いえ、良辰様になら、構いませんわ!」


 こらこら、フェリックスを煽るんじゃないって。

 ただでさえ話を整理しきれていないのに、フェリックスまで割り込んで来たら……俺の処理能力を超える。

 自慢じゃあないが、俺は鈍い方だぜ?(本日二度目)

 

 えっと、マルーブルク達は五人兄弟で女子はいない。

 

「良辰様、わたくし、十五歳ですの。で、でも、愛に歳の差なんて……」


 だあああ。

 フェリックスが変な事を言うから飛んじまったじゃねえか。

 ん?

 フェリックスが十五歳だとしたら、マルーブルクは十二歳ってこと?

 思わずマルーブルクを見やると、彼は肩を竦めるばかり。

 

「がっかりしたのかい?」

「いや、逆だよ。すごいなって思って。俺が十二歳の時なんて……」


 あ、ああああ。ほとんど思い出せないが、何も考えずに子供時代を謳歌していたと思う。

 ゲームとか漫画とか、あと何だっけドッジボールで鼻血出したことくらいか。

 ……。マルーブルクと比べるまでもなく……いや、過去は振り返らない。俺は未来に生きるんだ。

 

「つ、続きを頼む……」

「大丈夫かい? コーヒーでも飲んで気持ちを静めた方がいいんじゃないかな?」

「だ、大丈夫だ。はやく頭の中を情報でいっぱいにしたい」

「クスクス。賢者の知識欲ってやつかい。聞いても余り楽しい内容じゃあないよ」


 子供っぽく笑いながらも、マルーブルクは続きを語り始めた。

 公爵家は今でこそマクシミリアンの元、安定しているが、後継者たる息子たちはそうではない。

 五人もの後継ぎがいるのだから、お家騒動くらいあるわなあと思ったが、彼らの血筋も大きく関係しているようだ。

 マクシミリアンには二人の妻がいて、第一公妃の子であり長男でもあるフィンと、同じ腹から産まれた三男のヘルマン。

 第二公妃から産まれたのがエルンストだった。

 このまま順調に時が進めばフィンが後継者となることに誰も文句を言わなかっただろう。

 だが、正妻が一昨年に亡くなったことで話が混沌としてくる。

 第二公妃は侯爵家で正妻は伯爵家と、家格が第二公妃の方が高いことが大きな原因だとマルーブルクは言う。

 それでも、第一公妃が存命中は、権力争いが表立って行われてこなかった。

 それが第一公妃が亡くなったことにより、第二公妃とその裏にいる侯爵家は遠慮する必要が亡くなったのだ。

 肝心の第二公妃の息子であるエルンストはどうだったのかと言うと、第一公妃が亡くなる前から自分の方が公爵に相応しいと言って憚らなかった。

 まあ……いろいろ複雑だが、クリスタルパレス公爵家のお家騒動は長男フィンと次男エルンストの間でバチバチ行われているってこと。

 

「う、ううん。エルンストが自分に協力しろとでもフェリックスに言ってきた?」

「大雑把に言うと、その通りだよ。フェリックスとボクは公爵家になんて興味ないから距離を置いていたんだけどね」

「フィンかエルンストだっけか? どっちが後継ぎになるか白黒つけれたらいいんだけど、そんな単純なもんじゃあないんだよな?」

「そうだね。もし、ヘルマンも含めて後継者に相応しい資質を持っているとボクが思ったのなら……」


 天使のような微笑みを浮かべるマルーブルク。

 こ、怖い。こいつ、ワザとここで言葉を切っただろ。

 言わせねえ。この先はまだ少年であるマルーブルクには言わせたらいけない。

 

「あ、えっと。まだ話が出ていないヘルマンとマルーブルク達の立ち位置を教えてもらえるか?」

「うん」


 ホッと胸を撫でおろす。

 あからさまに話を変えたけど、マルーブルクはあっさりと俺の話に乗って来てくれた。

 

 ヘルマンは自分の私腹を肥やすことに終始しており、権力争いを行うフィンとエルンストの間を巧みに渡り利益をあげているという。

 マルーブルクの評価は「自分が賢いと思っているお馬鹿さん」であった。

 ど、毒舌過ぎるだろ……自分の兄貴じゃないかあ。

 彼が自分の兄弟に対して覚めているというか、冷淡なのはこれまでの彼の発言からは何となく察している。

 フェリックスに対しては別の意味でなるべく避けたいって感じだけど、他の三人に対しては心底呆れている様子だった。


「いっそ、マルーブルクが……」

「残念だけど、妾腹のボクとフェリックスは蚊帳の外さ。中に入るつもりもないけどね」


 な、なるほど。

 フェリックスとマルーブルクは三男のヘルマンと歳が離れているのは、彼らが妾から生まれたからなのかな。

 第一公妃と第二公妃だけじゃあなく、妾までいるとは……囲い過ぎじゃないの?

 公爵なら普通なのかもしれないけど……。

 ともあれ、血筋的にも年齢的にもフェリックスとマルーブルクが後継者になることはないってことか。

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