第184話 ブレたら負けっす
「道を残しておいてよかった」
「すごく速かったね!」
ひまわり号を押しながらタイタニアと言葉を交わす。
俺たちの前を行くワギャンとハトも俺たちの声を聞いたことをきっかけにして、感想を漏らした。
「まさか先に着いてるとはな」
『パネエッス! 僕も本気にならないとっす!』
ワギャンとハトのやりとりに思わず吹き出しそうになる。
「どうしたの?」
俺がおかしそうにしている様子を見たタイタニアがこてんと首をかしげた。
「いや、変わらないなって思って」
「すぐに元通りになるよ!」
「おう」
「門番さんのところに行かなくちゃ」
タイタニアがひまわり号を後ろから押す。
っと思った以上に速い。ハンドルが暴れそうになるが、位置を調整できた。
「っと」
「えへへ」
速い、速いって!
後ろから押す方がハンドルを握って押すより速いなんて。
早足からすぐに駆け足になり――。
「タイタニア、そろそろストップ!」
「う、うん」
のがあ。
門番さんに挨拶をするまでもなく彼の横を通り過ぎてしまった。バイクは急に止まれないのだ。
と言っても、勝手に門の中に入ったわけじゃあない。もちろん、門の中までも我が道は続いているけどな。
ゴブリン達を追い出す時に作った道がそのまま残っているから、街の広場までの道があり、彼らを罠に引っ掛けるために作った門を横切る道も同じように敷かれたままだった。
俺がさきほど通過したのは、門を横切る方の道だったってわけだ。
「す、すいません」
門のところまで戻り、頭をかきながら、門番へ声をかける。
「良辰様。フェリックス様にご用でしょうか?」
彼の目がさっきからずっとひまわり号に向いたままだ。
「うん。取付きしてもらえるかな?」
「了解です。すぐに」
「あ、この黄色はモンスターとかじゃないから安心してくれ」
「い、いえ、そのような事は」
「これは馬車みたいな乗り物なんだ。馬がいなくても動くんだよ」
「ほ、ほう……。し、失礼いたしました。しばしここでお待ちを」
少年のようにキラキラ目を輝かせひまわり号に熱視線を送っていた門番は、ハッとしたように慌てて街の中へ走って行った。
『良辰。腹が減ったっす!』
「ちょっと待ってね」
相変わらずのハトへタイタニアが応じる。
ハトの相変わらずの空気をまるで読まない態度に、彼女と顔を見合わせ苦笑してしまった。
でもな、荷物は最小限しか持ってきてないんだよな。
つまり、やたらと食べるハトの餌は持っていない。
どこかに都合よく餌が……あるな。
「ハト。砦が見えるか?」
かつて立てこもった懐かしき砦はグラーフの街に程近い場所にある。
ハトならひとっ飛びですぐだ。
『見えるっす』
「あの中にまだ餌が残ってる」
『うっす!』
「食べるのは一袋までな!」
『パネエッス!』
食い過ぎて動けなくなったら困るから……。
ハトは本能に従い、食べられるなら食べられるだけ食べる。
いつもハトに与えている量は一袋(業務用)だから、その分だけってことだ。一袋といっても10キロの米袋より大きいけどな!
「俺たちも今のうちに少し食べておくか」
「そうだな」
俺とワギャンの声を受け、タイタニアがカーキ色のリュックを地面に下ろしファスナーを開ける。
このリュックは以前ハウジングアプリで出したまま使わなかったものだ。
お出かけする時に使うかなと思ってたんだけど……結局、何か物が必要だったら宝箱を設置すりゃいいになってしまって、埃を被っていた。
それが今、日の目を見て活躍をしているというわけだ。
人間、備えあれば憂いなし……違うな捨てる神あれば拾う神……これも少し違う。
「クッキーとお水でいいのかな?」
ごそごそとリュックの中を触っていたタイタニアが問いかけてくる。
無言で大きく頷きを返すと、彼女は乾パンの入った缶と水の入ったペットボトルをそれぞれ三つ取り出した。
うん。こいつはもろ非常災害用の乾パンセットなんだ。
災害に備えて準備していたのだけど、ハウジングアプリの……以下略。
もしゃもしゃと食べながら、乾パンを半分に折りカラスに与える。
「悪くねえ。ポテトチップスほどじゃあねえが」
「もっと食べるか?」
「あと半分くれ」
「あいよ」
残り半分を地面に落とし、乾パンをもう一枚指先で摘む。
「以前食べたクッキーと違って、こちらは甘くないのだな」
「これはこれでおいしいよ!」
ワギャンとタイタニアが乾パンに対する感想を漏らす。
タイタニアはほんと何でも「おいしい」って食べてくれるよな。食べる時のあの嬉しそうな笑顔を見ていたら癒される。
「見てないで、とっとと交尾すりゃいいじゃねえか」
微笑ましい気持ちで乾パンをほうばるタイタニアを見ていたのに、カラスが余計な口を挟む。
「人間には人間の事情があるんだよ」
「面倒くせえな、お前だけだろ、そんなの。動物ってのは……お、来たようだぜ」
カラスが首を上げ、門の奥を嘴で指す。
さすが鳥。目がいいのな。
門の方へ目をやると米粒ほどの人影が二つ……いや三つ見える。
◇◇◇
あくせくしながらやって来たのは、先程の門番と壮年の品のある紳士、そして、フェリックス本人だった。
相変わらず鉄壁の男の娘っぷりである。短いスカートから伸びるスラリとした足が眩しい。
どこからどう見ても可憐な女の子にしか見えないが、彼はれっきとした男なんだぜ。
それはそうとして、まさか領主が門までやって来るとは思っていなくて少しビックリしたぞ。
「良辰様! 来てくれたのですね!」
急いで来たからかフェリックスは頰を紅潮させ、少し息があがっている。
「突然すまないな。あれからどうだ?」
「とても穏やかになりました。全て良辰様の御業あってのことです」
真っ直ぐに首を上げて見つめて来るものだから照れてしまう。
だけど俺は見逃さなかった、いや、気が付いてしまったと言った方がいいか。
フェリックスの歓喜に震える目の奥にある僅かな揺らめきに。
グラーフの街で何か良くないことが起こっているのかもしれない。
杞憂であるといいんだが……。
「フェス。何か困ったことがあったのか?」
「……いえ。何もありません!」
あからさまに動揺し目を泳がせるフェリックス。
彼は嘘は絶対つけない人だなと俺は確信した。そういやそうだった。マルーブルクも言っていたよな。
フェリックスは超善人過ぎて、人の言う事をすぐ信じるし誰にでも誠実であろうとする。
だから「領主に向いていない」って。
でも、ここはあえて彼女……じゃない彼の「誤魔化し」に乗る。
後からかならず彼に何が起こっているのかは聞く。悪いが、俺が何かをしようにもハウジングアプリが無いとできることが極一部になってしまうからな。
「ちょっと頼みたいことがあるんだ」
「良辰様がわたくしに!」
フェリックスが、身を乗り出して物凄い勢いで食いついて来た。
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