第113話 まるーぶるくがいじめるー
ゴブリンに見せつけるためだったけど、バーベキューが始まってしばらくすると気持ちがすっかり楽しむことに変わってしまっていた。
いきなりゴブリン達が群で襲いかかろうとすることも想定し、アルコールを控えコーラにしたんだ。
しかし、アルコールなんて無くても盛り上がる時には盛り上がるものなのだよ。
「もうお腹いっぱいなのか?」
「そうだね。炭酸は胃が膨れることだしね」
マルーブルクは本当に食が細い。彼と何度も食事をしたことがあるけど、毎回もうちょっと食べた方がよいと感じる。
一方でフェリックスはよく食べるよな。
「もぐもぐ……」
俺の目線に気がついたフェリックスがコテンと首を傾ける。
「いや、何でもない。気にせず食べてくれ」
「はい」
こんがり焼けた豚カルビをレタスに似たチシャでくるくると巻いて口に運ぶフェリックス。
ハウジングアプリの中の人は、焼肉をすることまで想定に入れていたのだろうか。
まさかチシャまでメニューにあるとは……。無ければレタスと思っていたけどね。
フェリックスは肉もよく食べるけど、野菜の方が好きそうな気がする。
だって、彼は常に肉と野菜をセットにして食べていたのだから。
「マルーブルクは食べないから発育が悪いのですよ」
「姉様は燃費が悪いだけさ」
兄弟らしいやり取りについクスリと声を出したら、サファイアのように澄んだ四つの目が一斉に俺の方へ向く。
「良辰様もそう思いませんこと?」
「姉様は(食べる割に)痩せすぎだよね?」
「あ、いや。うん。自分の好きな量だけ食べれば良いんじゃないかな」
そっくりな顔で口を尖らせるもんだから、思わず微笑ましさから目を細めそうになったじゃねえか。
この二人、まごう事なき輝ける容姿をしているから何をしてても絵になる。
フェリックスはいつも女装なのかも気になるところ。
皿に食べ物が無くなったフェリックスが立ち上がると短いスカートが揺れる。
そこから伸びるスラリとした脚は白磁のようで男っぽい体毛は見当たらない。
「分かっているだろうけど、フェリックスは男だよ。妾にはできても妻にはできないよ」
マルーブルクが変な勘ぐりを耳打ちしてきた。
フェリックスに聞こえてるってば。
「フェス、マルーブルクの冗談だからな。本気にするなよ」
「……公子でなく、ただのフェスならわたくし、貴方様のところへ……な、何でもありません!」
いやんいやんと首を振りそそくさと肉と野菜を取りに行くフェリックスであった。
「モテモテだねえ」
「き、君ほどじゃないさ」
苦し紛れの言い返しにマルーブルクは一瞬だけ瞳に影を落としたけど、すぐにいつもの天使の微笑みを浮かべる。
「もう……気にすることじゃあないか」
またいじり倒されると思っていたが、意外にもマルーブルクは一言呟いただけで口をつぐむ。
女性関係で何か大変な目にあったのかなあ、まだ少年だと言うのに貴族も楽ではない。
その点俺は完全なる天涯孤独の身。何のしがらみもないんだ。
日本に残してきた妹や家族が気になるけど、どうしようもできないからなあ。
「どうしたんだい?」
「ん、いや。妹が何処と無く君に似ていると思ってさ」
変な顔でマルーブルクを見ていたんだろうか?
俺としては懐かしい気持ちで目を細めていたつもりだったんだけど。
「家族。キミにも家族がいた時があったんだね。それはそうか、意外な盲点だったよ」
「どういう意味だよ、それ……」
「公国……いや、かつてあった分裂前の大帝国から伝わる伝説があってね」
「ほうほう、せっかくだから聞かせてもらえるか」
「大した話じゃあないよ。導師の伝説ほど華々しくもない」
導師の伝説ってのもあるのかよ。嫌な予感しかしないからこっちには触れないことにしよう。
いやらしいことにマルーブルクは顔をしかめる俺を楽しそうにたっぷりと見つめた後、ようやく本題を語りはじめる。
「世界には自然がそのまま具象化し、意思を持ったような超生命体がいるという……いや、いる」
「いるな……」
グバアや名前を忘れたけどあの白いモフモフした龍とかのことだよな。
あいつらは親から産まれたのか突然発生したのか、マルーブルクの言葉のままなら後者か?
「それらは人の世になど些細なことには興味はなく、超然とした存在。善悪も無く、雨や風なとの自然現象がごとき」
「アレ……喋るぞ」
「超生命体がいたことより、ハッキリとした意思を持つ存在だったことに驚いたよ」
「かなり自分勝手だけどな」
「そのありようの方が想像通りだよ。キミと違ってね」
「ん……」
待て待て。その言いっぷり、俺を歩く大災害どもと同じにしているだろ!
俺は地形をボコボコにしたりしないし、怪獣大戦争を毎年行ったりしないって。
「何を想像しているのかだいたい分かるけど、伝説についてはもういいかい?」
「うん。つまり、超生命体の一角のような俺が親から産まれたことに驚いたってわけだよな?」
「少し違うけど、キミは悠久の時を……いや眠っていたのかもしれないけど……ついつい忘れがちになってしまうってことさ」
これまでの超生命体の話と繋がらんな。
俺自身の在りようが特殊過ぎるから、突然世界に現れたことは事実だし……ひょっとしたらこの世界は数千年後の地球かもしれないものな。
なら、超生命体と似たようなモンと捉えることもできるってわけか。
彼の言うように「かつて」家族がいた時があった。ってのも嘘ではないよな。
グバアのことを詳しく聞ければその辺分かってくるかもしれない。
……アレに聞いても無理かな。
ずっと首を振り続け黙々と餌を食らうハトを横目でチラリと見やり、ため息が出た。
『なんすか?』
「あ、いや。何でもない。よく考えなくても、ハトは産まれたばっかだしなあ」
『何か聞きたいんすね! さすが察しのいい僕です。パネエッス!』
自分で言うなよ!
嫌そうに「話はもうおしまい」とばかりに首を振ったのにハトはまだ何か呟いている。
『何かあれば先輩に聞いてくださいっす! 先輩はパネエんで』
「誰だよ……」
『カラス先輩っす!』
「あの三本足の?」
『クールな足っす!先輩はパネエッス!』
うん、それは俺も考えていた。あのカラスは何やら自分が賢者ぽいことをのたまっていたしさ。
俺が自宅に帰った後に来るとか言っていたから、その時にでも会話してみるかなあ。
「キミの妹はどんな人だったんだい?」
「そうだなあ……」
マルーブルクが脱線し続けた話を元に戻して来た。
この辺の気遣いが為政者だなあと常々感じる。俺には中々出来そうもないや。
妹か……妹の真理恵は俺の二つ下で、俺のことを驚かすのが好きだった。
天真爛漫というか、こう掴みどころのない感じで……。
考え込む俺をじっと見つめるマルーブルクの姿が目に入る。
「どうしたんだい?」
「あ、いや。誰かさんの笑みによく似た微笑みを浮かべていたなあって思い出してね」
「ふーん」
「や、いや、誰も君のことだなんて言ってないだろ!」
「へえ。ボクとキミの妹がねえ。いい友達になれそうだ」
マルーブルクと真理恵がタッグを組んで俺をいじり倒してくる姿を想像し、げんなりとした気持ちになる。
それと共に、とっても楽しそうに笑う二人の姿が浮かんできて思わず口元がにやけてしまった。
ち、ちくしょう。俺の馬鹿ぁああ!
一人百面相をしながら、頭を抱える俺なのであった。
ちょうどそこに皿に焼けた肉と野菜を盛っているフェリックスと途中で合流したのかワギャンも一緒になって戻って来る。
家族と会える日がまたやって来るのか分からないけど、俺には彼らという素晴らしい仲間たちがいるじゃないか。
「フェス、ワギャン。マルーブルクの奴がー」
大きく手を振りながら、冗談交じりに二人に声をかける。
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