第106話 飛ぶっす!
「どういうことですの?」
盛り上がる俺とマルーブルクに対しフェリックスがぽかーんと呟く。
「フェス。君の領民を一人か二人借りたい」
「それでしたらわたくしが」
胸の前でぎゅっと両手を握りしめ、口を結ぶフェリックス。
何をするか分かっていて聞いてるのかな……。
「ゴブリンを押しのけ、領民をこの街まで連れてくるつもりなんだ」
「聞いておりましたわ! 領民の代表たるわたくしが行かずして誰が! に、逃げて来ちゃいましたけど……」
後半どんどんフェリックスの声が小さくなり、しまいにはうつむいてしまった。
「人を助けるのは自分の安全が確保できてからだよ。人命救助は大切なことだけど、助けようとして二次災害になったら目も当てられない」
ポンとフェリックスの肩を叩くと、彼はポロポロと涙を流しながら、「はい」と顔を上げぬまま呟く。
「マルーブルク、まずは詳しい地理とゴブリン、住民の様子を探らなきゃだな」
「そうだね。飛竜を向かわせるかい?」
「飛竜か……草原を出れば使えそうだけど……」
飛竜による空からの調査はとても有効だ。ゴブリンの手が届かなくて安全確保できる上に、移動速度が速い。
しかし、グバアに粉々にされる問題以外にももう一つ大きな懸念点があるんだ。
「大丈夫さ。ヨッシー。伝令を『三組』向かわせれば」
「飛竜はクリスタルパレスにいるんだったよな」
「その通りさ」
「ここからだと三日以上はかかるんだよな。いや、それよりなにより大きな問題がある」
マルーブルクに俺の考えが見えていないわけはない。その証拠に彼は三組と言ったんだから。
「ごめんごめん。冗談だよ。今回の作戦に飛竜は使えない。呼び寄せるまでの時間、なにより君が心配している伝令の安全が確保できないからね」
「うん。フェリックスの領地からここまでに通り道はあるのかな」
「獣道ですが、ございます」
この質問にはマルーブルクじゃなく、フェリックスが応じた。
双眼鏡で観察しながら、土地を購入していくか。しかし、何処かで斥候が必要になる場面は来ると思う。
我が土地の進軍は目立つからな……先に街の様子を探りたいってのが正直なところ。
何かよいアイテムがないかハウジングアプリのメニューを見てみるかな。
「明日の朝、みんなを集めて本件を議論しよう。今日のところは解散で」
「伝えておくよ」
「はい!」
マルーブルクとフェリックスを見送り、ソファーに突っぷす俺なのであった。
しばらく休んでから二階に上がると、タイタニアがテラスで望遠鏡を覗き込んでいた。ワギャンは彼女の隣で順番を待っているのかな。
いつもの調子な二人に微笑ましい気持ちになって殺伐としたささくれだった心が癒される。
「ふじちま」
「ん、どうした?」
ワギャンが腕を組み屋根の上へ顎を向け、肩をすくめた。
彼の目線を追うように屋根の上を見やると……奴がいた。
そう、ハトだ。
そういや、餌の補充をしていなかったな……。
「ハト」
『良辰! 待っていたっす!』
「待てるとは成長したじゃねえか。偉いぞ」
『パネエッス!』
ハトにしては……という但し書きがつくが、所構わず部屋の窓を突っつき餌をせがむ事に比べれば余程良い。
「餌か?」
『そうっす!』
ハトは淀みなく答える。
ふむ。餌以外に奴から何か言われたことが無い気がするな。
「もう暗いからなあ。ここで食べるか?」
『うっす!』
暗がりの中、公園に進むのもアレだしなあ。
ハトがじゃなく俺の気が進まない。既に風呂へ入っていたということもある。
二十リットルの青バケツにひまわりの種などが入った餌をドバドバと放り込む。
バケツから手を離すとすぐにハトは頭をバケツに埋めた。
「とりあえず、こんなとこか」
ベンチに座りふうと息を吐く。
ワギャンが俺の隣に腰掛け、ハトを見やった。
「よく食うな」
ワギャンは空になった餌が入っていたビニール袋を左右に振る。
「んだなあ。馬鹿でかくなったけど、それ以上に食べるぞ。こいつ」
嫌そうな顔で肩を竦める。
すると、ワギャンは急に真剣な顔になって、唐突に話を切り出してきた。
「……行くのか?」
彼は逃げてきた人たちを見た俺が次にどうするか予想がついていたのだろう。
「うん」
「そうか……それでこそお前だ」
「そうかな」
「僕らの仲間を弔ってくれた。それと同じことなのだろう?」
「あー、うん。まあ、そうだな」
歯切れの悪い俺である。
面と向かって言われると照れるもんだ。
「僕も行く」
「え?」
ぶしつけに言うもんだから、一瞬何のことか分からなかったぞ。
「でもだな、ワギャン。公国だぞ。行き先は」
「関係無い。お前に救われた。だから、お前が救いたい者を助けたい。それだけだ」
「……分かった! 頼む!」
右手を差し出すと、ワギャンが強く手を握り返してきた。
『良辰。おかわりっす!』
バケツから顔を上げたハトは開口一番そんなことをのたまう。いつもながら、その目は狂気にまみれていた。
全く……人が真面目に話をしているというのに……。
ハトに話の腰を折られた俺はワギャンと顔を見合わせて苦笑する。
一方でタイタニアは、俺たちを気遣ってかずっと望遠鏡から目を離さなかった。
再び餌をバケツに投入したら、ハトはバケツに顔を突っ込みガツガツと食べ始める。
そういやこいつ、飛べるよな。
会話もできる。
……飛竜の代わりに偵察に使えるんじゃないのか?
「ハト」
『なんすか?』
「あ、いや、何でもない」
『そうっすか!』
餌から嘴を離すまでがこいつの限界だろう……。
あの目を見たら、偵察なんてとてもじゃないけど無理だと悟った。
奴の目には狂気しか映っていないのだから。
「なるほどな。ハトに乗って偵察をしたいのか?」
ワギャンが思ってもみない質問をしてきた。
確かに、ハトの上に誰かが乗って行けば偵察ができるかもしれない。奴が言う事を聞けば……だけど。
「ハトが上手く動くか分からないからなあ……」
『大丈夫っす! こう見えて指示には忠実なんすよ。僕』
俺の呟きにハトがバケツから顔をあげて自慢気に言い放つ。
試してみてもいいけど、コボルトくらいのサイズじゃないと乗れないってハトが言っていたんだよな。
こいつに乗っかって、振り落とされでもしたら大怪我するし……ハトに誰かが乗る案は無かったことにしよう。
「僕が乗る」
「ワギャン、危険だって。ハトの顔を見てみろよ」
「なら、明日一度、僕が乗ってみる。それで判断するといい」
「うーん、試すだけなら……。ただし、スタジアムの中だけにしてくれないか?」
「分かった」
スタジアムは我が土地だから、万が一ハトから落ちたとしても安全だ。
広いし、丁度いいだろう。
「タイタニア、気を使ってくれてありがとうな」
俺の呼びかけにタイタニアは望遠鏡から目を離し、こちらに目を向ける。
「ん? ううん?」
「月を見ていたの?」
「うん! 雲が無いからハッキリと見えたよ!」
「そっか、ワギャン、俺たちも見ようぜ」
ワギャンを誘い、望遠鏡を囲む俺たちなのであった。
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