第97話 もうちょっと走り込みをしましょうね
自宅を出てブラブラと徒歩で北へ向かう。
ゆっくり周囲の景色をみながらタイタニアと一緒にテクテクと歩いていたら、周囲の風景が自然と目に入ってくる。。
「それにしても随分と家ができたよなあ」
「うん! 雨季に入る前になんとか間に合わせたってマルーブルク様が」
「そっかー。獣人側も野宿になった人はいないと聞いてる」
獣人側、公国側を交互に見渡すとなかなか面白い。
右と左で全く違う文化の家が建っているってなかなか見られる光景じゃないものなあ。
どちらの勢力の人たちも本当に働き者で、この地にきてすぐに家を作りながら農業や牧畜も始めていた。
雨季があり農耕は一次中断した状態だけど、これからようやく作物の育成に入るのかな。
秋になったら一面の実り豊かな小麦畑とか……想像するだけで楽しみでならない。
「あ、フジィ見て!」
タイタニアがこっちこっちと俺の手を両手で掴んで引っ張ってくる。
ん、お、おお。
「クーシーの群れだ! すげえ」
「久しぶりのおひさまではしゃいでいるのかな」
双眼鏡を覗き込むと、先頭を走るクーシーの上に乗るコボルトの姿もハッキリと見えた。
コボルトは見るからに楽しそうで、なごむ。
「俺もあのコボルトみたいにはしゃいでみたいな……」
「人間だと重たくて乗れないってワギャンが言ってたね」
「そそ。クーシーに乗れるのは獣人たちの中でもコボルトくらいなんだって」
「だったらフジィ。ロバとか馬ならどう?」
「そうだな。いずれ」
「じゃ、じゃあ。その時、わたしを後ろに乗せて欲しいな」
「お、おう」
「いいよ」と言ったものの、ロバとか馬を俺が操れるのかは分からん。
だって、乗馬の経験なんてないんだもの。むしろ、タイタニアの後ろに俺が……のが現実的かもしれん。
心の中で頭を抱えていたら、タイタニアが思わぬことを呟く。
「わたし……乗馬が苦手なんだ……」
「え、そうなの? 君は弓の扱いとかに長けているじゃないか」
「うん……だからダメなんだ……わたし……」
「い、いや。そんなことないって! 俺なんて自慢じゃないが、包丁以外は扱えないぞ!」
ずううんと暗い影を落とすタイタニアへ両手を広げアピールする。
両手斧とか両手剣みたいな身の丈ほどのある武器だったら持てない自信があるぜ?
弓なんて弦を引っ張るのも無理かもしれん。
「ありがとう。フジィ。そんな嘘までついて慰めてくれなくてもいいんだよ?」
「え、いや、事実なんだが……」
「えへへ。いつも優しいね。フジィは」
こぼれんばかりににへえと微笑むタイタニアがいじらしくて俺の庇護欲を誘う。
普通の女の子ならあざとくも感じる表情だけど、彼女は素でやっているし俺の気を引きたいって気持ちもないだろうから、余計可愛くみえるんだよな。
うん。
「どうしたの? その服だと暑いのかな?」
「あ、いや」
頬が赤くなっていたか? 俺としたことが。
誤魔化すように男らしく腕まくりをしてみたが、腕が細くて様にならんな……。
それならいっそ、もっと暑くなりゃいいか!
「よっし、狐像のとこまでダッシュだああ!」
「うんー!」
◆◆◆
――二分後。
「ぜえはあ……」
だ、駄目だ。運動不足なのに全力疾走なんてやるもんじゃなかった。
肺が痛い、その場でうずくまらないのを耐えるのが精一杯で膝に手を当て頭を垂れる。
「フジィ? あ、気が付かなかったね。ごめんね」
「す、すぐに……」
ん、タイタニアの目線が俺ではなく獣人側の居住地へ向いていた。
まだ遠くてよく見えないけど、誰かがこちらに向かってきていることは分かる。
そんなことより自分の息を整えんとどうにもならん。
しばらく同じ姿勢でゆっくりと深呼吸を繰り返していたら、やっと落ち着いてきた。
ちょうど顔をあげたところで、ウサギ耳の赤色の髪をした垂れ目の少女と目が合う。
アイシャだ。
「こんにちはみゅー」
「なんだか久しぶりな気分だよ。こんにちは」
「スコールの間はずっと家だったから仕方ないみゅ。やっと晴れたみゅー!」
万歳のポーズをしてぴょんと跳ねるアイシャ。
ウサギっぽい動作で和む。
「アイシャもお散歩中なのかな?」
「そうみゅ。羊さん達のお散歩をしていたみゅ」
「おお。朝からお仕事だったんだ」
「仕事というほどじゃないみゅー」
「これからまた家畜のお散歩をさせるの?」
「そうみゅ。ふじちまくんを見かけたから挨拶と……もう一つあるみゅ」
「ん?」
アイシャは小さなお口に親指と人差し指を突っ込んで大きく息を吸い込む。
――ピュウウウウウ。
大きな口笛の音がして、彼女はウサギ耳をぴょこぴょこと動かした。
「ちょっと待っててみゅ」
「うん」
なら、失礼して座ってしまおうか。
その場にあぐらをかくと、タイタニアも俺の隣にペタンと腰かける。
「何が起こるんだろうね。フジィ」
「だなあ」
きっと家畜に関することに違いない。
口笛で集まってくるのは羊かそれともパイアか? いやいや、クーシーかもしれんぞ。
◆◆◆
待つこと三分くらい。
のっしのっしとシロクマさんがやって来たではないか。
シロクマはアイシャの膝に頬を擦り付け目を細める。
うひゃあ。モフモフしてるう。
これは、彼女がシロクマのふさふさの毛を撫でる姿を見た感想だ。
「ふじちまくん、今日はこの子に乗る?」
じーっとアイシャとシロクマのモフモフを見つめていたら、突然彼女は思ってもみない提案をしてきた!
「え? いいの!?」
俺の記憶違いじゃなければ、シロクマは騎乗用だってアイシャが言っていた。
地球のシロクマだと上に乗るなんてことができないけど、異世界のシロクマはライドオンできるんだ。
「キミが自転車? だっけに乗っていなかったから、自転車に何かあったのかなと思ったんだみゅ」
「なるほど。わざわざその為にここまで来てくれたのか」
「たまたま見かけただけみゅ。この子も散歩したがっているから丁度いいみゅ」
「それなら喜んで! でも、俺、シロクマに乗ったことなんてないけど……」
「大丈夫みゅ。またがるだけでこの子は簡単な言葉だったら理解するみゅ。クーシーと同じみゅ」
クーシーと同じと言われても理解が進まないけど、要するに言葉でお願いしたら動いてくれるってことだよな。
うっひょー。自転車をやめて徒歩にしてよかった!
「あ、一つ質問が」
「みゅ?」
「タイタニアと二人で乗っかっても大丈夫かな?」
「シロクマは力持ちだから大丈夫みゅ。パイアと同じくらい力があるんだみゅ」
パイア……あ、ああ。騎乗用の豚のことだよな。オーク専用の。
オークが乗っても大丈夫なら、俺とタイタニアの二人が乗っても問題ないか。
「ありがとう」
「枠の中だったら、この子は自分で帰ることができるみゅ。乗り終わったらそのままでいいみゅ」
「分かった!」
タブレットを手に出し、シロクマへアクセス許可を与える。
手招きしたらシロクマは俺の足元までのっしのっしと歩いて来て、俺の膝へ頬を擦り付けた!
むひゃああ。
撫でていいのかな?
アイシャへ目配せすると彼女は笑顔でうんうんと頷きを返す。
じゃあ、失礼して。
耳と耳の間のふさふさの毛をそっと撫でてみる。
ふわっふわで気持ちいい。
「わ、わたしも撫でていい?」
「もちろん!」
「ありがとう!」
タイタニアがシロクマの背中へ手を伸ばす。
二人でひとしきり撫でた満足し顔をあげたら、既にアイシャの姿がなかった……。
す、すまない。夢中になり過ぎたよ。心の中で彼女へ謝罪しつつも俺の心はシロクマの背中に向かっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます