第87話 またやつらがゴブ
「で、ハト。クラウスからの伝言は……っていねえ!」
餌のことしか頭にないんだな、あいつめ。
しかし、クラウスがわざわざ言伝を頼むってことは緊急事態に違いない。
プラネタリウムの観賞を中止して全員揃ってゾロゾロと外に出る。
自動ドアを出たところで馬に乗ったクラウスの部下が枠の外で待っている姿が目に映る。
「どうしたんだい?」
マルーブルクがテクテクと枠のそばまで行くと、恐縮したようにクラウスの部下が片膝をつく。
我が土地の仕様上仕方ないとはいえ、主人自ら歩くんだもんな。
図太いクラウスとクラウスの部下ではあるが、マルーブルクにだけは敬意を払っている。そろそろ彼の部下へアクセス権を与えるか考えた方がいいよなあ……。
でも、アクセス権の相談はマルーブルクじゃなく、クラウスにした方がいいかも。
マルーブルクは形式を余り気にする方じゃないから、「ボクが歩けばいいだけさ」とか言うだろうからな。
しかし、ひそひそと話をしているから二人の会話が聞き取れねえ。
「フジィ、わたし行かなきゃ」
「ん?」
キュッと唇を結ぶタイタニアへ首をかしげる。
あれ? 彼女には二人の会話が聞き取れちゃうの?
「ゴブリンがまた出たみたいだ」
「あいつらか……」
うーむと顔をしかめていたら、いつのまにか俺の左側に立っていたワギャンが事の次第を教えてくれた。
俺だけ聞こえてなかったのかよ。
獣人はともかく同じ人間であるタイタニアにでも聞こえてるってのに。
この世界の人間のスペックが高いのか、俺がダメなのかは永遠の謎だ。できれば前者であってほしい。
そういや、俺だけ自転車の時にも同じことを考えていた気がする……。視力や聴力はどうしようもないけど、せめて体力だけはつけないとなあ……。
よし、朝の水やりの後、ランニングしよう。そうしよう。
でも、その前に。
「マルーブルク! 俺も協力する!」
彼に聞こえるよう声を張り上げ、両手をブンブン振る。
「ありがとう。助かるよ。ワギャンへ一つ頼みがあるんだ。リュティエも一緒に聞いてもらえるかな?」
俺の呼びかけでこちらへ戻ってきたマルーブルクが、獣人の言葉で二人へ問いかけた。
「もちろんですぞ。言ってくだされ」
「僕にできることなら」
二人は快く頷きを返す。
「またゴブリンが来たんだ。可能ならワギャンにボクの側に付いててもらえないかなと思って」
「僕は構わない。リュティエも否とは言わないだろう」
ワギャンがリュティエへ目配せすると、彼はうんうんと首を縦に振った。
「私も付いて行くのはどうですかな?」
「ありがとう。ワギャン、リュティエ。リュティエの同行は次回にお願いしたい。今回は顔見せだから、いきなり族長は控えたいんだ」
「分かった」
「安全と通訳は保障するよ」
マルーブルクはリュティエ、ワギャンと順に握手を交わす。
◆◆◆
そんなわけで、再びやってきました物見まで。
「ちょ、ちょっと狭い……」
「しゃあねえだろ、兄ちゃん。マルーブルク様もいらっしゃるってんだからよお」
右手にクラウス。左手にタイタニアがいるんだけど、スペースが狭くて肩を押し合うくらいだ。
彼ら以外にもクラウスの部下である居酒屋トリオが控えていて、更にフレデリックと彼の部下三名もいるもんだからこれだけで既に人が多い。
それだけでなく、中央に椅子へ座ったマルーブルクと客人であるワギャンまでいるのだ。
ただでさえそれほど広くないのに、マルーブルクの周囲に幅を取っているから残りの人たちがおしくらまんじゅうになるってわけなんだよ。
「ご、ごめんね。フジィ」
「い、いや」
バランスを崩したタイタニアの体を両手で支える。
何とか彼女を立たせようと腕を動かしたところで、クラウスが反対側から押し込んできたあ。
「ちょ、ちょ、ま、待っ!」
「きゃ」
「ご、ごめん」
「ううん、フジィってやっぱり軽いんだね」
「そ、そうかなあ……」
「うん。導師様だもの。筋肉がそれほどついてないからだと思うよ」
頬っぺたがくっつきそうな距離で、タイタニアは真剣な目でそんなことをのたまった。
地味にショッキングなことをズケズケと言わないでくれ……。
「おいおい、真昼間からお盛んなこったな」
首だけ後ろへ向けると、クラウスがいい笑顔で肩を竦めているじゃねえか。
こ、こいつ。ワザとだな。
言い返そうとしたところで、マルーブルクに先を越される。
「公国の代表として歓迎する。でも、そういうことは夜にやった方がいいとおもうよ?」
クスクスと子供っぽい笑い声をあげながら、マルーブルクが天使の微笑みを俺へ向けた。
「こらああ。って、そこ! 同じようにニヤニヤしているんじゃなくて何か言ったらどうなんだ?」
「喜んでー」
「夜もー」
「オーダーしまーす!」
だ、駄目だこら。クラウスの部下はやはりクラウスの部下だった。
そこも居酒屋風なのね。
そういや、この世界に居酒屋ってあるんだろうか?
飲み屋自体は必ずあるはずだけど、こいつらみたいに「ご注文いただきましたー」「喜んで―」なんてやるのかな。
お、俺の中でファンタジーな酒屋のイメージがガラガラと音を立てて崩れていく。
「夜がどうしたのかな? 最近ずっと夜は一緒だよね?」
何も分かっていないタイタニアが無邪気に呟いた。
「惚れ気いただきましたー」
「羨ましいー」
「死に晒せー」
おいおい。そんな突っ込みいらねえからな。
だいたい、主君の前でこんな失礼な態度を……ってマルーブルクのやつ、椅子から落ちそうなほど笑い転げていやがる。
この分だと一切お咎めは無しか……。
あとな、俺から背を向けているフレデリック一行さん、肩が震えているのは分かっているからな!
でも――。
「ありがとうな。みんな」
心の中で思っていたことをついつい呟いてしまった。
「ん? どうした兄ちゃん。タイタニアを押し倒す手伝いをしたことへの礼は要らねえぞ」
「やっぱりワザとだったんだな!」
「言葉のあやだ。忘れてくれ」
クラウスは口笛を吹きながら、指をパチリと鳴らす。
タイタニアとのことでからかわれたことはともかくとして、俺は嬉しいんだ。
俺を「賢者」とか「導師」のような「天上の人」扱いせず、人として友人として扱ってくれることがさ。
マルーブルクの隣にふんぞり返らせず、クラウスらと一緒になって押し合いへし合いするとか……上手く言えないけど、こんな人たちと共に歩んで行けたらなあと思う。
俺は一人ではない。みんながいる。
そう実感できることが俺にとってどれだけの支えになることか。
「黄昏ているところ悪いけど、その格好じゃしまらないね」
ん、マルーブルクに指摘されてはじめて自分の体勢に意識が向いた。
そうだった。俺はまだタイタニアに覆いかぶさったままだったのだ!
「わたしは構わないよ。フジィの好きな時に立っても」
「あ、い、いや」
そんな目で見つめないで欲しい……強く抱きしめてしまいたくなるだろう。
慌てて立ち上がり、ワザとらしく双眼鏡を顔の前に持ってくる俺なのであった。
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