第86話 やりすぎた……

 タブレットで決定をタップすると、斜めに走る直線的な屋根が特徴の建物が出現する。

 床はコンクリート打ちっ放しで、入り口を示すかのように小さな丸いLEDライトが埋め込まれている。

 LEDライトを踏まないようにその上には透明な強化ガラスが床と同じ高さになるようデザインされていた。


 建物の入り口は広く間口を取っており、全面ガラスの自動ドアになっている。

 出来栄えに満足して悦に浸っていたら、ポンとマルーブルクから肩を叩かれた。


「ヨッシー。やり過ぎだよ」

「そ、そうか……」


 確かに言われれてみれば、自動ドアはちょっと行き過ぎた感がある。


「いや、これはこれでよいと思いますぞ。何者にもこのような建物は建築できますまい」

「お、おう……」


 茫然としていたリュティエであるが、俺とマルーブルクの会話を聞いて再起動し、とってつけたように俺を擁護してくれた。


「そうだね。中に入ってもいいかな?」

「もちろん。まだ細かいところの調整が必要だけどね」


 マルーブルクはテクテクと自動ドアの前に立つ。ドアノブを探しているのか彼が右へ顔を向けたところで、ウィィィンと自動ドアが開く。

 ピクッと彼の肩が震えるが、そのまま中へと入って行った。


「ねね、あの建物の透明に見えるところは全部ガラスなの?」

「うん」


 中が明るくなるようにとなるべくガラス壁を使っているのだ。

 タイタニアははやくはやくとばかりに、俺の手を引っ張り自動ドアへと向かう。

 歩き始めた俺の後ろから、ワギャンとリュティエが続く。

 

 玄関フロアは広いホールになっていて、中央に上へ続く階段。左右にはバリアフリーに対応したスロープが弧を描くように伸びている。

 床は外と同じでコンクリート打ちっ放しにしてあり、天井は三階分ほどの高さがあった。

 ガラスを多用したおかげか、中は電気を灯さずとも明るい。


 うんうん。なかなかの完成具合だ。ただし、日本でならという枕詞がつくけどな。


「すごーい!」


 タイタニアが公国の言葉の後で同じことを獣人の言葉で言い直す。

 はしゃぐ気持ちは分かるが、強く手を引っ張り過ぎだって……。


「マルーブルクは上に上がったようだな」


 すんすんと鼻をヒクヒクさせたワギャンが階段へ目を向けた。


「じゃあ、俺たちも上に」


 階段を上ると小さな踊り場があって、その奥に大きなマホガニー製の重厚な扉がある。

 この奥こそが、この建物のメインディッシュなんだ。


 扉の前で待っていたマルーブルクへ「開けてもいい」と促すと、彼は取っ手に手をかけ肩を扉に押し込みつつ力を込めて行く。


「見た目の割に軽々と開くんだね」

「うん。分厚い木材に見えるけど、負荷をかける感じには出来ていないから」


 アッサリと開いた扉へ肩をすくめるマルーブルクであった。


 そんなこんなで扉の中へと進む俺たち。

 入るとそこは、円形の大ホールになっていた。

 天井の高さは入り口と同じくらいだけど、中央が一番高くなる円形になっている。

 入ってすぐ客席でこちらも天井に沿うように円形の作りをしていた。

 座席は上を見上げやすいように背もたれがついていて、備え付けの足元にあるレバーを引くことで背もたれを倒すことができるのだ。


「ちょっと座って待っていてもらえるかな?」


 あと少しで完成だから、この場でやってしまおう。

 肝心の投影機をまだ設置していないんだ。業務用の大きな機械がメニューにあるんだけど、いくつか種類があってさ……。

 性能表示があったら良いんだけど、残念ながらいつものごとく文字で商品名が書かれているだけだ。


 資金に余裕はあるし、微妙ならもう一台出してみたらいいか。

 適当に選び、台座にタブレットを向けて位置を調整し……現実に反映させる。


 ででーん。

 いつものごとく音も立てずに一瞬でプラネタリウム用投影機が出現した。


「大きな機械?」

「魔道具ですかな」

「これは興味深い」

「洗濯機とは形が違うな」


 それぞれが思い思いの言葉を投影機へ向ける。


「じゃあ、ちょっと試してみるから上を向けるように座席を倒して」


 近くの座席にあるレバーを押して、背もたれを倒すところをみんなに見せた。

 真似をして全員が座席を倒し、上を向ける状態になるのを待つ。

 

「おっし、じゃあ。消灯しまーす」


 ぽちっと。

 投影機の乗っかっている台座の下にボタンが並んでいて、そいつを押し込むとホールの電器が次々に消えていく。

 投影機の傍だけ小さな明かりが灯っていて、操作には支障がない。

 

 では、えっと……どうすりゃいいんだっけこれ……。

 プラネタリウムに行ったことはあるけど、投影機を操作したことなんて一度たりともない。

 いざ目の前で実演するところになるまで、こんな基本的なことに気が付かないなんて……。

 

 なんてこったと頭を抱えそうになった時、俺は素晴らしいボタンを発見する。


『オート』


 これだあああ!

 嬉々としてオートと書かれたラベルの上にある赤いボタンを押し込む。

 

 すると、投影機がクルクルと回転し始めて天井に満天の星空を映し始めたではないか。

 

 さすがオートモード。

 完璧な動きだ。最初は星が天球を物凄い速さで動いていき、徐々に速度が落ち非常にゆっくりとしたペースになる。

 

「素晴らしいね。キミの魔法は。まさか天を再現するとは」


 マルーブルクが感嘆の声をあげる。

 残りの三人は声も出さず、食い入るように天井を見上げていた。

 

 月は出てこないのかなあ。

 あ、あれはオリオン座じゃないかな? 明るい星が三つ並んでいる。

 ん?

 待てよ。あれがたぶん北極星だろ。

 って思っていたら、今度はプラネタリウムにありがちだけど、星と星を線で結んで星座を表現し始めた。

 

 やっぱりそうか。

 ここにある星の配置は地球のものなんだ。

 異世界の星の位置とはまるで異なる。

 

 んー。ますます謎が深まって来るな。

 ハウジングアプリで出せるアイテムは全て地球の技術を元にしたものなのだろうか?

 

 考えても答えが出ないけど、いざ目の前で見せつけられるとどうしても考えてしまう。

 腕を組み唸りをあげたところで――。

 

『パネエッス! パネエッス!』


 ばざばざーっと大きな音を立ててハトの声がホールの中に反響した。

 どうしてこんなところにハトが来るんだよ……あ、ハトにもアクセス権をセットしちゃってるな……。

 いずれにしろ、プラネタリウムはパブリック設定にするつもりだったから、いいんだけど。

 

 そういや、アクセス権の設定をする時にいつものメンバーに加えてハトも入れるようにしていたんだ。

 奴も公園やら俺の家の屋根やらにアクセス権限を与えているからさ……。

 

 しっかし、せっかくのプラネタリウムが台無しだ。

 仕方ないから、ライトをつけて上映会を中止する。

 

「ハト、一体どうしたんだ?」

『パネエッス!』

「それじゃあわからん!」

『クラウスが呼んでるっす! でも僕はおいしそうじゃないからパスっす!』

「伝言に来てくれたのか?」

『うっす! 僕は飛べるから一番速いんっす!』

「分かった。帰っていいぞ」

『良辰。餌がきれてるから足しておいて欲しいっす。話はそれだけです』


 なんだ。クラウスはついでで餌を早く補充しろということを言いたかったわけだな。

 もちろん、俺たちにとっては前者が大事だということは言うまでもない。

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